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短編集122(過去作品)

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 特に最近ではネットによる犯罪が多発している。ネットで知り合ったもの同士で、犯罪を犯したり、自殺志願者を募ったりと、信じられないことが起こっている。何よりも昨日まで顔も知らなかった人と一緒に死のうというのだから、信じられるわけもない。本名を知らずに集団自殺などというのも多いだろう。
 だが、考えてみればそれだけ世の中が冷徹なのかも知れない。知っている者同士では、却って情が沸いてきて、死に切れない場合もあるだろう。それに決意が鈍る場合もある。知らない者同士、知らない土地で死んでいくというのが、未練を残すこともなくアッサリと死んでいくことだろう。
 死んでいくにしても、理由がハッキリとしているものがどれだけあるだろう。虐めにあっていたり、学校や仕事場で無視されたりしかとされたりなど、理由もさまざまだ。しかし中には、さしたる理由もなく死んでいく人もいる。
 考えてみれば、昔にも理解しがたい理由の自殺もあったりした。
 宗教の集団自殺しかり、有名芸能人が事故で死んだりした時の後追い自殺。いくらカリスマ的な芸能人であっても、よほど陶酔していないと、後追い自殺などできっこない。これも宗教の集団自殺に通じるものがあるのかも知れない。
 しかし、また違う考えもできる。芸能人の生き方に自分ができないものを見てしまって、自分自身を最初から抹殺していたという考えである。
「俺の生きる価値がなくなった」
 と感じた時、人は死を選ぶものである。
 生きたいと思っても生きられない人がいるのに、自分から死を選ぶ人を許せないと思う人もいるだろう。残された家族などの気持ちを考えればたまったものではない。自殺にしても理由があればまだしも、理由のハッキリしないものはやるせないだけである。
 ネットの世界は、そんなやるせなさを実現しようとするものなのかも知れない。誰が何を考えているか分からない時代、ネットであれば、人に言えないことをどんどん話すことができるという利点がある反面、面と向かって人と話すことの拒否を認めてしまうことに繋がるというジレンマがあるのだ。まさに、
「長所と短所は紙一重で、表裏一体」
 と言えるのではないだろうか。
 チャットの中で、自分を仮想の領域において、他人のような目で見る人もいるだろう。私などもその一人だが、ネットを始める前から、自分を仮想領域に置いて、客観的な目で見ることがあった。以前からウスウス気付いていたが、なかなか自分自身で認めるところまでは行っていない。
「ネットの世界だから」
 という気持ちで認めることで、自分に言い聞かせるところもあるだろう。
 仮想の世界、それはバーチャルの世界で、ネットの世界そのものだと思う人も多いだろうが、私はそうではない。
「リアルな世界の裏側」
 という意味で、バーチャルな世界を見ているのだ。
 ネットカフェを卒業する時がやってきた。お金がやっとたまって、ノートパソコンを買った。本当はデスクトップの方が安いのだろうが、仕事でノートを使っていることもあってか、最初からノートを買った。
 家でネットが繋がるなんて、夢のようだった。ネットカフェに通い詰めていたのは、夏の暑い頃だったが、夜は涼しくちょうどよかった。冬の寒い時期になるまでにパソコンを買って、家からのネットデビューを夢見ていたので、ちょうど間に合った恰好だった。
 コタツの中からネットができると思うと、まるで天国だった。一人暮らしで、最初の頃はテレビやビデオでも満足だったが、ネットを覚えると、ネットに嵌ってしまった。
 まさか、ここまで嵌るとは実際に思っていなかった。ツーショットチャットもさることながら、たくさんの人が入ってくるチャット、いわゆる「オープンチャット」にも時々いくようになっていた。
「普通は逆だろう。オープンチャットからツーショットに行くっていうのが流れじゃないのかい?」
 という人もいたが、確かにもっともだろう。だが、逆でも結構楽しいものだ。たくさんの人がいる中で、いかに自分を目立つようにするかというのがオープンチャットの醍醐味である。
 いろいろな個性を出す人がいる。真面目な人もいれば、熱血漢のような人もいるし、引っ込み思案なのか、誰かの意見に追随しなければ、意見を言わない人もいる。
 私は目立ちたがりである。だが、あまりはみ出したタイプの目立ちたがり屋ではない。元々は真面目なので、真面目さをウリにしたいと思っている。
 だが、ウリにするというような露骨な態度は嫌だ。さりげない態度で、自分の個性を出したいと思っている。
 時にはウソも方便。
「趣味は、絵画です。油絵やイラストを描いたりするのが好きです」
 と言っていた。
 実際には絵画など、小学生の時に諦めてから、ロクな絵を描いたことはない。一番の原因はバランス感覚と、遠近感のなさにあるだろう。
 それでも自分が描けないわけは自分で分かっているので、講釈を垂れることはできる。あたかも本当に趣味で描いているかのように言うのは、誰も自分のことを知らないという安心感があるからだ。
――どうせ、会ったとしても、オフ会で会う程度で、深い仲になることなどあるはずもない――
 という思いが強かったからだ。
 実際に、オープンチャットの仲間とオフ会の話が出たことがあり、出かけて行ったこともあった。あれはちょうどクリスマスの前、忘年会を兼ねてのことだった。
 人数的には二十人くらいは来ていただろうか。二十人といえば、ちょっとしたクラス会くらいだろう。男女の比率も均等で、
「こんなにチャット仲間がいたんだ」
 と話すほどだった。
 実際にチャットでも話をしたことのない人や、チャットで会ったことすらない人も含まれていた。
「良行さん。良行さんですよね?」
 後ろから話し掛けてくる女の子がいた。大人しく控えめで、最初に見渡した時、本当にこんな娘がいたのか気がつかなかった。
「えっと、君は?」
「れいなです」
「えっ?」
 れいなさんというのは、チャットの会話では男勝りなところがあり、どこか一本筋の通ったことを話す女の子だった。
――名前が可愛い割りに、性格的には竹を割ったように潔い。どこか欧米人のようなところを感じさせる女性だ――
 という印象があった。
 そのせいか、茶髪で外国人の女の子のように、鼻が高く、彫りが使いイメージを持っていた。
 鼻が高いのは想像していた通りだが、黒髪に切れ長の目を見ていると、どちらかというと日本美人そのものの雰囲気を感じさせた。
「あなたがれいなさんだったんですね。ちょっとビックリです」
 驚いたのは驚いたが、実は好みのタイプであった。大人しく控えめな女性、雰囲気が想像できるような女性には、なかなか会えるものではない。
 大人しくて控えめな女性が好きなのは、小学生の頃からであった。
 小学生の頃の私はいじめられっこで、いつも誰かに怯えていた。そのくせ一人よがりなところがあり、人よりも優れていると思うところは、惜しげもなく自慢していた。
 また、自分が納得できないことに対してはどうしてもやる気が起こらない。小学三年生の頃までは勉強をする気が起こらなかった。
「勉強しなさい」
 と親や先生から言われても、
「何のために?」
作品名:短編集122(過去作品) 作家名:森本晃次