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短編集122(過去作品)

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 と思う人もいるかも知れない。黙っていれば殴られることもないはずだからだ。いくら相手に非があるとはいえ、殴られるにはそれなりの理由があると言われかねないからだ。
 何しろその時にいくらまわりに証人がいたとはいえ、その人たちが後になって証言してくれるわけはない。その時に居合わせたといっても、まったくの他人だし、後日他人の騒動のことまで覚えているとは限らない。覚えていたとしても、係わり合いになりたくない人が多いだろうから、果たして証言してくれるかどうか怪しいものだ。
 ひょっとして私がまわりの人の立ち場でも同じだろう。
「下手に証言して、恨みを買ってしまったら恐ろしい」
 と思うからだ。
 特に自分が悪いことをしているのに、それを棚に上げて怒り出す人、モラルを感じさせない人に人の道を説くこと自体、無意味なことではないだろうか。自分も本当にその時、モラルに対してだけ怒ったのかどうか分からない。
 確かに相手がモラルを守らないと、
「モラルを守っている人までが変な目で見られるからだ」
 と自分に言い聞かせていた。人に注意するにはそれなりの理由がいる。それを私は探っていたのだ。
 探っていたものが相手に納得してもらえるはずもなく、自分の中だけで納得させているものである。自己満足の世界に浸っていたと言えなくもない。
 モラルを守れない人間を許せないのは、自分も許せないからだろうか?
 時々、
「モラルを守れない人間が多いなら、俺だって適当なことをしてやろう」
 と思うことがあった。まだ中学生というと、世間も知らず、自分の意見が通らなければ自分だって反抗してやろうと思う時期である。
 何が正しくて何が間違いなのか、模索していた時期である。そんな時期に大人が目の前でモラルを平気で破れば、自分で許せなくなるのも当然かも知れない。
「お父さんは、時々ダムのことを思い出そうとしているようなんだよ」
 私が、ダムの話をお父さんから聞いたと話した時、彼が口を開いた。
「何を思い出そうと?」
「それは、どうも自分の正義感に関する何からしいんだけど、よくは分からないんだ。そんな時は話しかけられる雰囲気ではないしね」
 記憶喪失になっている人が何かを思い出そうとする時、頭を抱えて苦しそうにしているシーンをドラマなどでよく見かけるが、まさにそんな感じなんだろう。
 私も時々何かを思い出そうとしてなかなか思い出せない時がある。若いのに健忘症でもないのだろうが、物忘れは大人であろうとも子供であろうともするものだ。その頻度が激しいと、子供なら問題かも知れない。
 思い出そうとして思い出せないということには、二つのことが考えられるのではないだろうか。
 一つは、思い出そうとした時に、何か違うことを考えてしまって、それが頭に引っかかって思い出せない場合。これは一番自然な感じがする。もう一つは、自分の中でわざと忘れようとしていることがある場合である。それも無意識なので、思い出したくないという気持ちが強くても、自覚がないので、なかなか思い出せないことに苛立ちを覚える自分がいる。
 後者の場合の方が不自然ではあるが、考えられることとしては妥当かも知れない。自分の中で葛藤があり、ひょっとすると、もう一人の自分が他にいて、その人との葛藤なのかも知れない。
 もう一人の自分を感じることがある。それは、まったく違う自分なのだが、共鳴できるのだ。同じ考えの他人であれば、決して共鳴できるはずもないのに、自分だったら共鳴できる。自分勝手な想像である。
 おじさんも、もう一人の自分との葛藤があるのではないだろうか。一途な人間ほど、もう一人の自分の存在に気付いていると思うのは私だけではないはずだ。
 私と、おじさんの息子である翔太はそれから親友になった。社会人になった今でも交流があるが、その翔太が今度結婚するという。
 もう部屋を借りて二人で住み始めたということで、お邪魔してみることになった。
 部屋はコーポのようなところで、こじんまりとした二LDKで、私も結婚して最初はこれくらいの部屋が一番いいと思っている。
 一緒に鍋をつついて、酒を呑んだ。三時間以上いたが、気がつけばあっという間に過ぎていた。帰り道、最寄の駅まで翔太が送ってくれた。
「お父さんは元気にしているかい?」
 と聞くと、
「それが、最近元気がないんだ」
 という。
 駅まで送らなくても大丈夫だという私を、
「いや、送らせてくれ」
 と強行に言ったのは、この話をしたかったからかも知れない。それを思うと、お父さんの話を食事の場でしなかったのも、今思い出したようにここでしているのも、何かの虫の知らせのようなものだったのかも知れない。
「俺の婚約者を見た時の親父の様子がどうも変なんだ。婚約者の方はまったく何も変化がないようなんだけどね」
「婚約者の人は親父さんのことを知っているのかい?」
「ああ、警察に勤めているといえば、それなら安心と言って、本当にホッとしたような表情をしていたんだ」
「そういえば、親父さんの故郷であるダムの底には、誰にも言えない秘密が眠っているって言ってたな」
「それは最初に知り合った時のことかい?」
「ああ、それがあって、自分は正義感に目覚めたって言ってたな。だけど、それが自分の中でトラウマになっているとも言ってた。そして、この話は、俺以外に、そして、後にも先にもこの時だけで封印だとも言っていた」
「親父が埋めたのは、何かタイムカプセルのようなものだって言ってたな」
「タイムカプセル?」
「誰にも言えないことだそうだ。それ以上は聞いていない」
 親父さんは息子と私にそれぞれ同じメッセージを、小出しに伝えたのだ。一人の人に言わずに、自分の思いを伝えるのは、これも一つの手段であり、親父さんなりの苦悩を物語った苦渋の選択だったのかも知れない。
 親父さんが追っていたレイプ犯がいた。刑事になってずっと追い続けていたらしいが、親父さんはそれを機会に警察を引退すると言い出したのだ。
 私と知り合ってから少しして、親父さんは頑張って昇進試験を受け、刑事になっていた。
「君と知り合ったおかげで昇進試験に合格できるような気がしてきたよ」
 その公言は間違っていなかったのだ。
 ただ一つだけ誤算があった。親父さんを正義感に目覚めさせてくれたのは、目の前で起こったレイプ事件を助けることができなかったからで、その時の犯人を逮捕できればそれでよかったのだが、その時の女性に再会するとは、まさか思わなかった。
 それが実は翔太の婚約者だったのだ。
 彼女が悪いわけでも何でもない。だが、親父さんの中で一つのけじめをつけないと、彼女に対しての侘びも、そして、義父として真正面から向き合っていけないという強い心の現われであろう。
 そのことを感じたのは直感で、真実ではないかも知れない。だが、それだけに誰にも言うことができず、親父さんを直視するだけでよかった。
「これこそ男の正義感なんだな」
 そう感じた私は、自分の正義感を直接表に出すのではなく、心の奥にいつも持っているような男でありたいと考えるようになっていった。

                (  完  )


作品名:短編集122(過去作品) 作家名:森本晃次