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謎を呼ぶエレベーター

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「芸術性というものを何と取るかによるのだろうが、耽美主義のように美だけに求めていいのだろうかと、綾子は考えるのだった。
 綾子が耽美主義という言葉を思い出したのには、もう一つ理由があった。それが、二人が死体を発見した時に見た。
「エレベーターでの不思議な死体」
 だったのである。
 何故、背中を刺された死体がエレベーターの中で腕を広げるように、向こう側に向かってもたれかかっていたのか、そして、耽美を感じさせたのが、手を広げた時に感じた、まるで空を飛んでいるかのように見える姿だった。
 手を広げて、いかにも大きく見せようとするその感じは、左右対称に感じられることでも証明されているように思えた。背中に刺さったそのナイフも上から斜め下に向かって刺さっていて、血が流れるのを最大限に抑える科のようにしている情景が、微妙に血の流れに美をもたらしているかのようだった。
 もちろん、そこまで計算しているのであれば、あの死体は、もはやただの死体ではなく、アートと言ってもいいだろう。耽美主義を地で行っているかのごとく見えるその情景に、綾子は、芸術を創造せずにはいられなかったのだ。
 ここでいう「そうぞう」とは、思う「想像」ではなく、創作するという意味の「創造」である。
 アートや芸術は作り出すものであり、思うだけのものではない。文芸においても同じことで、いかに表現できているかが、美に直結しているのである。
 映し出された芸術に、色が加わる。真っ赤や真っ青、原色が彩りと膨らみを加える。それが芸術を深く掘り下げ、見る者すべてを魅了する可能性を秘めているのだ。
「あの時の死体には、それを感じさせる何かがあった」
 と思うことで、何か犯人の心境に近づいているかのように思えたのだ。
 確かに耽美主義にも見える死体であったが、最初から芸術性を醸し出しているわけでもなかった。それはすぐに分かったのであるが、どこか、犯人の知性と、綾子の知性に似通ったところがあるのを感じたのだ。
 それは子供のような悪戯心というのだろうか。綾子はそういう悪戯心を持った人をいつも気にしているような気がしたのだった。
 それを感じた時、
「どうして私が、この秋月といううだつの上がらない男に興味を持ったのか?」
 というのも分かった気がしてきた。
 そして、もう一つ感じたこととして、
「今回の事件に関係している人物は、それぞれに何かの共通点を持っていて、それを私が分かっているような気がする」
 という思いだった。
 他の関係者も、いろいろと分かってくれば、感じることであろうが、どこか鬼畜のような思いが、気持ち悪さを運んでくるような嫌な思いがあったのだ。
 綾子が、
「鬼畜」
 という感情を持っていたその時、捜査本部がちょうど開かれていた。
 そこで、辰巳刑事が調べてきたことで、新事実が分かってきたのだ。
「実は、被害者の旦那である遠藤隆二の不倫相手だった片桐澄子の旦那である。片桐正治という男なんですが、こいつがまたひどいやつだという話なんですよ」
 と、辰巳刑事が、
「こんなやつ、人間なんかじゃない」
 とでも言いたげなのか、その声は完全に上ずっていて、普通の人間に対しての言い方ではなかった。
「どうしたんだい? 辰巳刑事」
 と、山崎刑事も、少し興奮気味に訊ねた。
 すぐに冷静さを取り戻した辰巳刑事だが、油断すれば、また口調がひどくなるというのを分かっていながらの報告であった。
「片桐正治という名前なんですが、この男、顔立ちが端正にできているというか、いわゆる甘いマスクとでもいえばいいのか、要するにイケメンで、女性が放っておかないタイプなんです。サディスティックに見えることで、余計に女性が惹かれるのでしょうが、女性とすれば、自分だけのものにしておきたいと。お互いにそういう思いが交錯するからなのか、浮気性であるがゆえに、何人もの女に手を出しているんですよ。それを女たちも歯がゆく思いながらも、さらに強く惹かれるという。男としては冥利に尽きるとでもいうのか、見ているだけで忌々しさがこみあげてくるんですよね」
 と、いかにもエスカレートしてきそうな話だった。
 さらに続ける、
「この男、女をとっかえひっかえするくせに、やつには妹がいて、その妹というのも、さすがに血が争えないというか、とてもきれいなお嬢さんなんだそうです」
 というと、
「そうですっていうけど、会ってきたんじゃないのか?」
 と山崎刑事に訊かれて、
「いや、ある事情で会うことができなかったんだ。その事情というのをこれから話そうと思っているんだけどね」
 と言って、山崎刑事を制していると、
「そんな男がこの事件に登場してくるとなると、またややこしい人間関係になってきそうだね」
 と清水警部補が言った。
「ええ、そうなんですよ。天は二物を与えずと言いますがまさにそうなんでしょうね。特にこの片桐という男は、鬼畜にも劣るというものですよ」
 と、無意識に漏らした辰巳刑事のその言葉を聞いて、清水警部補と、門倉本部長は、ゾッとする震えを背中に感じた気がした。
 辰巳刑事は、根っからの勧善懲悪な刑事であった。
「正義を助け、悪をくじく」
 という言葉を自らが示しているような精神面では警察官の鏡だと言ってもいいのではないだろうか。
 そんな辰巳刑事を清水警部補は部下として誇りに思い、山崎刑事も同僚として、頼もしく思っている。
 そんな辰巳刑事は、考えていることがすぐに顔に出るのが玉に瑕だった。すぐに我に返ることはできるのだが、我に返ってしまうまでにそれほど時間が掛からないだけに、その時間がもう少しどうにかならないかと、清水警部補は残念がっていた。だが、総合的に見ても刑事として精神的にも肉体的にも十分である辰巳刑事を信頼もしているのだった。
「その妹なんですが、どうやら、正治にとっては、アキレス腱だったようで、自分が表でもてているということを妹に知られたくないという意識があったようです。妹に対しては頼りがいのあるお兄ちゃんとして見せておきたいということもあって、家の中ではべったりのくせに、表ではなるべく接しないように心がけていたといます。そのため、妹が高校生になってからというもの、ほとんど家に幽閉するようになって、半分は監禁していたようです」
 綾子が見たというユーチーバーの記事の男に似ているところがあったが、この正治という男はさらにその上をいっているのかも知れない。
 辰巳刑事もそのユーチューバーの記事については知っていて、
「最近の中でここまでひどい男もなかなかいないよな」
 とまで感じていたほどであった。
 そいつのイメージもあったからであろうか、辰巳には正治という男を許せないという感情が強かったのだ。
作品名:謎を呼ぶエレベーター 作家名:森本晃次