小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

短編集123(過去作品)

INDEX|4ページ/13ページ|

次のページ前のページ
 

 予選に合格してから、本番の収録まで、三ヶ月。その間にいろいろな本を読んで勉強したり、古本屋に行って、昔のクイズ番組で出題された本を買ってきて、模擬テストも行った。当時はクイズ番組も最盛期、クイズ必勝本がいくつも発売されていた。出題の趣向は違っても、時事問題以外での出題にさほどの違いはないだろう。なかなか面白い着目点だと自分でも感じた。
 最初に予選で訪れた時は、皆緊張で誰も話をする人はいなかった。心細いが、皆初対面、しかもライバルである。話をしてはいけないわけではないが、下手に話をすると、自分の中で高めてきたモチベーションを下げてしまうようで、それも怖かった。
 ペーパーテストは苦手ではなかった。一番勉強のヤマが張れるからだ。傾向と対策のようなものは昔と変わっていない、さすが、学生時代からクイズ番組を研究していた木下らしい。
 木下は、当時流行っていたクイズ王の番組に何度か出場していた。成績は他の出場者と遜色なかったのだが、運が悪かったようで、じゃんけんで負けたり、ゲームで負けたりしていた。クイズ番組の中でじゃんけんやゲームに負けてしまった人たちのことはあまり大きく番組で取り上げないが、その数は相当なものである。
 忘れ去られた中の一人だと思うのは情けなくも悲しいものである。まわりから話題にされたくなく、できれば放っておいてほしいのだが、世間の目というものは、一度は冷たく感じるものだ。
 それに慣れてくると本当に忘れられてしまう。クイズ番組に出場したことを他人に話すことすら恥ずかしい。
「俺、クイズ番組に出たんだぞ」
「どこまで行ったんだ?」
 と聞かれて、何と答える。
「じゃんけんで負けたんだ」
 などと言おうものなら、言った本人も聞いた人たちも何とコメントして言いか分からず、その場が凍り付いてしまうだろう。
「しまった」
 と思っても後の祭りである。
 そんなことを木下がするはずはない。したたかに話の中でも計算しているやつだからである。そういう意味では一番危ないのは坂上だ。よく言えば純粋な性格、悪く言えば、融通が利かない性格でもある。
 そんな苦い経験のある木下は、昔からならではのクイズ番組を作りたいと言っていた。何が純粋なクイズ番組なのか分からないが、出場者に公平なことが一番だと思っているようだ。そういう意味では敗者復活戦を売り物にしている番組は、木下の趣旨から少し離れるのではないだろうか。
 予選の問題は、やはり予想したとおりオーソドックスな内容だった。皆が公平にという意味で、出題の傾向を探りやすくした問題ともいえるだろう。雑学の本や昔からのクイズ番組に定番の問題が数多く出題されていた。傾向と対策を素直に勉強した人は必ずいい成績を収めているに違いない。
 坂上は試験が終わって時点で予選通過を確信していた。
「予選では七十点がボーダーラインかも知れないな。普通に何の疑いを持たずに勉強していればある程度は答えられるはずだ。余計な気を回したりすると、無駄になってしまうはずだ」
 という話を試験が終わってから聞かされた。だが、試験の日から合格通知までにはかなり時間が掛かったため、忘れてしまうことはないが、テンションは少なからず下がっている。
 予選突破を果たし、実際に番組収録までにすっかりモチベーションが下がっていた。緊張することもなかったのはいいことなのだが、覚えていたことまで忘れてしまいそうになり、しかも同じ緊張でもステージの上から観客席を見るという経験は今までになかったからだ。
 ステージにはスポットライトが当たっている。観客からはステージの上の人は主人公である。見つめられる運命にあって、そのために表情の隅々まで見れるように工夫されている。
 しかし、ステージからはまったく逆で、眩しい中、真っ暗な客席が見えるはずもなく、それはあたかもマジックミラーの逆バージョンのようだ。
 刑事モノサスペンスなどで、取調室が映ることがあるが、相手からはまったく見えず、こちらから見えることで証言をしてくれた人のプライバシーを守れたり、横か表情の変化を随時観察することができるのだ。
 クイズ番組もバラエティである。一番格上は視聴者で、そして観覧者、最後の出場者ということにあるであろうか。逆がより主役に近い立場である。その代わり、出場するだけで参加賞のような景品までもらえたりする番組もあった。観覧者を含めた参加者は、この番組以外では一般視聴者であり、一般視聴者も、いつかは参加者になるかも知れない。縁があって参加しているクイズ番組、いずれ参加したことが将来の役に立つこともあるだろう。楽しめれば一番いいのだが、心臓に毛が生えているわけではないからだ。
 クイズ番組であろうが、バラエティであろうが、視聴者が参加するのは作成者側から見るとどうなのだろう。自分たちが企画したものが忠実に描かれるわけもなく、ハプニングが生まれることもあるはずだ、だからこそ、見ている方は面白いに違いない。
 坂上は、それが分からなかった。冷めた目で見ているからだと思っていたが、意外と製作者側から見ていたのかも知れない。だから、皆が好き勝手に動いているように見えて統制が取れていないことに、不快感があったのだと思っている。
 実際に自分が参加すると、冷めた目などどこにもない。ステージから見えるものは、暗闇をベースにした背景に、目を潰さんばかりの閃光であった。
 時間にしてどれほどあったのか、気がつけば終わっていた。自分の中で、聞こえてくる問題を本当に理解できていたのかすら、後から考えると覚えていない。それでも数問はちゃんと正解していたようである。何とか意識があって、答えられたようだ。
 潜在意識が無意識に働いたのだろう。後で見たVTRでは、緊張している雰囲気はあるが、それは他の参加者とあまり変わらないほど落ち着いているように見える。正解した時のリアクションも、いかにも素人が参加しているという雰囲気だった。作成者側からすれば、坂上は合格点だろう。
 クイズ番組は一時間番組、前半は予選で、後半は決勝。そして最後に先週のチャンピョンと今週のチャンピョン決定戦が行われるのだ。
 坂上は予選は通過し、後半の決勝で敗れてしまった。ステージに立つまでは、チャンピョン決定戦に出場できるくらいの実力は持っているつもりだったので、決定戦をいつもイメージしていた。
「やっぱり、実際のステージはイメージとは違う」
 終わってから考えると、予選を通過できただけでもよかったと思っている。予選を通過できれば、番組の特徴でもある敗者復活戦に出ることができるからだ。
 敗者復活戦は、三ヶ月に一度行われる。もう一度一次予選のペーパーテストからまったく同じ経路をたどり、敗者復活ステージで三位以内に入れれば、再度本戦に出場できる。
 ペーパーテストは完璧、最初よりも成績がよかったかも知れない。やっと敗者復活ステージに望むことができる。
 その日の朝、目覚めは早かった。久しぶりに夢を見た気がしたが、夢を見るということはそれだけ熟睡していることの証明であって、
「今回は緊張することもないだろう」
 と思えてきた。
作品名:短編集123(過去作品) 作家名:森本晃次