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催眠副作用

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 と言って、つかさが寝ているところにやってきた。
 集中治療室から、個室に移されていたので、人工呼吸器もしていなかったが、腕には点滴の針が刺さっていて、痛々しかった。
 しかし、表情はすっかり顔色に精気が戻っていて、ニッコリと笑っている姿が見えたので、弥生も安心してしまった。
 腕の点滴に目をやって、一瞬、顔を背けそうになった弥生だったが、今から思えば、最初はつかさよりも自分の方の体調が悪かったのだ。そんな悪かった体調がいつ治ったのか分からないほど、驚かされたつかさの急変。あれからずっと目覚めるのを待っている時は、まるでアリ地獄に入り込んでしまったような錯覚にとらわれていたが、今ではすっかり意識を取り戻し、ニッコリ笑っている。
「つかさ、大丈夫?」
 と弥生がいつものように声をかけると、
「つかさって誰?」
 という思いもよらない返事が返ってきた。
「えっ? あなたのことじゃない?」
 と弥生は言った。
 弥生も最初はつかさが記憶喪失だなどと思っていなかったようだ。記憶喪失なるものは分かっていたが、まさかこんな身近に損な人が現れようとは思ってもみなかったのではないだろうか。
 採取、弥生は、
「これって、催眠術にかかったから、私を欺いているのかしら?」
 と思った。
 なぜなら、催眠術にかかっているかどうかなど、その人にしか分からない。かかっているふりをするなら、いくらでもできるからである。
 だが、つかさが催眠術にかかっているふりをするとすれば、その理由はなんであろう? 理由という意味から考えると、ふりは考えられない気がした。
 会場責任者とは、医者に状況を訊かれた時、
「精神分析の実験のため、催眠術を掛けました」
 と説明した。
 弥生はそれを聞いて。頷いていたが。そのあとの会場責任者の言葉を聞いて、怪訝な表情になった。
「催眠は集団催眠です」
 というではないか。
 それを聞いて医者自体は表情を変えなかったが、
「何か危険な催眠だったんですか? 何か副作用でも起こるような」
「いいえ、そんなことはありません」
 と説明したが、弥生には納得がいかなかった。
「集団催眠って、なんて恐ろしい」
 と言ったが、それを聞いて会場責任者は、
「何がそんなに恐ろしいんですか?」
 と聞き返した。
「集団催眠ということは、そこにいる人を無差別に催眠に掛けるということですよね? ということは催眠に掛かりやすい人で、その催眠で例えば副作用を起こしてしまいそうな人がいるのだとすれば、そこまであなたたちは考えたことがあるんですか? 例えばですが、記憶を失ったり、かかってしまった催眠から、覚めることがないとかですね」
 と言われた責任者が、
「彼女にそんなところがあったんですか?」
 と答えたことに対して、弥生は怒りをぶちまけた。
「そんなのは知らないけど、そういう人がいるかも知れないと考えて、やらなかったんですか? 実験というのは、そういう危険なあらゆる状況を考えないとやっちゃいけないんじゃないですか? これは完全に人体実験じゃないですか? 私はそれを怒っているんですよ」
 と言って、会長に詰め寄った。
「まあまあ、お二人とも」
 と言って、医者が険悪なムードを止めた、
 さすがにここが病院であることもあって、完全に興奮していた二人は、引き離してくれた医者を見て、我に返り、少し落ち着いた。
 医者は続けた。
「とりあえず、彼女の方は大丈夫です。記憶がすべて消えるということはありませ、一部欠落しているようですが、次第に戻ってきます。一度寝て起きたら、自分のこともしっかり分かっているし、いや、分かりすぎるくらい分かっているかも知れませんね」
 と言う意味深なことを医者は言った。
 そして、安心した弥生は、つかさのところに戻っていったが、医者はそこで代表者を呼び止めて、別室で話をしたようだ。弥生には、もうそんなことは関係なかった。つかさのところに戻るだけだった。
 あとから分かったことだが、医者は、実験を今の段階では絶対にやらないように話したようだ。今日はうまくいったが、先ほどの弥生の指摘が的を得ているようで、集団催眠の恐ろしさをしっかり認識していなかった団体に注意を促した。
「一歩間違えれば、冗談では済まされませんよ。これは団体の方でも肝に銘じてください」
 という内容だった。
 弥生はつかさのところに戻ると、つかさは眠りについていた。それを見ていた弥生が眠くなったようで、すやすや眠っているつかさを見ながら、うといとして、そのまま眠ってしまったようだ。
 どれくらいの時間が経ったのだろうか? つかさは目が覚めていた。
 今の状況をすぐには把握できなかったが、ゆっくりとまわりを見ていると、ベッドの掛布団の上に覆いかぶさるようにして眠っている弥生がいるのを見た。
 あまり気持ちよさそうに眠っているのを見ると、声を掛けられない気分になり、ゆっくりと弥生を見下ろして、ニッコリとした。その寝顔はどこか幸せそうに思えたからだった。
 つかさの目覚めは、何か中途半端な気がしていた。
「どうして、私はここに寝ているのだろう?」
 意識の中で催眠術にかかったという意識はあったが、その催眠術がどのようなものだったのかという思いは忘れてしまっているかのようだった。
「そうなのよね。あの催眠術って。確か『カタルシス効果の実験』と言っていたのに、誰もストレスを解消するような大きな声を挙げたわけではない。不思議な実験だったわ。でも、その実験を見ていた私がどうしてここにいるのかしら?」
 と思うと、急に頭痛がしてきた。
 すべてが思い出せないわけではないけど、何か肝心なことを忘れてしまっているような気がした。それを思い出そうとすると頭痛がしてくるのだ。きっと記憶喪失の人が記憶を取り戻そうとする時が、こんな感じではないかと思った。今までに記憶を失ったことがないので何とも言えないが、あくまでも意識の中で考えたことであった。
 ただ、ハッキリと今頭の中で感じていることというのは、
「あの研究会には絶対に入会してはいけないんだ」
 ということであった。
 なぜそう感じたのかは、今のあぼろげな頭と貧弱な意識の中では理解できないことに違いない。隣で寝ている弥生を見ながら、そう感じたのだ。
 隣で寝ている弥生は気持ちよさそうに寝ているが、実際には、そんな穏やかではないように思えたのはなぜだったのだろうか。
 弥生の顔をゆっくりと覗き込んでいると、
「うーん」
 と言うのが早いか、ゆっくりと身体を起こしている弥生が、
「どうしたのかしら?」
 とゆっくりまわりを見渡していた。
 それがついさっきの自分の姿に見えていたつかさは、弥生を見て、不思議な気がした。
「大丈夫? 弥生」
 と聞くと、弥生はうつろな目をして、
「えっ? 弥生って誰?」
 と答えた。
 さっきの自分の返答と同じだということに気づかないつかさは。弥生の表情を見ながら、身体が固まってしまっているのを感じるだけであった……。

                (  完  )



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作品名:催眠副作用 作家名:森本晃次