謎を呼ぶエレベーター
あくまでも辰巳刑事は、人間関係よりも、事実関係で事件を見て行こうという考えのようである。そういう意味では山崎刑事の人間関係による動機から事件を探っていこうという考えを少し、食い違っているように思えるが、清水警部補としては、せっかく二人いるのだから、それぞれに別の視点から捜査をしてもらうのはいいことだと思っている。それぞれに調べが進んで行くうちに、動機も事実関係も少しずつあらわになってくると、そこから共通点が見えてくると、それが真実に近いものではないかと考えられるからだ。
「なるほど、二人の考えはよく分かった、それぞれで納得いくまで調べてくれるのが一番いいと思うのだが、今の私の中の考え方として一つ考えているのは、先ほど山崎刑事が指摘した『この事件における一番の被害者は誰か?』という言葉があったかと思うんだけど、それに付随したところで、逆に、この事件で誰が一番得をするのかということも、この事件の大きな要因じゃないかと思うんだ。これは動機を探る場合の一番最初に考えることだと思うんだけど、今一度、そのあたりも含めて探ってはくれないだろうか?」
と清水警部補が言った。
「はい、よく分かりました。基本に立ち返って考えてみたいと思います」
と山崎刑事が答えたが、その思いは辰巳刑事も同じだった。
ただ、辰巳刑事の中で、この事件における登場人物のほとんどが、どうにも好きになれない人たちばかり、男女関係においての異常性癖迄出てくるようなので、それを考えると、嫌な気分になるのも仕方なく、どうしても人間関係であったり、感情よりも、事実関係から事件を掘り下げたくなる気持ちも分からなくはなかった。
辰巳刑事は、どうしても勧善懲悪を表に出すような男なので、自分の中の勧善懲悪を逸するような場合、ついつい目を背けてしまうところがあり、それがまた彼の若さなのだろうと、清水警部補は思ってしまった。
――無理もないところではあるんだがな――
と清水警部補は考えたが、辰巳刑事を暖かい目で見ようと思っている気持ちに変わりはない。
山崎刑事のように、型に嵌った、いい意味でも悪い意味でも、いかにも、
「刑事の鏡」
という人間には理解できない部分でもあった。
ある意味、辰巳刑事には、
「昭和の頃の刑事」
というイメージがあり、下手をすると、清水警部補よりも、いや、門倉本部長よりも、もっと古い部類の刑事であり、ある意味、彼のような刑事も必要なのではないかと思わせる人材だったのだ。
そんな辰巳刑事のやり方で解決してきた事件も無数にあった。彼でなければ分からなかったことや、生まれなかった発想もあり、
「これが辰巳刑事の最大の特徴であり、最大の長所なんだろう」
と清水警部補は感心していた。
その日の捜査本部は、それから少し新たな事実についての報告もあったが、分かっていることの確認に毛が生えた程度であり、いちいち言及する必要のない内容だと思えるので、割愛することにしよう。
その日の捜査会議が終了すると、その日はそこでお開きになった。翌日になって辰巳刑事は、第一発見者である秋月に会いにいくことにした。彼にアポイントを取ると、会社から少し離れたところで待ち合わせをして、話を訊くことにした。
辰巳刑事が秋月を訪れたのは、やはり第一発見者の意見を、今まで出てきた事実を踏まえたうえで聴いてみることで、事件の核心に迫ることができるような気がしたからだった。その考えは捜査の基礎と言ってもいいだろう。最初の時は、ほとんど聞き出せなかったが、今回がどうなのか、少しワクワクした気分になっていた辰巳刑事だった。
第一発見者である秋月も、満を持して待ち構えていた。彼も綾子という女性といろいろ話をすることで想像力が豊かになっていて、刑事の捜査がどこまで進んでいるのかが気になっているところであった。
二人は喫茶店でコーヒーを注文し、出てきたコーヒーを一口口にした辰巳刑事が、
「さっそくなのですが」
といって、話を切り出した。
「今回の事件で、私の方でも防犯カメラの映像を確認してみたりしたんですが、どうもカメラの角度が悪いようで、エレベーターの前、つまりエレベーターの上から、踊り場を映すところしかなかったので、エレベーターの中を確認することはできなかったんですが、顔を隠した人が、女性をエレベーターの中に引っ張り込んでいるのが見えました。それがあなた方が死体を発見する二十分くらい前だったんです。その時ですね、これは私も後で気付いたんですが、踊り場の奥の方で、一組のカップルがそれを見て、すぐに逃げ出したんです。薄暗いし、映像の切れ目くらいに遠い距離だったので、どんな二人かはわかりませんでした、男はスーツを着ていたように思えたんですが、それが分かっただけで、年齢や雰囲気はまったく分かりませんでした。それから少しして、犯人と思しき人がエレベーターの中から大きなアタッシュケースを引きずるように引っ張り出したんです。キャスター付きだったので、エレベーターの表に出すと、隣のエレベーターに乗せ換えて、そのまま降りて行ったんですよ。それから少しして、あなた方がやってきて、実際に死体を発見した場面が映っていたというのが、防犯カメラの映像でした」
と辰巳刑事が言った。
辰巳刑事はあれから、清水刑事に言われたように、もう一度、怪しい人物がエレベーターに近づいた二十分前から、もう一度防犯カメラの映像を確認していたようだった。捜査会議はお開きになったが、その後、二時間ほどかけて確認してみたところで、途中、一組のカップルが驚いたところを発見した。よほど用心して見ていないと、気付くこともないだろう。上ばかりを見たり、手前ばかりを見たりと、一つの別の角度から、続けて何度も見直した結果、得られた事実だったのだ。
恐るべき過去
「なるほど、そうだったんですね」
秋月は、実際に見たわけではない映像を、自分なりに想像してみたが、何となく想像はついた。
知らないカップルや、大きなアタッシュケースの謎は残るわけだが、話を訊いていて、何か違和感があるのを感じてはいた。全体を通して聞いた部分における矛盾と言えばいいのか、それは映像を見ている人間には分かりにくい部分で、想像力を試される、話の聞き手になら分かる矛盾のような気がしたのだ。
秋月はそれを告げてみることにした。
「刑事さんの今のお話を訊いていて、何か矛盾のようなものが感じられたんですが、これは、物理的な矛盾なのか、心理的な矛盾なのか、どちらとも言い難いくらいのもので、たぶんその場合は、心理的な矛盾も否定できないんじゃないかと思うんです。だから、刑事さんには感じないような矛盾を自分が感じているような気がするんですが、いかがでしょうかね?」
と、秋月がいうと、
「矛盾とまでは考えていませんでしたが、何かムカムカしたものがあるのは事実です。何かを見逃しているかも知れないというようなですね」
と辰巳刑事が言った。
作品名:謎を呼ぶエレベーター 作家名:森本晃次