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短編集123(過去作品)

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「そうだとも、特に女性は相手のことをまず考える。これは女性のいいところなんだが、相手が自分が考えているほど自分のことを考えてくれていないと思うと、そこから先は修羅場と化すこともあるだろうね」
 思い当たるふしがないわけではなかった。それだけに用心しないといけない。だから、
「歴史に興味ある?」
 と聞いてみるのは当たり前のことだった。聞いてあげたことで女性も答えやすくなる。
「あまり知らないの」
 その時の表情を見る。目を輝かせているようであれば、脈があるかも知れない。
「じゃあ、少しずつでいいから教えてあげよう」
 という前置きをしておくと、相手は安心するし、佐久間も自分の世界に入り込んでしまうこともないだろう。
 もし女性があまり浮かぬ顔になれば、それ以上歴史の話を出来なくなってしまう。寂しきはあるが、話を封印するのが一番である。
 女性で歴史の話に造詣の深い人はあまりいない。しかし、中には話ができる人がいるが、その場合は、たいていの場合、歴史上の人物の誰かに陶酔しているだろう。
 時系列に沿った事件というより、一人のヒーローの出現によって歴史がどのように変わったかということに興味があるようだ。佐久間の知る限り、歴史上の人物で女性に人気があるのは、義経だったり信長だったり、家康だったりする。どこかに偏見があるのだろう。
 女性というのは結構ミーハーなものである。集団意識というか、有名な人はとりあえず興味を持つ。そして自分の好みに合った人かどうかをその後で判断するのではないだろうか。もちろん、すべての女性がそうだとは言い切れない。あくまでも佐久間の個人的な意見であるが、五十歳になるまで生きてきて、それ以外の感覚を持ったことがない。
 まわりにそういう人が集まってくるだけかも知れないが、それだけではないような気がする。
 佐久間は最近よく夢を見る。今、今朝見た夢を思い出していた。
 時代はいつの時代だろう。最初はまったく分からなかったが、歴史が好き佐久間にはそれが戦国時代だということはすぐに分かった。
 大きな道路の両側に市場が並んでいる。市場と言っても、時代劇で見るような整備された街並みではない。屋敷もそれほど整った建築方式を取っていないのか、実に質素である。ただ、大雑把な中にもどこ豪壮な佇まいがあり、武士の凄みを感じさせた。
 武士の凄みも最初だけで、不思議なことに、次第にその佇まいに馴染んでくるのを感じた。まるで前から住んでいたような気持ちになるのは自分がその世界に溶け込んでいくのを感じ始めたせいかも知れない。
 そう思えば、自分は馬に乗っていた。高いところから見渡しているのにさらに広く感じられるのだから、さぞかしだだっ広い通りなのだろう。歩いている人も小さく見えて、それだけ自分が大きな馬に乗っていることをあらわしていた。
 しかし、それだけではない。自分の身体も人一倍大きかった。昔の人は身体が小さいという認識があったが、自分だけは現代の自分よりもさらに大きくなっていた。
――そうか、これは夢なんだ――
 自分にないものを欲する気持ちが表れるというのは、夢ならではではないだろうか。馬の乗り心地も最高にいい。乗馬の経験などないのに、ずっと馬に親しんでいたと思うのも夢だからである。
 それにしても、自分が昔の街並みを歩いていることで、
「おかしい」
 と感じて、夢を見ていると思ったわけではなく、自分の都合のいいように考えていることから夢だと思ったというのも愉快だった。気持ちに余裕を持った時に感じることなのかも知れない。
 大通りを歩いていると、目の前に天守閣が見える。天守閣まで一本道で繋がっている。
「結構大きく見えるということは、すでに外堀くらいは渡ってきたんだろうな。それにしてもその中にまで市場が広がっているというの面白いものだ」
 歩いていると、いい匂いがしてきた。今でいう焼き鳥のような匂いである。まだ日も高く、赤提灯には早い時間だが、夢ということで何でもありなのだと思うと、まわりを見渡してみたくなった。
 自分には友が二人いるようだ。一人は馬の手綱と持って先頭を歩いている。彼の手には槍が持たれていて、どうやらまわりを警戒しているようだ。
 もう一人は、佐久間の左足のところを歩いていて、彼も決して顔を上げて佐久間を見ようとはしない。
――この時代の掟なのだろうか――
 もし、彼らが佐久間の家来であるとすれば、それも納得が行く。主君の顔を見るには、主君が話しかけなければ成立しないのであろう。したがって男二人がどんな顔をしていて、どんな表情なのか、まったく分からなかった。
 だが、気配は感じられた。二人ともかなりの緊張感を漂わせている。
――そんなに俺って、重要な人物なのだろうか――
 と思えてきた。
 着物を着ることなど今までにはなかったことなので、どうにも身体にすきま風が通りすぎていくようだったが、十分に動き回れる衣類であることは、違和感のなさから感じ取ることができる。
 腰には脇差、刀も差しているようだ。邪魔になりそうでならないのは、きっと着物が合理的に作られているからだろう。
 着物の帯びは服を締めるものであり、さらに刀を腰に巻くものでもある。それだけに身も引き締まるというもの、最初に着るところからの意識がないことを佐久間は口惜しく思った。
――どんな住まいに住んでいるんだろう――
 何となく想像がつく。
 家来を二人連れて、今から城に参内しようというのだ、それなりの屋敷に住んでいるに違いない。庭には桃の木が植わっていて、その近くに池があるように思うのは贅沢であろうか。それであれば、まるで大名の屋敷ではないか。
 さすがに大名とまでは行かないが、武士であることには違いない。それも家老職に近いくらいのものではないかと思った。
――そういえば、俺は今一体いくつなんだろう――
 じっと手を見てみた。手にはしわのようなものはない。現実の世界では、最近手のしわが気になり始めた。本当は髪の毛の方が気になるのだが、この世界では髪の毛はあまり関係ないのだ。
――ひょっとして、そのこともあるので、こんな夢を――
 考えすぎであることは分かっていた。分かっていたが、夢であることも半分は信じられないでいた。
 それにしても、さすがに夢である。こんなに信じられないようなことが目の前に展開されているのに、気持ちは半分他人事である。いや、夢だからというわけではない。人間、信じられないことに直面すると、筑紫できないという本能が働いて、他人事のように見えるものなのかも知れない。そういう意味では夢というのは、実は一番人間臭いものなのではないだろうか。
「憲正様、まもなく城内でございます」
 馬を引いている男がそういった。声の調子からすればまだまだ若い。だが、この時代の人間は、若い男であっても、優秀であれば登用されるのではないかと思った。
――そうか、憲正というのが、この時代での俺の名前か。佐久間四郎憲正、悪くない――
 勝手に想像してにやけてしまっていた。
「よし、分かった」
作品名:短編集123(過去作品) 作家名:森本晃次