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催眠副作用

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 と言われるだろうが、つかさと弥生の間にはそれはなかった。
 自分の知らない、あるいは考えもしていなかった意見を相手が出してくることで、新鮮な気持ちで自分の意見と向き合えるものだった。
 つかさは今までの自分の中にはそんな感情はないと思っていたが、どこかに懐かしさがあった。中学時代までのあの天真爛漫と言われた頃の記憶だったのだ。
 今は弥生に天真爛漫さを感じていることで、弥生の意見を、
「とにかく聞いてみよう」
 という考えになれた。
「つかさは、意見を相手に合わせようとしないところが私にはありがたいかな?」
 と弥生が言っていたが、それはつかさにとっても、願ったり叶ったりであり、気持ちは同じだった。
「弥生の意見には、何か懐かしさがあるのよ。私が忘れていた何かを思い出させてくれるようなそんな感覚ね」
 とつかさは言った。
 まったく違ったことを言っているようだが、つかさには、結局は同じことを言っているのだと思えてならなかった。つかさが感じる懐かしさは、たぶん、同じ感覚を味わったことがなければ感じることのないものであろうからである。
 二人は、別に、
「精神分析研究会」
 のことを忘れていたわけではなかったが、なぜか話題にならなかった。
 キャンパス内の通路では、所狭しと新入部員勧誘のブースが入学式の時と変わらぬ姿を見せていた。
 だが、最初こそ度肝を抜かれたかのような、お祭り騒ぎに見えたが、今ではすっかりメモ慣れてしまって、そこにあるのが当たり前であるかのようい思えてならなかった。
 さすがにブースは設けているが、入学式の頃のように、積極的な勧誘もなくなった。
「来る者は拒まず、去る者は追わず」
 とでもいったところなのか、人気のあるサークルには、すでにまとまった新入部員が入部していることであろう。
「そういえば、最初に知り合ったあの、何とか研究会、新入部員入ったのかしら?」
 と、弥生が訊いてきた。
「どうなでしょう? あの時の雰囲気や部の内容の怪しげなところを見ると、いないんじゃないかって思うわ」
 とつかさが答えた。
 つかさの方としても、ずっと話題に上らなかっただけに、逆にそろそろ話題にしてもいいように思っていただけに、弥生の方から言ってくれたことは、渡りに船だったのであった。
 ほとんどのサークルが呼び込みをしなくなったので、最初はその存在感がまったくなかった精神分析研究会のブースだったが、今ではまわりも静かになっているのだから、少しは存在感があってもいいように思えたが、通りかかってみると、まったく存在感は感じなかった。
「気付かなければ、通り過ぎてしまう」
 と言わんばかりの雰囲気に、誰も見る人もおらず、ブースの中に留守番として一人いるだけだった。
「誰も来る人いないようでうsね」
 と言って、弥生がいきなり声をかけると、留守番の先輩は一瞬ハッとしたようだったが、弥生とつかさの姿を見て、
「ああ、そうだね。来てくれたのは、正直、君たち二人きりだよ」
 と、口ではそう言っているが、別に落胆している様子はない。
 この状態を、
「仕方のないことだ」
 として諦めているようだった。
 こんな様子を見て弥生が、
「こんな状態で、本当に部活ってやってるの?」
 と訊いた。
「何とかやってるよ。基本的には自習が主なんだけど、なぜかというとうちのメインの活動は、定期的な機関誌を出していることと、心理学の研究発表を自分たちの中でやって、たまに教授と、そのことで話に花を咲かせるというところだろうかね」
 と言っていた。
「機関誌の発行なんてすごいじゃないですか」
 と弥生がいうと、
「学校からの部費なんてそんなに出るものではないので、自分たちで手出しの部費を積み立てて、同人誌のようなものを発行しているんだ。これは最初こそ心理学的な研究発表に限った雑誌だったんだけど、今ではそれだけではなかなか部員も続かないということで、文芸であれば、何でもいいということになったんだ。つまりは、小説でも随筆でも、ポエムでもいいんだよ」
 と言っていた。
「それは面白いですね。それだったら、興味があるかも知れないわ」
 と言って、弥生は前のめりになっていた。
 そういえば、少し前につかさは弥生とそういう話をしたのを覚えていた。
「私は創作するのが好きなので、物語を作ったり、絵を描いたりできればいいと思っているのよ。でも絵だけはなかなか素質が必要なようでうまくいかないんだけど、文芸だったら何とかなるんじゃないかって思うのよ」
 という弥生に対して、
「文芸だって難しいわよ」
 というつかさに対して、
「そんなことはないわよ。目の前にあることをただ書くだけで描写になる。会話だって喋れるんだから書けるはずでしょう? でも絵というのは、遠近感だったり、バランスだったり、きっと持って生まれた何かが必要だと思うのよ。私はその部分が欠けていると思うの。その分、文芸ならできそうな気がするんだけど、ちょっと都合がよすぎる考えかしら?」
 と弥生がいうと、
「そんなことはないと思うけど、でも、文芸は難しいわよ。私も中学の頃書きたいとずっと思っていたんだけど、結局書けずに何度も挫折したような気がするの」
 とつかさが言った。
「要するに、何をするにしてもきっかけが必要なのと同じで、自分で納得するものができるまでには、必ずきっかけが必要だと思うの。それは自分が納得するものであるんだけど、それ以前に一番の問題は、『書き上げること』だと思うのよね。書けないと思っている人は、どうして書けないのかで悩むはずなんだけど、それは途中でそう思うからなのよ。とにかくどんな納得がいかないものであっても、最後まで書き上げる。それが一番大切なことではないかと私は思っているわ」
 と、弥生は言った。
 その意見は前から持っていたもので、彼女の意見に賛成だった。
「そうよね。私にとっては書き上げる前に構成を考えるところからつまずいているんだけどね」
「そうじゃないのよ。構成とかいう以前に、写生でもいいから、一つ書き上げてしまうことが重要だと思うのよね。一番大切なのは、実績に基づいた自信なのよ。それには完成させることが一番大切なの」
 と弥生は言っていた。
「実は今度、新入生を対象に、カタルシス効果の実験をやるんですが、来てみませんか?」
 と先輩に言われて、
「カタルシス効果?」
 と、つかさが聞くと、
「それは、体のいい『ストレス解消』のイベントですよね?」
 と弥生は、笑いながら言った。
「どういうこと?」
 とつかさが聞くと、
「カタルシス効果というのは、、寂しさ、悲しみ、辛さ、苦しさのような不安やネガティブな負の要素が話をすることによって取り除かれる効果なのよ。精神的に自虐的になるからなのか、それとも、ネガティブなことをいうことで、内に秘めてしまうと、悪い方にばかり考えてしまうことがなくなるという効果なのかも知れないわよね。私個人としては、カタルシス効果というものを信じているんですけどね」
 と弥生は説明してくれた。
作品名:催眠副作用 作家名:森本晃次