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催眠副作用

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 つかさは、受験生の間に嫌というほどストレスを感じてきた。だから、今日、この場にいる連中皆も同じような思いを持っていて、ストレスという言葉に敏感であることは百も承知だ。そして先輩も皆同じように漏れなく同じ思いを抱えて入学してきたのだから、この言葉に一番敏感であるのが、入学式という今日であることは認識しているはずだ。
 さすがにその内容までは一年も経ってしまっているのだから、覚えていないのは当然のことであろうが、
「何かに感じた」
 ということは間違いない。
 もっとも、皆同じように感じているとはいえ、何に対してどのようなストレスを感じているのか人それぞれであろう。漠然と受験生時代を思い出して、今の解放感から漠然としたストレスを思い浮かべる人もいれば、その時々、節目節目でさまざまに感じたストレスを、時系列に思い出している人もいるだろう。だから、一纏めにして考えられないということは分かっているが、ストレスという言葉が気にならない人は、その日の自分を見失っている人でもない限りは考えにくい気がしている。
 そんなブースに一人の女性が入っていった。さすがにブース内でも、ビックリしたようだ。このような怪しげなサークルに、女性が一人で入るなんて、普通では考えられない。どんな女性なのかと思って見ていたが、想像していた雰囲気とは違っていた。
 服装は、地味で、髪型も髪の色も、清楚な雰囲気を醸し出していたが、ブースに入っていった時の彼女は、別に恐る恐るというような雰囲気でもなく、ブース内の展示をキョロキョロ見ていたが、その様子は、
「不気味なものを見ている」
 というような感じではなく。どこか堂々とした観察眼を持っているかのように思えたのだ。
 時折笑顔も垣間見ることができ、その笑顔は希望を見つめているかのように感じられ、後光が差しているのではないかと思ったのは、笑顔自体がそのブースにふさわしくないと思えたからだった。
 だが、その笑顔の正体がそのブースに充てられたものではなく、彼女の内面から醸し出された、
「天性の笑顔」
 であるということが分かったのは、彼女がスタッフに話しかけているのを見たからだ。
 こういうブースでは、よほど興味のあることで、入部希望がある程度決まっていて、入部するにあたって、最初から気になっていたことを確認の意味で確かめるというのが一般的に思えた。
 しかし、彼女がそのブースに飛び込んだのは別に最初から決めていたことではないだろう。なぜなら、最初、彼女はその場を通り過ぎようとして、思い直して後戻りしたからだった。
 最初から目指していた場所に気づかずに通り過ぎてしまったのであれば、通り過ぎた後で戻った時に看板を確認して、頷くくらいであっていいのではないだろうか。しかし、彼女は看板を見るところまでは同じだったが。看板を見て、大いに興味を持ったというような笑みを浮かべたのだ。
 それは、最初から目指していた場所ではなかったという証拠であり、自分に言い聞かせているわけではなかったからだ。
「まるで、そこにはどんな人がいるのかな?」
 と言わんばかりに腰を半分曲げて、下から見上げるような視線は、入部の意志を固めている人の目ではないからだった。
 ただの興味津々の女の子だった。
 つかさには、手に取るように想像できた。彼女が看板を見るとはなしに見えてしまったことで、吸い寄せられるように近づいて、興味津々でブースを覗いている。ブースの中の部員は、本来なら、
「よく入ってきてくださいました」
 とばかりに、救世主の来訪を喜ぶべきに思うのだが、実際には逆に思えた。
 彼女はブースに入ってくるなり、興味津々で、しかも腰を曲げて下から見上げるような視線を浴びせることで、却って部員の警戒心を煽ってでもいるかのようだった。相手が怯えていれば、その怯えに乗じて何とか相手の弱みに付け込む形で勧誘でもしようと思っている相手に対して、何も考えていないような笑みを浮かべている興味津々の女の子は、きっとどのように対処していいのか分からずに、戸惑っているに違いなかった。
 彼女は、ブースの中の部員が自分を警戒しているということに気づいているのか、まったく無視する形で、自分の欲求を満たすことだけを考えていた。
「うわぁ、なかなか面白いわ」
 というくらいのことは口にしたかも知れないが、彼女がそれ以外のことを口走るのは想像もつかないことだった。
 彼女が興味を持ったのは、奇しくもつかさと同じ、
「ストレス」
 という文字だった。
 ストレスなどとは一番縁遠そうに見える彼女がストレスという文字を見つめているのを見ると、
「この娘、ひょっとして、ストレスという言葉の存在すら知らないんじゃないかしら?」
 と感じられるほどであった。
 だが、常識から考えて、そんなバカなことはありえない。そのうちに部員の一人が意を決したかのように、
「入部希望の新入生ですか?」
 と訊ねた。
 なるべく、相手を刺激しないような探りを入れる言い方だったが、彼女はそんな相手のことを気にする様子もなく、
「はい、新入生です。でも、入部希望というか、興味があったので、覗いてみました」
 と、返事は実に当たり前のことだった。
 だが、彼女はもしこれが他のサークルであれば、別に怪しい行動ではないのだから、普通の受け答えをしたとしても、何ら問題はないのだろうが、部員が警戒していることで、彼女のイメージが歪んでまわりに見えてしまったことが、その時の彼女にとって、不利だと感じたのは、つかさだけだっただろうか。もっともその場で彼女たちのことを気にして見ていたのは、他に誰もいないのではないかと思われた。
「もし何かご質問があれば、遠慮なくしてくださいね。答えられることであれば、お答えいたします」
 と言っていた。
 それを聞いてつかさは違和感を抱いた。
――堪えられることって何なのかしら? それは答えられない、分からないことがあるということなのか、それとも、答えは分かっているけど、答えてはいけないということが存在するということを意味しているのだろうか?
 という思いである。
 そこまで思うともう一つ感じたのは、
――今の言い方は、相手が彼女だからそういう言い方になったのか、それとも私や他の人にであっても、同じ答え方をするのだろうか?
 というものであった。
 後者の思いを感じた瞬間、つかさは急にこのブースに足が向いてしまった。それは、ブースに興味があるというよりも彼女に興味があった。だから、今の部員の言葉を、同じように自分にもするのかどうか、それが気になったのだ。
 足が向いてしまってから、そこで停まろうと思えば停まれたはずであるが、
「ええい、ままよ」
 と思い、停まることをしなかった。
 それは、自分が彼女とは明らかに人種が違っていると分かっているからだった。自分が決していわゆる、
「普通の人」
 だとは思っていないが、彼女とも違うと思っている。
 それを確かめたかったというのが、本音だったのかも知れない。
 そんなつかさを見つけた一人の部員が、
「君も入部希望者かな?」
作品名:催眠副作用 作家名:森本晃次