短編集122(過去作品)
「そういえば、最近ダムができて、その横に公園のようなものがあるんだって」
という母親の一言で、急遽立ち寄っただけだった。観光地では一泊する予定だったので、時間にも余裕があったというわけだ。公園もそれなりに楽しいのだが、祠に興味を持ってしまった私なので、公園についてはほとんど印象が薄い。そんなところへ、また行こうとは親も思わないだろう。
その話をおじさんにしてみた。
「おじさんの村も確かにダムの底に沈んでしまい、そこにあった祠はどこかダムの上のようにある山の方に移されたと聞いたけど、村の人は皆それぞれ違う土地で生活しているので、そんな話はおじさんの村ではなかったね。特に村には何も残さないというのが、皆の約束事のようになっていたからね」
「でも、思い出もあるんでしょう?」
「それも皆忘れていくことに決めたんだ。もちろん、それは大人たちだけの約束だったし、その人それぞれの心の中まで他の人が入り込むことはできないので、実際はどうなのかまでは分からないよ」
「でもおじさんは約束を守っている?」
「そうだね。それが私の私たるゆえんだと思っているからね。人にというよりも、自分に正直に生きたいんだ。要するに後から後悔するようなことだけはしたくないという思いが強いんだね」
後から後悔したくないという思いは私も強い。だが、後悔したくないと思って突っ走ってしまうと、逆に後悔してしまうこともある。なかなか難しいもので、その日の朝のマナー違反の人への注意もそうだった。
後悔したくないという思いはずっと持っている。後悔すると夢見の悪さもあるからだ。私自身が、思い立ったら思わず行動してしまうことが多い。衝動で行動するタイプなのだろう。それだけに危険も伴っていて、分かっていても、人に文句を言ってしまう。
そんな自分をまわりから見ていると、危ない人間に見えるだろう。いや、それ以上に、神経質で、あまり関わりたくない人に見えているかも知れない。偏屈で頑固で、
「子供のくせに」
と思っている大人も多いかも知れない。
おじさんとはそれからは一度、家に遊びに行ったことがあった。おじさんには、私と同じくらいの年齢になる男の子がいた。
「同じくらいの男の子なので、どうも気になってね」
なるほど、私を気に掛けてくれる理由が分かったような気がした。
「この子は、モラルに関してはうるさい方なので、お互いに話が合うかも知れないな」
なかなか意見が合う人がいなかったので、正義感に燃えているとしても、それは一人だけのことであって、下手をすると、自分だけのわがままではないかと思ってしまうものだ。誰かがその気持ちを払拭してくれれば、これほどありがたいことはない。
おじさんは、夜勤があるらしく、夕方には出かけていった。おばさんが、
「今日は泊まっていってらっしゃい」
と言ってくれたので、さっそく家にその旨を連絡すると、すぐにおばさんに代わるように言われ、少し談笑をしていたようだが、また私に代わると、
「相手にあまりご迷惑をおかけしないようにね」
との一言で落着した。
「よかったわね」
「ええ」
自分の親がこれほど物分りがいいとは思わなかった。一年くらい前までなら、必ず帰ってくるように言われたのに、一年経っただけでこうも変わるとは。それだけ私が成長しているということだと、いい方に解釈してもいいのだろうか。
息子とはお互いにすぐに打ち解けた。子供にとって父親はどうしても超えられない大きな存在であるだけに、その父親と友達のように連れてこられた私に対して、最初から彼は敬意を表していたようだ。
「俺は、親父の考えが全部納得というわけではないが、結構話が合うんじゃないかと思っているんだ。だから、その親父が連れてきた君とは意見が合うと最初から思っていたんだよ」
「そうなんだ。ありがとう。俺も同じ気持ちかな? 君のおとうさんには助けてもらったからね。でも、警察官というと、イメージ的に堅物というのがあるんだけど、実際のところはどうなんだい?」
「俺が小学生の頃は結構厳しい父親だったね。でも、中学に入ると、俺の気持ちを尊重してくれるところが見えてきたんだ。“俺のお前はやっぱり親子なんだな”なんていわれると、ドキッとしてしまうよな」
私には父親がそんな風に見えたことはない。いつも仕事で忙しいので、帰ってくる時間はほとんど寝ている時間だった。
日曜日も営業の仕事で、接待だったりしてなかなか家にいることもない。それでも母親は寂しがることもなく、近所の人と、結構うまくやっている。子供心に、最初は
「夫婦ってこういうのでいいのかな?」
とも思ったが、中学になると、却ってお互いの時間を大切にしながら、信じあっているのが分かってきた。息子としては、何も言うこともない。
だが、親は私が正義感の強い性格であることを知っているだろうか。
考えてみたら、どちらに似たのだろう。どちらかというと父親に似たのかも知れない。その根拠は、母親とはどうしても相容れないところがあるからだった。
母親は、結構表面がいい。人との会話もうまく、結構集団の中では人気がある方ではないだろうか。しかし、その裏では結構冷めた目でまわりを見ているように思えてならない。
「寄って来る人全部を相手にしていたら、身が持たないわ」
と言いたげな表情をたまに見ることがある。表から帰ってきて、ぐったりと疲れ果てている時があるが、落ち着いてから行動を始める時に、そんな表情になることがある。
ここの家庭も息子は父親に似ているだろう。お父さんもお母さんもどちらも気さくな性格で、人当たりがいいのは分かっている。だからこそ、泊まっていきたいと思ったからで、子供もおおらかな性格に見えてきたからである。
おおらかであるが、大雑把なところが見えてこないのは人間性かも知れない。話をしていても、お父さんもお母さんも子供も、それぞれに話し方に余裕が感じられる。
「モラルの話なんだけど、俺も昔は結構大人にでも食ってかかっていったことがあったよ。でも、相手が悪く、怖いおにいさんに喧嘩を売ったみたいになってしまって、こちらも振り上げた鉈を下ろせなくて困ってしまった。だけど、そんな時に一人の紳士が助けてくれたんだよ」
私の話に似ている。
「その紳士は?」
「普通のサラリーマンだったんだけど、後でその人から怒られたものだよ」
「何で?」
「自分に力量がないのに、食って掛かるのは勇気じゃないってね」
紳士というのは、相手が勇気を持っている人間かどうか、しっかり見定める目を持ち合わせているのかも知れない。
勇気とは一体何なのだろう?
私があの時、モラルを守れない人間に対して文句を言ったのは、果たして勇気なのだろうか。相手が本当に恐れを知らない人間で、怪我をさせられてしまったりしたら、
――名誉の負傷――
と言えるのだろうか。
必ず誰かに迷惑を掛けることになる。怪我をしてしまえば、親に心配掛けることになるし、まわりも放ってはおかないだろう。
「余計なことしやがって」
作品名:短編集122(過去作品) 作家名:森本晃次