謎を呼ぶエレベーター
特に、個人情報という壁は大きなようで、不倫や浮気というのはウワサがあっても、なかなかその事実にまでたどり着くのは難しいだろう。
現段階で動機を狭めて見るのは危険であるが、秋月の中では、他に動機になるものが発見できないような気がする。そうなると、事件の歯車がかみ合いにくくなるのではないかということが想像されるのであった。
不倫の果てに
捜査本部の中でも、殺害された遠藤玲子の旦那が、第一発見者の実兄であり、捜査をしていると、二人の間で、何かしらのおかしな人間関係が成立しているのではないかという思いがあった、
「どうも、この兄弟、どこか歪な関係があるかも知れませんね。調べていると、どうやら殺害された奥さんと、第一発見者である秋月という男は、大学時代の同級生だったということです」
と、山崎刑事が報告した。
「じゃあ学生時代に付き合っていたということもあったんじゃないか?」
と辰巳刑事が聞いたが、
「それはないというのが、当時の二人の共通の友達の見解でした。被害者の方はひょっとしたらそういう意識があったかも知れないけど、秋月の方が、どうも恋愛に関しては苦手だったようで、特に自分の気持ちを表に出すことはしなかったようです。これは恋愛に限ったことではないようなんですが、精神的な引きこもりに近かったというのが、おおかたの意見ですね」
と、山崎刑事は答えた。
「なるほど、確かに昨日の事情聴取でも、しどろもどろのところがあって、もっとも、自分の死っている人が殺されているのを自分で発見したんだから、誰だってしどろもどろになるのは仕方がないんだろうけど、それだけではない何かがあるとは思っていたが、そういうことだったのか」
警察の方も、秋月がその日の夕方にある程度自分で気付いたあたりのことを調べるのに、三日くらいを要したが、やはり秋月の考えていたくらいのことまでは、行き着いたようだ。
「それにしても、遠藤隆二という男、かなり自尊心の強い男だということですね。遠藤玲子という社長令嬢と結婚し、今はまだ三十そこそこで、部長クラスなのだから、普通なら逆玉ということである程度満足のいく毎日なのだろうと思いきや、まだまだ欲が深いようで、部長クラスでは満足していないようです。しかも、仕事以外のプライベートでも、奥さんがいながら、適当に不倫もしている。一種のつまみ食いなのだろうが、その相手はほとんどが水商売の相手、ある意味では後腐れがないという意味で、実にうまくやっていると言えるのだろうが、ひょっとすると、そのあたりにやつのおごりのようなものがあるのではないだろうか」
と、山崎刑事が報告すると、
「あの兄弟、それぞれ両極端に見えたんだが、どうなんだろうかな?」
と、辰巳刑事がいった。
「どういうことだ?」
と訊いたのは清水警部補で、
「兄の方が、強かで、そのしたたかさも想像以上のものに感じられるが、弟の方は、ラブホテルでデリヘルを呼んでいるというところからも、どうも小心者に思えて仕方がないのだが、考えすぎですかね?」
と辰巳刑事が答えると、
「ある意味、弟の方が、一般的な男子に近いんだろうね。でも、彼のような青年は結構たくさんいるんだけど、見た目は似ていても、腹の底で考えていることは、それぞれに違っているので、何とも言えない。兄の方が分かりやすいと言えば分かりやすい。極端ではあるが、自尊心が強ければ強いほど、見た目が、その人そのものだと言えるからだろうね。弟のようは、見た目で判断できないというのが、私の意見でしょうか?」
と、山崎刑事が言った。
事件への核心に迫るということに関しては、辰巳刑事の方が、一歩も二歩も山崎刑事に勝っているところがあるのだろうが、こと捜査において、人間性や動機などということについての推理や観察眼は、おそらく、K警察はおろか、県警察の中でも屈指なのかも知れないと、清水警部補は感じていた。
清水警部補が、山崎刑事と辰巳刑事を必ず自分の配下として捜査本部を形成するのは、そのあたりを買っているからであった。
辰巳刑事も山崎刑事に、山崎刑事も辰巳刑事に、相手の素晴らしいところに敬意を表しながら、よき好敵手であり、パートナーとして接しているのである、
時として、口論になることもあるが、それを見て、清水警部補が咎めることはほとんどない。むしろ、意見を戦わせる二人を頼もしく感じているほどで、
――やはり、この二人を配下にしていてよかった――
と、絶えず考えていたのだ。
「ところで、夫婦二人はそれぞれに不倫をしているということなのだろうが、決まった相手というのはいないのかい?」
と、清水警部補が聞いた。
「そのあたりなんですが、旦那の方には、情婦がいたようです。片桐澄子という女性なんですが、遠藤隆二の会社の事務員だそうです」
と辰巳刑事が答えた。
「じゃあ、部下の女の子に手を出したということなのかな?」
と清水警部補が聞いたが、
「というよりも、二人は以前から知り合いだったという話もあったので、調べてみると、彼女が大学生の頃、一度今の会社にアルバイトに来ていたことがあったようで、その時少しだけ付き合ったことがあったというんです」
「じゃあ、元彼女だったということかな?」
「そのようですね。だから、そのあたりも含めて捜査しているんですが、彼女がこの会社に入ってきたというのも、まんざら偶然ではないとすると、何か今回の事件に関係があるのかも知れませんね」
と辰巳刑事は話した。
「でも、気になるのは、二人が付き合っていたというのがいつ頃だったかということですよね?」
と、山崎刑事が聞いた。
「今、二十五歳の片桐澄子が大学生の頃のことだから、四、五年くらいが経っているということではないでしょうか?」
「じゃあ、別れてから四、五年くらい経っているということになるわけなので、そんな昔のことを偶然でもなくて、思い出したように必然にしますかね? 特に今の遠藤にとっては、逆玉に乗って、将来が約束されているわけですよ。それを昔、付き合っていた女性をわざわざ連れてきたりしますかね? 面倒なだけにしか思えないと感じるんですが」
と山崎刑事が言った。
「確かにそれは言えるかも知れないですね。男女の関係は複雑怪奇とも言われるけど、遠藤のように、見えている将来への成功を、崩すようなことは計画通りに進んできた人間ですからね。澄子の方に何か思い入れがあったか、あるいは、遠藤に対して強く出ることのできる何かがあったか、そのあたりも調べてみる必要あるかも知れないのかな?」
と辰巳刑事は言った。
辰巳刑事は、事件を理論立てて考えることには長けているが、人間関係に関してはどこか疎いところがあった。特に男女の関係になってくると、難しいところがあり、山崎刑事に助言してもらうことも少なくなかった。
今回もそのあたりを山崎刑事に意見をもらいながら、捜査することを考えていたのだった。
それにしても、今回の事件は、複雑に何かが絡み合っているような気は、皆それぞれの中にあった。
作品名:謎を呼ぶエレベーター 作家名:森本晃次