謎を呼ぶエレベーター
「だけど、それこそおかしいんじゃない? 男と女の違いこそ、僕には大きいんじゃないかって思うんだ。特に出産が絡むと余計に思うよ。それにもう一つの問題は一度でも相手に疑問を感じると、何か事件が起こって、一通りの解決がないと、結論のようなものは出ないので、いくら問題にならなくても、気持ちの上での解決にはならないんだよ」
と秋月は言った。
「じゃあ、何か問題が起こった方がいいということ?」
と綾子がいうので、
「そこまでは言わないけど、気持ちがすれ違っている時というのは、何か問題が起こって、お互いに自分を顧みることをしないと、精神的な解決にはならないと思うんだよね。お互いに気持ちを通わせるためには、喧嘩になるのも致し方のないことではないかと思うんだよ」
と、秋月は言った。
「そこまでしないとうまくいかないというのは、何か悲しい気がするかな?」
という綾子だったが、それを聞いて、少しイラっとした秋月だった。
「いやいや、そうじゃないでしょう。そもそも不倫をするということが悪いわけであって、確かにそれぞれに理由はあるんだろうけど、それによって振り回される人もいるわけなので、そんなに簡単にはいかないんじゃないかな?」
と言われた。
それを聞いた綾子は少し恐縮したかのように、
「ごめんなさい。私が少し軽率な言い方をしましたね」
と言って恐縮する姿を見て、ハッとした秋月は、
「いやいや、ごめん。僕も偉そうなことを言ってごめんね。君には君の事情でそういう気持ちになったということなんだよね。その気持ちを考えることもなく苛立ってしまって申し訳ない」
といった。
「いいえ、それにしても、秋月さんは、結構全体を冷静な目で見て居られるんですね?」
と綾子がいうと、
「ええ、そうなんだけどね、僕もあまり男女の関係に関しては素人なんでよく分かっていないんだよ。それなにに偉そうに言ってしまって、それが冷静に見えたのかも知れないね」
と、秋月が言った。
「秋月さんは、誰かを真剣に好きになったという意識は今までにありました?」
と言われて、ドキッとした。
同じことをその時思っていた秋月とすれば、嬉しいという気持ちもあったが、逆に気持ちを見抜かれていると思うと、今度は少し怖い気もした。綾子に対しての怖さというよりも、自分の中で解釈できないことが起こった時の戸惑いに似た怖さを感じていた。
さらに、彼女が自分と同じことを考えていたということは、自分たち二人だけではなく、他の人も簡単に考えることではないかと思うことであった。それだけ自分が世の中を知らないと思ったからなのかも知れない。
「以前、大学の同級生にとんでもないウワサをされた人がいたんだけど、真意についてはあまりにも突飛だったので、僕自身信じられなかったので、ハッキリとは分からないんだけど、親が会社の社長か何かのやつだったんだけどね」
というと、
「ありがちな話なのかな?」
と、綾子は興味深げに聞いていた。
「あれは、二年生の頃だったかな? そいつは、結構端正な顔立ちをしていたし、やはりお金も持っていたので、彼女も複数いたんだよ。その中にはも細々と小さな事務所に所属してモデルやアイドルのようなことをしている女の子もいたんだよね」
というと、綾子はニンマリとして、
「そういう子がほとんどだったんじゃないかな? やっぱり彼女たちはまずはお金目的なんだろうからね。それに男の方もまんざらでもないと思っているのかも知れない。なぜなら、お金は親からもらっているだけで十分だし、そのお金にいくら女の子が集まってきたとしても、相手がアイドルやモデルのタマゴだったりすると、ひょっとしてメジャーデビューするような子も出てくるかも知れない。その男にとっては、アイドルと付き合うというのも、一つのトレンドのようなものだったんじゃないかな? 結構、そういう男女関係って聞いたりしたこともあったわよ」
と言っていた。
「うん、そうなんだ。お互いにそれぞれ口には出さないけど、それぞれに一物隠し持っているんだ。それだけに、男の方は高飛車になったり、女の方もお金目的ということで、少々のことは我慢しようとする。それが次第に形になってくると、バランスが崩れてしまえば、その形が災いしてしまうのよね。例えば、男の方とすれば、自尊心と独占欲の塊りのようなところがあるので、アイドルやモデルともなれば、いくら地下であっても、華やかな世界に男からすれば見えるだろう。そこに変な嫉妬心が芽生えないとも限らない。彼女たちは少しでも上に行こうと、プロデューサーやディレクターに媚びを売るのも当然のこと、お金で彼女たちを繋ぎとめているという意識があるからなのか、彼女たちが自分のために媚びを売ることが男の自尊心を傷つけ、独占欲を粉砕する。そうなると、男は嫉妬からか、見境がなくなるだろう。でも、実際には、女に対しての嫉妬ではなく、女が自分以外の男に媚びを売っているということに我慢できていないということを分かっていないんだろうね。要するに、自分と媚びを売られる向こうの男とはある意味、彼女たちにとっては同じ立場なんだよ。そのことをやつは分かっているんだよ、同じ立場だからこそ、絶対に負けたくないという思いなんだ。それを女の方は分からない。ただの嫉妬だと思っているとすれば、とんでもない思い違いではないだろうか。そうなると、男の立場からすれば、どうして女は自分の気持ちを分かってくれないのかと思うんだよ。それが愛情の裏返しで、縛り付けておきたくなる。そもそも愛情も何もないのに、愛情の裏返しもくそもなく、男にとっては、今まで我慢してきた自分の本性がむき出しになるかも知れない。それが異常性癖としての、SM趣味であったり、相手をいたぶるという意味でのDVだったりするんだ。そうなってしまうと、自分たちだけでは解決できなくなる、何かの騒ぎや事件が起きないと、その関係が収まらない。そういう意味では、どうせ起こるなら早い方がいい。だけど、実際には、どうしようもなくなって警察に逃げ込んだりするんだろうね。警察に逮捕されたりして、前科がついたりしていたものだよ」
と秋月は、そいつのことを思い出しながら、時々苦み走った顔をして話を続けたのだ。
「そういう事件はよく聞くわね。確かに今秋月さんの言ったことそのものなんだけど、精神的な面で、相手とのすれ違いと、最初からお互いの想いの隔たりの大きさから、一旦こじれてしまうと、本当にどうしようもなくなるものなのよね」
と言った。
「この男、まだ続きがあるんだけどね」
と秋月は言った。
「うんうん」
綾子もここまで聞いたのだから、さらに興味津々になって聴いていたのだ。
作品名:謎を呼ぶエレベーター 作家名:森本晃次