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催眠副作用

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「志望校に入学できた」
 という事実は、まるで夢を見ているかのように自分を有頂天にさせた。
 昨年は、滑り止めさえ受からなかったことを思えば、何ということだろう。今年は、滑り止めであっても、合格してほしいと思いながら、半分は自分が信じられなかった。それはその都度、去年のどこにも引っかからなかったという現実をどうやって受け入れればいいのかという思いで途方に暮れていた自分を感じたからだ。
 他人事のように思っていた去年。今年こそはそんな思いをしたくない。
「大学に合格さえできれば、嫌いな食べ物だって食べることができるようになれそうな気がする」
 と感じたほどだった。
 差し当たって、嫌いな食べ物があるわけではないつかさに、その感覚は分かるはずもないのだが、そう感じるというほどに、有頂天になっていたということであろう。絶対という言葉があるはずはないのに、合格発表を見に行った途中のどこかで、
「必ず合格している」
 と感じたのは、まるで虫の知らせのようなものだったのかも知れない。
 宗教的なことや、超常現象などは、まやかしとして信じることのなかったつかさだったが、大学に合格できたこの時だけは、虫の知らせを、まるで超常現象のように感じたとしても、それは無理のないことだと思えたのだ。
 それは、自分の中で、自己催眠にでも掛けているような感覚があり、これから始まる大学生活のシナリオを、ゆっくり描けるということが、一番の有頂天なのだということを自覚していた。
「これでやっと大学生だ」
 と、入学できたことを節目と見るはずのものなのに、最終目標のように思えるのは、本当に無理のないことだったのだろうか。
 今回は希望している大学にも入学することができ、最初の年は、
「滑り止めなんかじゃ嫌だ」
 と思っていたのに、その滑り止めにすら引っかからなかったのに、二回目になると、
「滑り止めでもいいから、大学生になりたい」
 と思っていると、志望大学に入学できるなんて、
「世の中本当にうまくいったとしても、それはただの偶然なのかも知れない」
 と思えてくるから不思議だった。
 大学入学がすべてではなく、これから送る大学生活のスタートラインに立っただけだとは思うのだが、エネルギーを使い果たしたという気持ちはあった。地元の大学なので、家から通えるのはありがたかった。今まで通っていた予備校よりも大学の方が近いところにあるというのも実に皮肉なことで、あれだけ遠かった大学のキャンパスが、入学前から自分のものにでもなったかのような気がして、本当に有頂天になっていた。
 あれだけ夢にまで見た入学式だったが、実にあっけないものだった。最初の方では、
「早く終わってくれないかな?」
 と思うほどであり、せっかくの夢をぶち壊されたような気がして、興ざめしていたのだ。
 もし、これが現役で入学していたらどうだっただろう? 入学式への思いも違ったかも知れない。本人は一年遅れたという意識をなるべく持たないようにしようと思っていたのだが、心の中で、
「待たせたな」
 と言っているのを感じると、思わず吹き出してしまいそうになっていた。
 入学式が終わり、諸手続きのために、大学の講堂から、教務会館までの道のりには、各部活のテナントが設けられていた。テントが張られ、それぞれのブースになっていて、新入社員勧誘の恒例儀式になっているのだ。
 大学のパンフレットなどでよく見かけた光景の中で一番最初に出会う光景がこれであることは最初から分かっていた。
 昨日までは、
「どんなものか」
 と楽しみにしていたが、実際に来てみると、
「こんなものか」
 というのが実感だった。 
 実際に、どのサークルに参加しようかなどという思いはまだ持っておらず、そもそもサークルに参加するかどうかすら頭の中では考えていなかった。
 部活ブースには、まず、自分たちが何のサークルなのかを示す、さまざまなアニメや画像を駆使してのいわゆる看板が最初に目につく。
 いや、運動部系であれば、ユニフォームや道具などで、何の部活なのかは一目瞭然なのだろうが、文科系はそうもいかないので、最初に見に就くのは文科系サークルであろう。だが、中には運動部系でも、ユニフォームだけでは何のスポーツなのか分からないものもある。その時は看板に目が行くのだが、看板を見ても、いまいちピンとこないサークルもあるのが笑えるところだった。
 テントの下には長机が置かれていて、そこに三、四人くらいの人が座っていて、受付をしていた。
 看板の近くでは、いかにも呼び込みと呼ばれる人たちが、それぞれのパフォーマンスを演じている。何とか部員候補を呼び込もうとする宣伝部員だった。
 後で知ったことであるが、この宣伝部員は二年生が多く、
「宣伝は二年生の役目」
 という部がほとんどのようだ。
 ほとんどの部は賑やかなイベントにふさわしく、紳士淑女の正々堂々とした呼び込みをしていたが、中には半強制的にブースに引き込もうとしている部もあった。運動系の部活で、勇ましさだけを売りにしているくせに、引き込む新入生のそのほとんどは、誰が見ても青二才で、ちょっと強く言われると断り切れないような連中ばかりである、
――そんな青二才ばかりに声をかけてどうするっていうのよ。役に立たないか、それともすぐに辞めてしまうのがオチなんじゃないかしら?
 と思って、冷めた目で見ていた。
 まさに呼び込みは脅迫そのものだったが、見ていて不快な気持ちにさせられたのは、つかさだけではなかっただろう。そう思っていると、急に我に返った。
「あっ、いけないいけない・今日はせっかくの入学式なんだわ。入学式から、何を冷めた目でしか見ていなかったんだろう?」
 と思ってしまった自分を、情けないと思うよりも、どんな大学生としての自分を表に出すかという意識があったはずなのに、どこかに忘れてきた自分にビックリしていた。

           天真爛漫な女

 つかさは、そんな中で一つ気になるものを見てしまった。何やら宗教的な匂いのあるブースがあり、普段であれば、まったく蒸すして歩いていくであろう場所だったのだが。その日は、入学式という普段と違った感覚ではありあがら、どこか冷めた目で見ているという、自分を抑え気味になっていることで、自分の辻褄を保とうとしていることに気づいたという複雑な心境の時であった。
「ちょっと、何を考えているか分からないわ」
 と、言わんばかりの自分に思わず苦笑いをしながら歩いていた。
 そんな中で目の前に見えたのが、
「皆さんは、ストレスをためていませんか?」
 という文字であった。
 その中でも、「ストレス」という文字に神経質になってしまった自分が一番ストレスを感じながらも意識しないふりをしていたかのように感じたのは、一度目に入ったその文字から目を話そうとしてもできなくなっていることからだった。
作品名:催眠副作用 作家名:森本晃次