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謎を呼ぶエレベーター

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 だから、そんな彼がこと風俗になると、とたんに臆病になるものだから、まわりは面白がって、冷やかすのである。最初は皆が冷やかしていたが、そのうちに冷やかしても無駄だと分かったのか、あまり冷やかしすぎると、普段が真面目で頼りがいがあるだけに、真面目な時に相手にしてもらえなくなるのは困ると思ったのか、次第に風俗で彼をいじらなくなった。
 つまりは、風俗の話をする時や、行こうという相談をする時は、自然と彼ぬきになってしまうのだった。
 そんな彼は結局、学生時代を童貞で終わった。
 社会人になっても、最初の頃は風俗を毛嫌いしていたこともあってか。童貞卒業への道はさらに遠ざかってしまったかのように思えたが、きっかけはどこから訪れるか分からない。
 会社の人に連れて行ってもらったスナックに、彼が気に入った女の子がいて、実は彼女は店に出ていない時、デリヘル嬢をやっていたのだ。
 それを偶然からが発見したのだが、なぜその時、彼がラブホテルの前で佇んでいたのかという細かいところは割愛することになるが、ラブホテルの前の駐車場で、一人車を降りて、そのまま一人でフロントに彼女だけが向かった。男は運転席でタバコを吸いながら、遠くを見ていて、車から降りる気配がなかった。
「どうしたんだろう?」
 と思っていると、隣にも一段の車が止まっていて、彼女が入っていくのと入れ替わりくらいに入り口の自動ドアから出てきた女の子が、隣の車に乗り込んだ。どうやら、女を待っていたようだ。
 それがまさかデリヘル嬢の運転手とでも言おうか、送迎の車だとは知らなかった。女の子が乗り込んだ車には運転手がいつのまにか座っていた。どうやら、座席を倒して眠っていたというのが本当のところだったようだ。
 女の子を乗せた車が次第に遠ざかっていくと、勘がいい彼には、何となくではあるが、デリヘルという風俗の送迎の仕組みが分かったかのようだった。すべては分からないが、ラブホテルに男性一人でも入れるということは、その時に分かったのだ。
「今は、ラブホテルを風俗のお店のお部屋代わりに使っているんだ」
 ということは理解した。
 彼は今まで、ホテルを利用したこともなければ、当然、デリヘルガどういうサービスをしてくれるものなのかも知らない。
 そもそも、風俗とはどんな店なのかというのも微妙に分からない。「ソープランド」、「ヘルス」などの言葉は知っているが、
「じゃあ、キャバクラって?」
 と言われると分からない。
 下手をすると、メイド喫茶まで、風俗のお店のように思っていた。それはきっとテレビドラマの影響であろう。
 メイド喫茶なるものがあることは、聞いたことがあった。そして、一度ドラマの中で、主人公がメイド喫茶に入り浸っていて、実際の任務に当たろうとしないのを、仲間がサトシにやってくるという場面があったが、そのメイド喫茶というのが、まるでこれもテレビで見たキャバクラのような感じで、一人の客のテーブルに数名のメイドが座って、ゲームをやったり、自分で何もしなくとも、女の子が食事の時も食べさせてくれるような一種の、「ハーレム状態」
 を作り上げていた。
 最初はそんなシーンが本当のメイド喫茶だと思い込んでいた。ひょっとすると、
「ヲタクの聖地」
 と言われる、東京の秋葉原のような店になら、そんな店も存在するのかも知れないが、普通のメイド喫茶というのは、いわゆるコンセプトカフェである。
 確かに、オタク系の人たちが集まる場所であることは否定しないが、それ以外の人もたくさんいる。スタッフの女性も、メイド服が制服になっているが、別にいかがわしいことをするわけでもなく、お客さんと会話を楽しむ場所としての空間なのである。中には女の子のお客もいて、会話をしに来ているという人も多い。
 さらに、いくつかあるメイドカフェにもそれぞれに、
「看板」
 があったりする。
 たとえば、
「食事がおいしくて、ゆっくり食事を味わいにくる客が多いお店」
 あるいは。
「世界中の紅茶が店主の趣味で揃っていて、紅茶を楽しみにくるお客が多い店」
 その他、動物と触れ合える店もあったりして、基本的に、皆、
「癒しを味わいたくてくる場所だ」
 ということは共通しているようだ。
 彼も、最近はメイド喫茶を利用する。
 彼の目的は、
「仕事ができるお店」
 ということであった。
 少し割高にはなるが、最近は増えてきたとはいえ、電源が使えたり、ネット環境が充実していたりと、時間単位で追加注文さえすれば、極端な話、閉店までいても、喜ばれこそすれ、営業妨害などと思われることはない。しかも、仕事の合間に、気分転換に女の子と会話もできるのだ。
 ネットカフェのようなものだが、密閉したネットカフェよりも癒しを求めたいのであれば、メイド喫茶は悪くはない。食事もおいしいし、いうことないと思っている。
 実際に、街にはいわゆる、
「ノマドスペース」
 と呼ばれるフリーランスなどの人に対して、月単位などで、スペースを貸しているところもあるが、正直かなりの割高である。月会費と一緒にその日の利用料も払わなければならず、食事メニューがあるわけでもなく、ただ、仕事の場所を提供するだけという、少し寂しさを拭いきれない場所なのだ。
 一人でコツコツとこなすことが好きな彼は、真面目な性格でありたいと思っていることから、以前だったら、
「メイドカフェなど、想像することすらなかったはずだよな」
 と思うほどだったに違いない。
 確かに。メイドカフェのような店は敷居が高いと思っていたが。一度入ってしまうと、もう羞恥の気持ちなど持ち合わせていないといいたいほど、今までの自分が、どれほど偏見の目でまわりを見ていたのかを思うと、恥ずかしい限りであった。
 お店に入った時。
「おかえりなさいませ」
 と言われると、ドキッとするというよりも、ホッとした気分になれる自分が嬉しかったのだ。
 そんな彼が初めて、デリヘルを利用してみようと思ったのは、メイド喫茶にいるお気に入りの女の子に、風俗雑誌に載っていた女の子の面影があったからだった。
 メイド喫茶に通うようになって、彼の中での「偏見」というものが少し減ってきたような気がした。
 さすがに店舗型だとお店のスタッフと正面から向き合うのは少し恥ずかしいことで、ハードルが高いと思ったので、デリヘルなら電話だけでいろいろ決まるので、ありがたいと思った。
 初めておラブホテルも、
――もし、受付のおばさんにジロジロ見られたらどうしよう?
 と思っていたが、タッチパネルを押すだけで、受付を通ることもなく部屋までいけるシステムに、いまさら軽い感動を覚えるという、実に「お花畑的な」平和な頭を持っていたのだ。
 とはいえ、どのようにして入場したのかは、緊張からか覚えていない。まるで怪しい人物のようにキョロキョロしながら入室したに違いないが、今から思えば、廊下には防犯カメラもあるだろうから、スタッフが気にして見ているようなところであれば、怪しまれても仕方のない挙動だったことだろう。
作品名:謎を呼ぶエレベーター 作家名:森本晃次