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謎を呼ぶエレベーター

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 逆に、普通の人のように、
「弟が兄のほしがっているものを欲しがっている」
 という風に見えるのだ。
 そのまわりの目が、弟にとってどれほど理不尽に感じさせるか、その感覚が弟を引っ込み思案にさせ、自己嫌悪を最大のものにさせた。しかし、それはあくまでも、世の中の都合に振り回されたからであって、
「世間には逆らえない」
 という気持ちを抱いてしまったことが、弟にとっては悲劇だったのだろう。
 自分のすべてを否定し、人から慕われたり、女性からモテるなどというのは、夢物語に過ぎないということを、嫌というほど思い知らされた。
「ひょっとすると、兄には兄の言い分もあるのかも知れない」
 という思いが、どうしても自分を表に出すことのできない性格にしてしまった。
 だから、いくらまわりから促されても、最後の一歩を踏み出すことができないでいた自分になってしまった。
 玲子を好きになっていたにも関わらず、それを分かっていながら認めることができなかったことで、兄によって強引に自分のものにされた玲子こそ、この兄弟の最大の被害者だったのかも知れない。
 兄の隆二はまるでほしかったおもちゃを手に入れるがごとく、玲子をおもちゃ代わりにして自分のものにした。
 玲子は気丈だったこともあって、兄を恨むどころか、兄弟の因縁を知ったことで、一番に秋月を呪ったことだろう。
 だから、血痕に際しては抗うことをしなかった。あくまでも秋月に対する当てつけの意味が強かったのだ、
 だから、平気で浮気もできたのだし、それ以前の隆二が他のオンナを抱くことも、正確には浮気ではない。
 隆二という男は、すべての目が弟に向いていた。何が兄をそんな歪んだ根性に結び付けるのか分からないが。、弟が自分の中でのすべての敵として凝縮されていたのだ。
 こんなこと、普通の兄弟ではありえないことだろう。
 それでも、この二人の間には、拭い去ることのできない因縁として残り続けている。おそらくどちらかが死ぬまで変わらないだろう。いや、どちらかが死んでも生きている方の心には思いとして残り続けているので、消えることはない。
「悲劇とは、こういうことをいうに違いない」
 そのことを、少なくとも弟の秋月は分かっているつもりだった。
 一緒にいる綾子も、ここまでひどい兄弟を見たことがない、だが、この二人の兄弟に勝るとも劣らないほどの経験をしていると、綾子も思っていた。
 綾子には、兄がいた。
 兄は、今は警察の厄介になっている。今綾子が、風俗嬢として働いているのも、その責任の一端には、兄の存在があったからだ。
 同情の余地のない兄の存在が、綾子の心を傷つける。何をやっても、自分の行動の裏には兄の存在が影響している。
 さすがに秋月兄弟ほどのひどさはないが、少なくとも兄は犯罪者だった。
 正直、常識のない人間ではないのだが、こと女性に対しては、相手によってではあるが、人間が変わってしまうことがある。まさに現代の、
「ジキルとハイド」
 と思ってもいいだろう。
 ちなみに、同じ兄弟で名字が違っているのは、兄の隆二が養子に出たからだった。遠藤家というのは、戦後すぐに混乱から財を成した家系であり、その頃から代々世襲にて会社を大きくしてきた経緯がある。そのため、子供に補正しかいなければ、夫には養子になってもらい、会社をいずれは継いでもらうというのが、慣例になっていたのだ。
 したがって、兄が玲子さんと結婚した時にも養子になるという条件だったのだ。
 秋月家は、別に継ぐような財産がある家系でもなかったので、長男だから、養子に行ってはいけないなどというそんなものもなかった。どちらかというと野心家である兄は、本当に玲子さんと愛していたから結婚したのか、それとも、遠藤家に入り込むために結婚したのか分からない。秋月が兄を完全に信用できないのはそのあたりにあり、二人が浮気や不倫をしていたとしても、踊りくことはあっても、不思議に思うことはなかった。
 兄が結婚前に他のオンナと一緒にいたとしても、それはひょっとすると、それまでの女たちへの決別からだったのか、抱き収めだとでも思ったのか、
「恋の清算」
 という意味合いが強かったのかも知れない。
 しかし、それにしても、そんな兄だからこそ、弟の持っているものを兄が欲しがるという性格お分からなくもない。それだけ完璧主義者だったのではないだろうか。
 弟の持っているものを欲しがる中で、玲子という思わぬ副産物を見つけた。きっと兄としては、
「あいつにはもったいない」
 とでも思ったのか、兄の自尊心に火をつけてしまったのだろう。
 どこまで玲子さんのことを好きだったのか、それに、玲子さんもどこまで兄のことを好きだったのか、それを思うと、秋月にも何かが思い当たるような気がした。
「まさか、玲子さんは僕への当てつけのつもりで、兄と結婚したのではないか?」
 とさえ感じた。
 兄と知り合って、兄が強引に玲子さんを自分のものにした時、一番心の中にいたのが、秋月だったとすれば、何かが繋がるような気がする。
 玲子さんがもし、結婚してから不倫を繰り返していたのだとすれば、なぜ自分に言い寄ってこなかったのか、それは一番そばにいてほしい。そして一番辛い思いをした、兄からの強引な行動に、秋月が気付きもせず、とんでもない兄に対して抗うことができない、そんな意気地なしの秋月にたいして、
「可愛さ余って憎さ百倍」
 という言葉のごとくだったのかも知れない。
 それを思うと、殺された玲子が今どのような生活をしていたとしても、少なくともその責任の一端は、秋月にあるといえよう。
 今まではそのことをウスウス感じていながら、目を逸らしてきた。
 いや、
「俺は兄の被害者なんだ」
 という思いから、被害者意識が強く、その意識の延長線上にある、玲子の存在から目を背けていたのだろう。
 玲子だけではないかも知れない。自分と兄との関係の中で、被害者意識のその先で盲目になってしまった罪が、いくつも蠢いているかも知れないと思うと、今回の玲子さんが殺害されたことから目を背けてはいけないのではないかと思うのだった。
 ただ一つ気になるのは、綾子がどうしてこの事件に興味を持ったのかということであるが、それだけ秋月の中に自分が気付かない中で、他人に何かの影響を与えるような力が存在しているのではないかとまで思ってしまうほどだった。
 秋月は、兄に対して、どちらかというと、対照的なイメージを持っている。兄の自尊心の強さと、弟のものを欲しがるという思いである。本来なら、平行線のように交わることがないもののように思うが、それはきっと他人には分からない、兄弟にだけ存在しているものではないだろうか。
 玲子が殺害されたという今回の事件、少なくとも、この二人の兄弟、そして、兄、弟のそれぞれとの関係が絡み合って、殺害に繋がっていると考えることができるような気がする。
 となると、
「今表に出ている事実だけで、犯人に辿りつくのは結構難しいのではないか?」
 と、秋月は考えたが、警察の捜査能力にも限界がある。
作品名:謎を呼ぶエレベーター 作家名:森本晃次