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短編集123(過去作品)

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 かつてクイズ番組最盛期の頃は、「クイズ王」なる人物が存在し、「最強クイズ王決定戦」という称号のクイズ番組があった。
 クイズというと知識もさることながら、運や体力も必要だということを全国の人に知らしめたもので、最初はそれなりに違和感もあったことだろう。
「運でクイズ王を決められてたまるものか」
 と明らかに反感を持っていた人もいた。
 中にはそれでクイズ離れしてしまった人もいるだろう。
「いずれは自分も勉強して、クイズ番組に出るんだ」
 と思った人も、クイズに出るにも出費がかさむこと、仕事をやりながらでは難しく、それなりに理解力のある会社でないと難しいこと。また、却って会社に理解力などあったりしたら、会社全体で応援などされ、それがプレッシャーにならないとも限らない。それも困ったものである。
 そんなクイズ離れした人たちは、最近のバラエティをどう見ているのだろう。坂上は、最初こそ違和感があったが、最近では、何かをしながらテレビをつけている分には何の問題もない。
――ひょっとして、今の世の中のそんな環境を見越してのバラエティなのではないだろうか――
 とも考えたが、それこそ
――まさか――
 である。考えすぎもいいところではないだろうか。
 クイズ番組の醍醐味は、やはり解答が分かった時の喜びに尽きる。それは視聴者も同じである。
 坂上は、最初出場してみようとは思っていなかった。クイズ番組はテレビで見て楽しむことに慣れてしまっていたからで、出場するとなると、それなりの知識と勇気も必要だ。それに、予選があって、テレビに出るまでにペーターテストの難関をクリアしなければならなかった。
 それなのに、気がつけば出場していて、あっさりと敗れ去っていた。しかし、ここのクイズ番組の醍醐味は、敗者復活戦があることである。
「そういえば、この放送局に来るのはこれで何度目なんだろうか?」
 と考えたりもした。
 実は、クイズ番組に出るまでに一度訪れたことがあった。あれはまだ学生だったのだが、友達がバラエティの観覧希望のハガキを出しており、それが見事当たっていたのだった。ペアでの観覧希望、
「彼女と行けばいいじゃないか」
 と言ったのに、
「いやいや、親友の君との方が面白くてね」
 ニヤニヤしながら話してくれた。このバラエティ番組の観覧希望者というのは、ほとんどが女性ばかりで、友達の頭の中には、よこしまな気持ちが宿っていたことに最初は気付かなかった。
 テレビ局には興味があった。ただの観覧希望であっても、一度スタジオというものを体験してみたいという気持ちがあったからだ。当日駅からの送迎バスに乗り込んだところから、すでにまわりは女の子ばかりであった。ほとんどが、女子高生か女子大生、男であればこの環境に対して何らかの反応があるはずである。
 友達は浮かれていたが、坂上は少しシビアに見ていた。バスの中にしても、放送局内での控え室にしても、実にうるさい。百人近い女の子が五、六人のグループを作っているのだから、それなりにうるさいのは当然かも知れないが、それぞれにお目当てのタレントや芸人がいるようで、話題が皆違うから、聞いている方は騒音にしか聞こえない。
 しかし、不思議なもので、控え室から会場になるスタジオに入ると、彼女たちは実に礼儀正しかった。
 ADが段取りを説明する時も、静かに聞いていて、リハーサルの拍手も実に綺麗にあっている。先ほどまでの、
――自分たちさえよければ――
 と言った雰囲気は微塵も感じさせない。
 暗黙の了解がテレビ局の中には存在している。先ほどまでのうるさかったのをここまで連携させる魔力がテレビ局の中に雰囲気として存在しているとしか思えなかった。
 ブラウン管を通して見ていると、スタジオはまるで他人事である。しかし、実際にスタジオに来てみると、今まで分からなかった雰囲気が一目瞭然になる。テレビカメラでしか知ることのできなかったスタジオは、思っていたよりも狭く感じられた。
 さもありなん。テレビカメラから写る光景がいかに視聴者に広さを感じさせないような演出効果をもたらすかということが、プロデューサーの手腕だからである。それも、今まで歴代のプロデューサーが築き上げてきた雰囲気が伝統として存在しているからに違いない。
 三十分番組の収録であったが、実際には三時間近く掛かっていた。もちろん、途中をカットしたりして編集するからに違いないが、実際の三時間はあっという間で、
「三十分だったんだよ」
 と言われたとしても、違和感はなかったくらいに時間の感覚が麻痺していた。それだけに実際にカットするといっても、どの部分をカットすればいいのか分からない。素人目にはすべてがストーリーになっていて、どこを切ったとしても、違和感が残ってしまう。それをちゃんと三十分の番組に収めてしまうのだから、スタッフもさすがにプロと言ったところであろう。
 視聴者参加番組の醍醐味は、十分に堪能できた。
「もう一度来てみたいな」
 という気持ちはあったが、なかなか実現することもなかった。なぜならすでに大学も四年生になっていて、就職活動、卒業にと忙しさが増してきたからだ。実際の就職活動は思ったよりも難航し、テレビ局の雰囲気も忘れかけていた。
 就職が決まってからも、研修があったりと、なかなか自由な時間がなかった。自由な時間は却って就職してから一年くらい経てばできてきた。研修が終わって、実際に自分の仕事を始めれば、少しずつ気持ちに余裕が出てきたのだ。
「結構俺って順応性があるのかな」
 仕事に慣れるのも、職場の雰囲気に慣れるのも、それほど苦にならなかった。研修期間中の方が、緊張感はあったくらいだった。
 そのクイズ番組を企画したのは、中央の放送局から引き抜かれた人だった。元々都会で勉強し、ローカル局で自分の力を遺憾なく発揮できるところを探していたようだ。最初から中央で目立つことを考えていたわけではないのは、中央で少しくらい目立っても、すぐに新しい人が出てくる。そういう意味ではローカル局であれば、一度自分の立場を強いものにしておけば、そこから先は地位を保っていけると考えたのだ。なかなかしたたかな人である。
 都会では結構丁稚奉公のような仕事をしていた。日の当たらないところを地道にがんばって、一度自分の番組を立ち上げ、数本こなして、本来であれば、
「いよいよこれからだ」
 と言う時に、あっさりと中央に見切りをつけたのだ。
 テレビ局でも老練の人は彼のやり方に一定の評価をしている。したたかだと言われながらも生き残るのは彼のような人物だと分かっているのだろう。
 田舎に染まるのは思ったよりも難しい。下手なプライドを持ってしまえば、田舎の人たちの島国根性を刺激してしまうだろう。そういう意味では都会での下積みは勉強になった。丁稚奉公のような仕事が精神面での自分を強くしているのだ。
 彼はクイズ番組がメインではない。報道のようなシリアスな番組がメインである。都会の社会部での仕事を見込まれて田舎の放送局が彼を引き抜いたのだ。
 それも彼の計算どおりだったのかも知れない。
作品名:短編集123(過去作品) 作家名:森本晃次