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短編集122(過去作品)

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チャット



                チャット


 チャットというものを初めてやってみたのは、五年前だった。一人暮らしでまだパソコンを買う前だったので、最初はネットカフェだった。
 仕事の帰りに電車の待ち時間があり、ちょうどコンコースのところでプラカードを持って宣伝しているのを見かけて、
――どんなところなんだろう――
 と感じたのがきっかけだった。
 個室にパソコンが置いてあって、まわりの棚には漫画がたくさん並んでいるという雰囲気だけは知っていたが、実際に味わったことがないので、別世界のように感じていた。
 思ったよりも広い造りになっていて、中は想像していたよりも暗かった。二十四時間ずっと開いているということもあり、サラリーマンなどがビジネスホテルの代わりにしているとも聞いていたので、考えてみれば納得だった。
 静かな店内の壁はコンクリートで囲まれていて、ちょっとした音でも響きそうな感じだったが、皆礼儀正しいというのか、あまり物音はしなかった。
 座席も普通のテーブル席から、個室のリクライニング、ペア席といろいろあり、リラックスしたいという理由から、リクライニング席にした。最初にリクライニングの席に座ると、次回からもずっとリクライニングに座っている。座り心地がいいというのと、他の席が考えられないというのが理由である。
 ドリンクは自由に持ってこれるので、コーヒーを片手に入室した。
 初めからチャットをしてみたくて、入室した。以前、会社の同僚から、
「チャットというのは、結構面白いよ。ツーショットチャットは、待機していて、入室してくれるのを待っているんだが、入室の瞬間が何とも言えないドキドキワクワクを感じるんだ」
 と聞かされたことがあった。
「俺はパソコン持ってないからな」
 というと、
「ネットカフェがあるじゃないか。ネットカフェならゆっくりできるし、ドリンク飲み放題、漫画も読み放題だぞ」
「ネットカフェは行ったことがないからな。でも興味はあるな」
 そんな会話からだった。
 その時にチャットの話を聞かされた。結構ツーショットチャットはアダルト系が多いと聞くが、中には真面目なチャットもあるということで、そちらを検索で探してみた。
 パソコンの操作は、ある程度会社の仕事で使うので、苦になることもなかった。エクセルやワードはビジネスクラスには十分だと思っている。
 さっそく待機していると、女性が入室してくれた。
「こんにちは。はじめまして」
 どう挨拶していいのか分からなかったので、本当に会話している気持ちになることが大切だと思った。
「こ、こんにちは」
――相手もドキドキしているんだ――
 と思い、ここは正直に話した方がいいと感じ、
「実は、チャットするのがはじめてなんですよ」
 と打つと、
「そうなんですか? 私は何度かあるんですが、その度にえっちな会話に誘導されてしまって、いつも困っています。だから、いつも怯えているように見えるんでしょうね」
 彼女の文字を読んでいると、本当に会話している気持ちになってきた。
――これがチャットの醍醐味なんだ――
 と感じた。
 二人ともぎこちなければ会話は先に進まないだろう。ここは男として毅然とした態度で臨むのがいいに決まっている。
「どちらからなんですか?」
 聞いてみると、会える距離ではないことが判明。
――そうか、ネットだから全国からアクセスに来るんだよな――
 今さらながらに感じた。元々が実際の出会いを求めてのものではなかったので、あまり関係ないと思ったが、彼女はどうなのだろう?
「すぐに会えるというわけではないですね」
「ええ、でも、その方が気が楽かも知れませんね。長く続きそうな気がします」
 初めてのチャットということもあり、新鮮な気持ちにもなる。次第にチャットにのめりこんでいくのではないかという予感があった。
 チャットの画面での会話は、最初から違和感がなかった。そばで話をしているようで、時間も感じさせることはなかった。
 静かで暗い密室というのも、条件が揃っていたのだろう。初めて話した女性が気になって、
――次も来てくれるだろう――
 と思っていたが、同じ人が来てくれることはあまりなかった。
 そこがチャットの魔力のようなものかも知れない。ネットカフェの雰囲気にも慣れてきて、まるで自分の部屋に帰ってきたかのような気分になっているが、やはり本当は自分の部屋でできるのが一番いい。
 女性と話をしていると、初めて話した人でも、以前から知り合いだったような気がしてくる。そのくせ、入ってくれたことの興奮からか、相手と話をしていると自分を気に入ってくれたと思ってしまうが、その確証がほしくて、ついつい、
「気に入ってくれたのかな?」
 という言葉だったり、
「どこが気に入ってくれたのかな?」
 と少し突っ込んだ質問をしてしまって、相手を困惑させてしまうこともあった。
 なかなか自分では気付かないもので、時々相手から、
「そんな言われ方すると、困惑しますわ。もう少し余裕を持たれてはいかがですか?」
 と言われることもある。
 ハッとしてしまって、
「すみません、何しろまだ慣れていないもので」
 と、つい本音を漏らしてしまう。
 相手も、そこまで責めているつもりはないのだろうが、そこで会話がギクシャクしてしまうこともあり、なかなか先に進まないこともあった。最初に迎えた試練のようなものである。
 一人の人と長続きしないのは、自分のそういうところに原因があるのではないかと感じた私は、少しチャットから遠ざかろうかとも思ったことがあった。ネットカフェに寄ることを控えようと思った時期である。
 それは初めてネットカフェに行ってチャットを経験してから三ヶ月くらいしてからのことだった。
 一ヶ月ほど遠ざかっただけだったが、その期間はまるで半年くらいに感じた。三ヶ月のネット期間よりも、遠ざかっていた期間の方が長く感じるのは、チャットしていたのが遥か昔に思えるからなのか、それとも、本当はまたチャットをしたくてたまらない気持ちを押し殺していたのか分からない。そのどちらもだったように思う。
 ネットカフェに一ヶ月ぶりに入った時、
――まるで昨日のことのようだ――
 懐かしさよりも、むしろ昨日のことのように感じる気持ちの方が強かったのは意外だった。
 ネットカフェに入ってチャットの待機画面を開き、さらにそこに誰かが来てくれたのを感じると、以前に来てくれた人がまた入ってきてくれたのだと、直感した。しかもその直感は当たっていた。
「おかえり」
 本当は、こんにちはといわなければいけないところ、思わず言ってしまった言葉に、彼女もおかしかったようだ。
「ただいま」
 と返してくれて、久しぶりに暖かい気分になれた。同じ人ともう一度話すのがこれほど暖かい気持ちになれるなんて思ってもみなかった。現実世界では、仕事ばかりで、実際に親友も彼女もいないので、こんな気持ちになることなど学生時代以来だった。
作品名:短編集122(過去作品) 作家名:森本晃次