短編集123(過去作品)
ショックだった。それもことが終わったすぐ後にである。気だるい身体を起こしながらベッドの中で蠢いていた時だった。本当であれば、余韻に浸っている時間なのに、自分自身も覚めていた。それ以上に女房は覚めていたのだ。
「お前のいうとおりかもな」
よせばいいのに、売り言葉に買い言葉になってしまった。黙っていればいいものをそれができないのは、自分で自分を許せないところがあることに佐久間自身が気付いているからだ。誰が気付こうが、自分で自覚していなければ、そこまで深く考えることもないだろう。
男はいつも孤独なものだと思っている。現代人と昔の人を比べると、昔の人の方が孤独だと思っていたがどうだろう。
生きる時代が違えば、考え方も違う。いつも死と隣り合わせのような生活に果たして耐えていけるだろうか。
女といえば、佐久間の母親は、実に気丈な女性である。
夫、つまり佐久間の父親を早くに亡くし、女で一つで佐久間を育ててきた。
佐久間の父親は小さな会社の社長だったのだが、無理が祟っての早死にだった。
「母さんも無理しなければいいのに」
と何度も思ったが、黙っていた。声を掛けられる雰囲気ではなく、下手に声を掛ければ怒られたはずだ。
今になって思えば、また違う考えがある。下手に優しい言葉を掛けると、張り詰めていた糸がプチンと切れて、それこそ父親の二の舞になりかねない。それが分かったのはかなり大きくなってからだが、分かるようになっただけ
「我ながら立派になったものだ」
と感じたものだ。
どちらかというと、佐久間は華奢な女性よりも、肉感溢れる女性の方が好みである。もちろん抱き心地のよさもあるが、最中の情熱的な燃え上がり、そして果てた後の感情をあらわにできるのは、肉感溢れる女性が多いように思ったからだ。
女房も肉感溢れる女性だった。といっても、結婚して子供ができてからは、少しイメージが変わってきたが、それでも、歩いている女性で気になるのは、身体になってしまう。
こう書くとまるで性欲だけのように思うが、そうではない。あくまでも「情」というものを感じたいのだ。おしとやかで細身の女性に情熱的な部分がないとは言わないが、あまり想像できないのも事実だ。
「お前は食わず嫌いだ」
と言われてしまえばそれまでで、きっとそうなのかも知れない。ただ、今まで知り合う女性の中におしとやかで細身の女性はあまりいなかった。
お香という女性は、その中でもおしとやかで細身である。抱いた記憶があるのだが、その時の新鮮さがまだ身体の奥に燻っている。
――初めて女性を抱いた時を思い出すな――
そういえば、初めて抱いた女性はおしとやかで細めの女性だった。胸もそれほど大きくなく、手の平がすっぽり埋まってしまう。胸のイメージと華奢な身体のイメージだけはかろうじて思い出せるのだが、その女がどんな反応を佐久間に見せたのか覚えていない。逆に佐久間が女を抱きながら、
――こんなものなのか――
と、セックスに対して抱いていたイメージと多少の差があったのは事実だった。
新鮮で大人になったという気持ちを抱きながら、片方では、
――こんなことをするために、男は女を意識して、口説いたりしているんだ――
と、少し冷めていた。その時の彼女が佐久間で満足したかどうかも分からない。
ただ、すぐに彼女に佐久間がまだ童貞だということはバレてしまったようだ。ぎこちなさから焦り始めたからだ。
「焦らなくてもいいのよ。誰だって最初はそうなんだからね」
バレたことに気付いて、顔が真っ赤になり、身体の芯から熱くなってきたことに彼女は気付いていただろうか。しかし、身体が一気に熱くなってからは思った以上に自分の中での興奮が高ぶってきていて、彼女も次第に二人の世界に入っていくことにまい進してくれた。一気に果てた時、一緒だったのも、気持ちと身体が、出会った瞬間だったのだろう。
お香とも同じだった。
新鮮な気持ちの中に、今回は余裕があったので、お香の気持ちも考えながら抱くことができた。
――お香は私を慕ってくれている――
それだけで嬉しくなり、抗っている姿はすべて羞恥心の成せる業で、これこそ女の武器でもあった。男を興奮させるカンフル剤である。
お香は佐久間にとって、この時代での女房であることは分かった。愛する妻を抱く夫として、佐久間はいい夫なのだろうか。
――いい夫――
現代ではそんなことを考えたこともなかった。結婚したのも、そこに愛情があったからで、いい夫になりたいなどと考えたわけではない。結婚してから落ち着いてくるにつれて考えることだ。そう思えば、現代人は実に暢気なものである。
戦もない世界だが、
「男たるもの、一歩表に出れば、七人の敵がいる」
ということわざがあるが、それは現代でも変わりない。仕事をしていく上で、営業なら取引先、管理部なら仕入先だったり、行政だったりする。海千山千の連中を相手にするということは、精神的には戦をしているのと同じかも知れない。命の危険まではないが、そこまで本当は考えないといけないのだろう。戦国時代が好きな人はきっとそんなことを考えているかも知れない。戦国時代の男たちの生き様を、何とか自分に照らし合わせて見てみたいと思うのも無理のないことだ。
今回見ている夢にお香は出てきていない。それなのに、お香のイメージが出てくるということは、今までに見た夢がどこかで繋がっているということだろうか。
そのように考えると、
――自分の見ている夢の数倍ものイメージが頭の中を駆け巡っているのではないだろうか――
という思いが巡ってくる。
「夢って、目が覚める寸前の数秒間で見るものらしいぞ」
という話を聞いたことがあるが、おそらくその通りだろう。だから目が覚めるにしたがって、夢の内容を忘れていくものだと思っている。忘れることで、起きるまでの帳尻を合わせるのだろうが、それが何のためか分からない。それだと夢に何の意味があるのか分からなくなるからだ。
お香の視線を感じながら歩いていると、道の端の方で、こちらを見つめる女の子がいた。一メートル間隔ほどに松の木が植えられているが、土を盛り上げてできた根っこの部分に足を乗せて、こちらを見ている。表情よりも顔立ちに注目したのは、お香の顔に似ていたからだ。
お香の小さい頃を知らない佐久間だったが、さぞや清楚な雰囲気かと思っていたが、よくよく考えるとおてんばだったかも知れない。大人になってから醸し出される清楚な雰囲気は子供時代のそれとは違う。姿形はみすぼらしくとも、目を見ていると、その視線が自分を見つめているわけではないことに気付いた。
距離が次第に近づいてくる。女の子の方から歩み寄ってくるわけではないのに、次第に瞼の奥で肥大に感じられてくるのは、まわりへの意識がなくなってくるからではないだろうか。
――この娘は、俺の後ろに何か違うものを見ている――
おそらく誰か違う人だと思うのだが、思い当たる節はない。まるで背後霊にでも取り付かれているのではないかと思うと、背筋に冷たいものを感じた。
作品名:短編集123(過去作品) 作家名:森本晃次