催眠副作用
意識がその時あるのかないのか、そもそも自分が身体を動かしたという意識がないのだから。最初から意識がなかったのだろう。
「ひょっとすると、忘れてしまったのかも知れない」
そう思うと、この催眠と、睡眠とがやはりどこかで結び付いているように思えてならないのだ。
催眠が最後まで回ってくる頃には、すでに最初のこ炉にかかっていた人が次第に意識を取り戻してくる。しかし。ほとんどの人は何が起こったのか、頭が回っていないようで、ボーっとしている。
「弥生ちゃん。大丈夫?」
と言って、少し大げさになるほど身体を揺らすと、彼女の方も大げさにビクッと反応し、つかさの方を凝視した。
「えっ、どうしたのかしら?」
と、弥生には何が起こったのか分からないようだった。
「催眠術にかかっていたのよ」
とつかさに言われて、
「つかさちゃんが、起こしてくれたの?」
「うん」
「この催眠術は誰かが起こさないと意識が戻らないようになっているのかしら?」
と弥生が言ったが、それはまるで二段階設計になっているロケットのような気がした。
「そうかも知れないわね」
「じゃあ、つかさちゃんも誰かに起こされたのよね?」
と言われて、つかさはハッとした。
誰かに起こされたという意識がなかったからだ。
弥生のように、つかさに起こされたのだとすれば、弥生も誰かに起こされたとすれば、その人はどこに行ったというのだろう? 隣には誰もいなかったし、最初に自分に術を掛けた壇上の女の子も、まだ眠っているように頭を垂れていた。
では、彼女に術を掛けようとした紳士であろうか?
いや、紳士もすでに壇上にはおらず、どこかに姿をくらませている。
「どこに行ったのかしら?」
とつかさがいうと、
「誰のこと?」
と弥生が聞いてくる。
「ほら、今壇上にいる女の子に術を掛けた紳士がいたじゃない。あの人がどこにもいなくなったのよ」
とつかさがいうと、弥生は怪訝な表情になり、
「紳士? それは誰のこと?」
というではないか。
「何言っているのよ。壇上の女の子に術を掛けた人がいたじゃない」
と言って、壇上を指差すが、今度はそこにさっきまでいたはずの女の子の姿が消えていた。
「あれ? あの娘もいなくなっちゃった」
というと、
「何言ってるのよ。さっきから……。壇上には誰もいなかったわよ。最初からね。だから私は今の自分の状況が分かっていないのよ。今のあなたの言い方を聞いていれば、なんか私は催眠術にでもかかったというの?」
と弥生は言った。
「ええ、そうよ。壇上に一人の女の子が現れて、その後上がってきた紳士に催眠術を掛けられたの。そして、彼女の催眠術がまわりに蔓延する形で、私から、あなた。そして、この会場の人たちみんなに、均等に順序よく催眠にかかっていったの。私は一番最初に催眠から覚めたんだけど、徐々に皆が覚めていくのが分かったんだけど、皆はすぐに目を覚まさない。半分目が覚めた状態でとまっていたの。あなたには私が声をかけて。その催眠を解いたんだけど、皆はまだ催眠に掛かったまま、誰が解くというのかしら? 私はてっきり、壇上お紳士が催眠を解く術を心得ていて、一気にみんなの催眠を覚まし、そこで大握手が巻き起こるという演出だと思っていたのよ」
と、つかさが説明した。
それを聞いても、弥生はまだ納得がいかない雰囲気だった。
「一体、どういうことなの?」
と弥生は訊ねたが、これ以上の説明は難しい。
なぜなら、壇上に説明しようにも、誰もいなくなったのであるから、つかさも、
――ひょっとして。自分が夢を見ていたんじゃないか?
と感じたが、考えてみれば、皆が集団催眠に掛かったのは間違いのない事実である。
それをいかに説明するかが難しく、何かこのまま意識がまたしても薄れていくのではないかと思えてきた。
「この状態が夢の途中で、目が覚めた時にどこにいるというのだろうか?」
と考えたつかさだった。
「ねえ、弥生。弥生は今、自分が催眠術にかかっていたという意識はある?」
といきなりつかさから聞かれて、あっけに取られていた。
まだ意識がハッキリしないからというのもあるのだが、意識を摂り脅したのが、つかさから身体を揺すられてという、半分強引なやり方によるものだっただけに、意識が曖昧なのも無理のないことだった。
しかも、その強引な相手から間髪入れずの質問に、
「少し失礼なんじゃない?」
と言いたかったが、曖昧な意識のために、まともに声も出てこないのであった。
弥生にしてみれば、こんなに気持ちの悪い目覚めは、久しぶりだった気がした。
「本当にどうしたのよ。頭がガンガンして吐き気がするくらいだわ」
と、本当に気持ち悪そうな弥生を見ていると、自分までもが催してきそうだった。
「ごめんなさい。そういえば、私も何か気持ち悪い気がしてきた」
弥生を起こすまでは、そこまで気持ちが悪いわけではなかったのに、一体どうしたことなのだろう?
吐き気を催しただけではなく、この頭痛は、覚えがあった気がした。
――そうだ。片頭痛だわ――
たまに起きることがあったのだが。睡眠が中途半端であったり、頭以外の場所が最初からおかしかったりすると第二段階で襲ってくる頭痛は、頭が割れそうな、そして吐き気を誘うものになってしまう。
つかさが片頭痛を起こす時は、確かに今までもその時というよりも、しばらく経って起こるものだった。そういう意味で、まわりの人たちと同じ種類の頭痛なのか、それとも違う種類なのか分からないが、もし同じだったら。自分だけが違う症状なのだということを証明しているのだろう。
つかさの気分の悪さは、いよいよ深まってきた頃、弥生の方は収まってきているようだった。
「大丈夫?」
と言われて、どうにもいかなくなって、意識が朦朧としてくると、弥生が自分を揺すっているのを感じた。
しかし、感覚がマヒしてしまっていて。少々のことでは感じないようになっていたのである。
――どうすればいいのかしら?
と思いながら、まわりはただ、揺するだけで、次第に意識が遠のいていくのを感じた。
「救急車、救急車を呼んで」
と、叫んでいるのが聞こえてきたが、すでにそれも聞こえなくなっていた。
つかさは、完全に意識がなくなってしまい。会場は、パニックに包まれていた。数十分もすれば救急車が到着し、弥生と、会場の責任者の一人が救急病院についてくることになったようだが、搬送されてもまだつかさの意識が戻ることもなく。時間だけが過ぎていったのだ。
会場の主催者は、事情だけを聴かれて学校に戻ったが。弥生はずっとついていてくれた。つかさが目を覚ましたのは、夜になってからのことで、
「一応、脈拍も血圧も正常だし、検査の結果では悪いところはないようなので、大丈夫だと思います」
と先生から言われたが、さすがにつかさを一人にはできないということで、弥生も一緒に就きそうことにした。
すると、午後九時くらいになって、
「高橋さんの意識が戻られました」
と、看護婦さんが教えてくれたこともあって、疲れからか、半分眠りかけていた弥生はすぐに正気を取り戻し。
「今すぐ行きます」