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短編集122(過去作品)

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――もっと他に気の利いたセリフはないのかよ――
 と思うが、相手の気持ちが変わってしまったということに違いはない。もっとも、そんな無神経な女はこっちから払い下げだと思ってもいいのだろうが、その時はそこまで気が回るはずもない。
 さすがに卒業してからかなり経つので、今ではその頃のショックなどあるはずもない。初めて会う人との初めてのデート。そのことに胸を躍らせていた。
「お待ちになりました?」
 待ち合わせ時間ピッタリに現れた彼女の雰囲気は、想像していたよりも質素だった。写真を見る限りでは確かに派手ではないが、その変わり、どこか教養に満ち溢れたような顔をしている。それでいて、つんとした雰囲気がないところが彼女の魅力ではないだろうか。
 妖艶な雰囲気は写真からは見受けられなかったが、実際に会ってみると、体型に色気を感じさせた。地味な服装の方が妖艶に見える人もいるということを、今さらながらに感じさせられた。
 ビジネススーツではあるが、どこかカジュアルな雰囲気がある。
「最近、こういうのが流行っているらしいんですよ。クールビズなんて言葉があるくらいで、環境問題に照らして作られているみたいなの」
「そうなんですか。僕はいつも同じスーツをずっと着ているしがないサラリーマンなので、服装に関しては無頓着なんですよ」
 と笑顔で話すと、彼女は笑顔を見せていた。
「私がいろいろと選んで差し上げたいわ」
 言葉にどこかお嬢様っぽさを感じさせる。
「差し上げます」
 などという言葉、そう簡単に出てくるものではない。ひょっとして出身校がお嬢様学校だったのかも知れない。
――学生時代の彼女を見てみたかったな――
 と感じたのも無理のないことだった。
「食事にでも行きましょう。おいしいお店知っているんですよ」
 と言って連れて行かれた場所は、雑居ビルの地下に入っていく店だった。店内はあまり明るくないが、明らかに高級感を味あわせてくれる。肉の芳醇な香りが漂ってくることから、ステーキが主流のお店のようだ。
「高級なお店ですよね?」
「ここは、主人と結婚前に来たお店なの」
 一瞬、気が遠くなった。
「えっ、結婚されていたんですか?」
「言いませんでしたっけ?」
 ひょっとしたら、最初の頃に聞いていたかも知れないが、チャットの雰囲気から結婚しているというイメージの微塵も感じさせず、忘れ去られてしまっていたのかも知れない。
「ええ、結婚していますけど、私はそれでもあなたがいいのだと思っていましたわ」
 ビックリしたことで、頭の回転が麻痺してしまった。いや、ものすごいスピードで回転しているのかも知れない。目にも留まらぬスピードであれば、まるで動いていないように見えるもので、感覚が麻痺していたなら、それもいたし方ないことだ。
 結婚しているということは、不倫になってしまうじゃないか。同然仲良くなってしまえば、その先の展開は男として望むべきところである。
 今までにチャットをしながら、いろいろな想像をしていた。初めて会ってからどこに行こうかというのは当然のことで、あくまでもそれは序曲に過ぎない。仲良くなってしまってからの男と女の行きつく先は決まっているだろう。
 しかし、相手が人妻となれば別だ。もし、相手の旦那さんにバレてしまえばどうなるだろう。こっちは独身なので、苦しむとすれば自分よりも彼女の方だ。だが、せっかく掴み掛けようとしていた幸せを不倫という言葉で汚したくない。
 今から思えばチャットの期間が長かったように思う。まだチャットで知り合って一ヶ月ほどしか経っていないはずなのに、知り合ってから一年近く経っているように思えてくる。
 彼女のことを考えたら何も知らなかった。年齢や雰囲気は知っていたがプライベートなことはまったく話さなかった。もっともプライベートなことは、会ってから話すつもりでいたので、自分のことはいいのだが、ここまで何も知らなかったということは肝心なことを聞いていなかったことで、相手に不信感を抱かせる結果になるかも知れない。
――この人、私に興味があるのかしら――
 という気持ちである。
 主婦だということが分かればいろいろなイメージが逆に湧いてくる。
――なるほど、恥じらいを感じさせたのは主婦だからか、それだったら、自分が思っているよりも妖艶で、ひょっとすれば淫乱かも知れない――
 なるべく平静を装っていたが、嫌らしい目で彼女を見たかも知れない。彼女も恥じらいながら私の目を受け止めている。
 直子もそんな顔をしていた。相手に委ねている気持ちになっている時も、絶えずこちらを見つめていた。その視線がある意味怖かった。
 彼女に見つめられると身動きが取れなくなる。そして記憶は直子のお母さんのイメージをよみがえらせる。
――同じじゃないか――
「ひょっとして、直子さん?」
「あなたは、義之さんね?」
「どうして分かったんだい?」
「最初は、あなたとチャットで話していて、時々母親の話になった時、あなたがうちの母親を意識していたのを思い出したの。でも、確信したのは、あなたの目を見た時だわ」
「結婚していたんだね?」
「ええ、でも、もうすぐ別れるつもり、私はあなたと出会えることに気付いた時、それまでの私を捨てようと思ったの。あなたは私の母親を意識していた。私は今、あなたが意識していた母親のようになった気がするの。これもきっとお母さんのお導きね」
「お母さんは?」
「母は、昨年亡くなりました。お父さんと最後には離婚したわ。そして私には本当にあなたを待っている人と一緒になりなさいって言い残して亡くなったの」
 それが私だというのか。
 出会いにもいろいろある。そんな中で私の出会いは吉なのか凶なのか、その答えは一体誰が出してくれるのだろう……。

                (  完  )

作品名:短編集122(過去作品) 作家名:森本晃次