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短編集123(過去作品)

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 都会での彼の地位はゆるぎないものであったにも関わらず、これからという時に、後輩指導を始めたのだ。
「立つ鳥跡を濁さずというからな。俺もその気持ちは強いんだ」
 もちろん、同じ業界での仕事なので、中途半端なことをしてから新しいところへ移りたくないというのも当然の心理である。
 坂上は彼のことを実は知っていた。
 大学の同級生でもあったからだ。同じゼミに所属し、学生時代には、一緒に旅行に出かけた仲でもあった。
 彼の名前は木下という。木下は昔からしたたかなところがあったが、憎めない性格でもあった。
 気を遣うのが実にうまいやつである。痒いところに手が届く性格で、何かしてほしい時に必ずその気持ちに答えてくれた。それが嬉しいと思う人は一杯いて、女性にももてた。
 そんな彼は役得とでもいうのだろうか。人から羨ましがられることはあっても、妬まれたり恨みを買うようなことはなかったのだ。下準備が行き届いていると、ここまでうまくことが運ぶものなのかと彼を見て思ったものだ。
「坂上、久しぶりだな」
 先に気がついたのは木下の方だった。坂上も、
「まさか、こんなところで会うなんて思ってもみなかった」
 という言葉どおり、まさかの一言であった。
「お前が俺の番組に出てくれるなんて、これは光栄としか思えないよ」
 馴れ馴れしさは昔からだったが、憎めないところはまったく変わっていなかった。今度は番組制作者という偉い立場であるが、こちらはある意味お客さん、彼のへりくだった態度は営業スマイルのようにも見えるが、坂上だけには営業スマイルだけではなく、本当に懐かしがっていることは分かっていた。
 控え室の中にはさまざまな人がいる。
 一人で復習にいそしんでいる人、数人でやかましいくらいにわいわい話をしている人。彼らは、気がつけば声が大きくなっているのだろう、スタッフから怒られていた。まるでオバちゃんの軍団を見ているようだ。
 大学の試験会場の待合室の雰囲気を思い出していたが、あれよりも和気藹々といった雰囲気である。これに落ちたからといって困るわけではない。目指すは復活あるのみだからである。
 これも彼の狙いかも知れない。
 一度は死んだ連中が、生き生きと戻ってくることで、番組への関心も強くなり、参加者が次第に増えてくる。
 当然視聴率も上がるはずなので、彼の点数も上がるというものだ。
「お前もなかなかしたたかだな」
 一言皮肉をいうと、
「ありがとう。社会人になるとしたたか部分もないとなかなかやっていけないからね。今の言葉は褒め言葉として受け取っておこう」
 これが文字であれば、冷めた言葉に見えるに違いない。しかし、そこで冷めてこないのは、やはり彼の役得たるゆえんか、それともよほそ話術にも長けているということかも知れない。
 自動販売機で買ったコーヒーを二つ持って、待合室までやってくるおばさんたちの態度はかなり横柄である。しかも、お世辞にもスリムとは言えない身体をゆすりながら歩いてくるのだから、迫力満点である。
 そのイメージが放送局にはあった。クイズの参加者は、それぞれ緊張した雰囲気なのだが、観覧希望の人たちはまったく緊張感などない。あの人たちのお目当ては番組構成というよりも、司会の芸能人がお目当てである。二十年くらい前アイドルだった人たちにとって、今でもずっとアイドルのままなのだろう。
 クイズに参加を決める前、一度観覧希望でやってきたことがあった。それはもちろん一人ではなく、会社の先輩が応募したハガキが偶然当たったからのことだった。その時に木下に再会したのであって、先輩もビックリしているようだった。
「世間って狭いよな」
 先輩の言葉がすべてを物語っているように思えてならない。
 その時にちょうど廊下を歩いている時、クイズに出場する人を見かけた。歩きながらでも本を読んで勉強している。本当に緊張した雰囲気を醸し出していたのだ。
 その時は、まさか自分がクイズ番組に参加するなど考えてもみなかったので、見ていて大変だという他人事のイメージしか浮かんでこない。しかし、収録が始まって、クイズが出題された答えを小声で答えていたのが、ほとんど正解していたから、先輩もさすがに驚いて、
「お前出ればいいじゃないか。これなら絶対にいいところまでいけるぞ」
「いえ、緊張してしまって答えられないかも知れませんよ。今日の問題もたまたま知っている問題が出ただけなのかも知れませんしね」
 と答えたが、本音は、
「意外と簡単かも知れないな、出てみるというのも一興かも知れない」
 と思った。
 そこへ知り合いがスタッフにいるということで、運命的なものを感じたとしても無理のないことである。
「俺も出てみようかな」
 観覧があった数日後、木下から誘われて呑みに行った時に、ボソッと独り言のように呟いた。正直自信があるわけではないし、呟いたからといって出場できるわけでもない。ただ、その時の気持ちを正直に表現しただけだった。
「出てみればいいじゃないか。お前は昔から雑学には強かったからな。このクイズは結構雑学や、歴史、政治といった分野が多いから、お前の得意分野じゃないか」
 木下は坂上の得意分野を覚えていたのだ。
「よく覚えているな」
「そりゃそうさ。俺はお前をライバルだとずっと思ってきたんだからな。だからお前の得意な分野には神経を尖らせていたさ。今の俺があるのも、あの頃のお前のおかげといってもいいくらいさ。もしその気になったら連絡をくれ、俺が何とかしてやるぞ」
 何とかしてやるというのは、出場させてくれるということだろう。それだけでも嬉しかった。しかし、コネを使っての出場ということが他の人にバレれば、木下の立場も微妙になるのではないだろうか。
「そう言ってくれるのはありがたいな。やはり持つべきものは友達ということだな。本当にいいのかい?」
「ああ、任せておけよ。結構この番組は俺の意見が通るんだ。大丈夫さ」
「ありがとう」
「だけど、予選のペーパーテストはあるから、それに受けれるように取り仕切るだけだぞ」
「もちろん、分かっているさ。俺もいきなりテレビのブラウン管の前では緊張しっぱなしで、まともに答えられないさ。予選を勝ち抜いたという自信があればこそ、緊張がほぐれるというものさ」
 確かにそうだった。いきなり本番ではまともに答える自信はない。予選から「よーいドン」で受けることで、少しは後ろめたさが消えるだろう。
 予選のペーパーテストは百問を五十分で行うものだった。どこのクイズ番組でも行っているもので、大学の入学試験を思い出し、あの時ほどの緊張感がなかったので、結構スムーズに解けたと思う。
 しかも得意分野が結構出題されていた。合格通知を見て、飛び上がって喜びたくなった自分の中に、学生時代を思い出させる気持ちが強かったことに気付いた。
作品名:短編集123(過去作品) 作家名:森本晃次