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短編集122(過去作品)

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 学生時代には、何度かウキウキした気分になっていた。合コンへの参加も何度かあったが、どうしても口下手で、何回参加しても慣れている人にはどうしても追いつけないという気持ちが強いせいか、ドキドキしているだけで終わってしまう。
 まあ、学生時代はそれでもよかった。いろいろな女の子と話ができるだけで嬉しい時期もあったからだ。
 だが、合コンも何度も参加していると、いろいろな女の子がいると思っても、結局皆どこかに共通点があり、ドキドキが半減してしまうことがある。ドキドキさせてくれる度合いに共通点があるのかも知れない。
 ファッションにしてもそうだ。皆同じような雰囲気に見えるのはファッションにも共通性があるからだった。あまりファッションセンスがある方ではない私が言えたことではなかったが、同じことを考えている男性もいただろう。もっとも、それを分かった上で、女性を見ているやつもいただろうし、それはお互い様ということになる。あくまでも私だけの見識だった。
 チャットをしている相手はほとんどが県外だった。本当は会いたいと思っていても、なかなか会える距離ではない。最初の頃は、会えない方が新鮮な気がしていたが男としての欲がある。会えないより会える方がいいに決まっている。
 会えなくても新鮮だと思うのは、同じ県の女性が入ってこないことへの負け惜しみのように思えたが、次第にイライラしてくる。男にとって焦らされるのはあまり嬉しいことではない。
 だが、だからといって、本当に同じ県の女性と知り合って、実際に会おうということになった時のことなどまったく考えていない。妄想はあくまで妄想で、しかも、あまりたくさんの妄想を抱けるほど想像力が豊かではない。
 まだ二十歳代の私にとって、同い年くらいの女性は苦手だった。会社の事務員が同じくらいの歳で、
――どうにも話しかけにくい――
 と思っていることからも苦手なことは話すまでもなく分かっていた。話しかけにくいのは、まわりの目が気になるからで、相手がどうのというよりも、自分に勇気がないからだ。
 男性から見れば同い年の女性が自分よりも年下に感じるのは小学生くらいまでである。小学生も高学年になれば、女性の身体は明らかに変化をはじめ、男の気持ちを揺さぶるものになる。その成長は衰えることを知らず、二十歳を過ぎても、女性が熟していくスピードに衰えを感じない。
 熟すといっても、可憐な身をつけるためのものであって、男には花を果実にする力を持っている。欲する気持ちは男も女も変わらないだろうが、与えるものと求めるもの、それぞれの気持ちが高ぶれば高ぶるほど、身体の奥底から噴出してくるものを感じるはずである。
 遠距離の会話も捨てたものではない。遠距離だからこその醍醐味もある。だが、話をしている時は盛り上がっても、会話が終わってしまうと、どこか寂しさが募るのは、やはり心のどこかで実際に会える人を求めているからではないだろうか。
 仕事の関係でしばらく来れないこともあったが、ネットカフェに通い詰めてから約三ヶ月くらい経っていただろうか。三ヶ月というと改まって考えると長かったように感じるが、実際はあっという間だった。今でこそ、ネットカフェを毎日のように利用する人もいるが、その当時は、それほど頻繁ではなかっただろう。それだけに店員とも仲良くなって、いろいろな話題を教えてくれたりした。
「チャットするなら、地域別のツーショットもいいですよ」
 と教えてくれた。地域別というと、どうしても「出会い系」や「えっち系」のイメージが強く、どうにも一歩を踏み出すことができなかったが、気心の知れた店員さんに教えられたところなので、
「少しやってみようかな?」
 という気分になった。
 全国版のチャットよりもどこか大人の雰囲気があり、最初、
「ちょっとえっち系なのかな?」
 と思った。待機者のメッセージが明らかにアダルトな文句が並んでいたからである。明らかに露骨な言葉は管理人によって排除されたり、投稿などで密告されたりするので、皆伏字を使ったりしている。だが、それが却って卑猥な感じがし、
「見えそうで見えない」
 といういやらしさが、画面上を賑わせていた。
 私はそんな目的ではないので、普通のメッセージにした。コーヒーが好きなので、
「ご一緒にコーヒーでも」
 という軽い言葉のメッセージを書いておいた。
 しかし、最初はなかなか誰も入ってこない。女性も誘われたい人が多いので、露骨なメッセージに惹かれる人が多いのか、それとも、露骨なメッセージの中で曖昧な表現が却って女性陣から怪しまれるのか、ずっと待機していても、他に何かすることがなければ、実際に退屈なだけである。
 漫画を持ってきて見ていたり、他のサイトを見に行ったりして時間を潰していた。そのうちに自分が待機していることさえ忘れてしまうほどだった。
 だが、漫画を読んでいる時が一番時間の流れを感じさせない。漫画は以前に読んだことのあるものを読んでいるので、ストーリーは分かっている。それだけにある程度時間配分はできるはずなのだが、あまりにも久しぶりに漫画を見るので、懐かしさからか、時間を感じさせなかった。
 待機しているのを忘れかけていた頃、
「ピンポンピンポン」
 と音が鳴った。ここのチャットは、入室するとアラートで教えてくれる。最近はアラートが鳴るのが増えているので、鳴らない方が不便で仕方がない。
 この瞬間が、私は一番好きだ。テレビを見ながらでも、ヘッドホンに響く音は軽やかだ。テレビを消してパソコンのモニターへと視線を移す。そこには女性らしい名前が入室している。
 いわゆるハンドルネームというもので、本名とはまた違った名前だ。中には同じ名前を使っている人もいるだろうが、よほど仲良くならなければ、本名は教えてくれない。むしろ遠い人で、会うことなどありえないと思う人には本名を教えるだろう。だが、それもいつ心変わりするか分からない。それがまたチャットの醍醐味と言えるだろう。
 私の本名は「義之」というが、チャットでは、「良行」と名乗っている。同じ韻を踏んでいるが漢字が違うことで、まったく違う人物になったような気がするから不思議だった。
 チャットの中で女の子から、
「良行さん」
 と書かれると、本当に声を掛けられたような気がしてくる。こちらも女の子の名前を書くと、実際に目の前にいればキスでもしてしまいそうな雰囲気ではないだろうか。
 チャットと言ってもおろそかにはできない。相手の感情の動きが分かる人もいるようで、さすがに、私にはそこまでの洞察力はない。
 遠くにいて、会えないと分かっている人ほど、
「あなたのことが手に取るように分かるの」
 と言ってくる。カマをかけているのかも知れないが、目が見えない人が匂いや音に敏感なように、相手との接点が少ないと思えば思うほど、気持ちに余裕が持てるのかも知れない。
 だが、それは最初から逃げの姿勢で相手を見ているようで、どうにも納得がいかない。私は純な出会いだと思ってチャットをしているので、駆け引きなどしたくはない。だが、女性はそうも行かないのだ。
作品名:短編集122(過去作品) 作家名:森本晃次