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動機と目的

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 開発部は、ほぼ本社と時間に変わりはないが、工場は、早朝からの稼働で夕方までの仕事なので、収量は開発部と変わりはない。そのため、陣人は早番、遅番の二交代制である。しかし、物流センターは二十四時間の稼働だった。ここの物流センターは、オオワダコーポレーションの物流だけではなく、他の物流に弱い会社のための、物流代行業も担っているので、結構な大所帯になっている。勤務は三交代制で、倉庫内は、他の会社の製品も置かれているため、かなりのスペースとなっていた。
 そもそも、物流センターと工場は別の場所で運用していたが、立地を考えると、物流センターに一つの機能を持ってくるのが最適だと考えた社長が経営者会議に諮って、数年前から、この運用になったのだ。
 だから、表から見ると、二十四時間すべての部署が稼働しているかのように見えるほど、物流センターの方は活気に溢れている。しかし実際に二十四時間なのは物流部門だけで、会社の中枢は、普通の会社の勤務と変わりはなかった。
 その日の異変に最初に気付いたのは、朝の七時半くらいに出社した開発部門の新入社員である山口であった。彼は、
「親友社員というのは、誰よりも早く出社し、仕事前に一通りん掃除をすませるものだ」
 という風に考えていたので、ほとんどの社員が恥時をすぎないと出社してこないのに、彼は七時半までには会社に来ていて、掃除を始めることにしていた。最初は、少しきつかったが、慣れてくると、これも日課になり、それほど辛くなかった。そろそろ朝が寒い時期になってきたので、起きるのが辛いとは思ったが、目が完全に冷めてしまと、出社してくることに違和感はなかったのだ。
 その日も、七時半に出社してくると、すでに動き出している工場、二十四時間、どこをとっても切り取ることができないかのような、エンドレスを感じさせる物流センターと、会社に入ったとたん、仕事のスイッチが入るのは、ありがたかった。
 山口青年は、いつも敷地内の入り口から、一番奥にある開発センターまでを、倉庫内を横切るようにして歩いていた。
 山口は倉庫内に響いている音で好きな音があった。それはフォークリフトがバックする時の甲高い警告音だった。だだっぷろい倉庫に置かれた商品の間を縫うようにして、乾燥した空気に響き渡るその音は、いつ聞いても新鮮だった。
 特に、朝聞くその音が好きだった。夜の音も嫌いではなかったが、仕事が終わって、気だるさが残っているために、余計に気だるさを演出しているようで、朝の音とはまた違って聞こえることが嫌だったのだ。
 どうしても疲れを誘う音、
「今日も、仕事が無事に終わってよかった」
 というよりも、フォークリフトの音だけは気だるさしか演出していないように思えた。
 それだけに、朝の音が余計に爽快感を与えているように思えて仕方がないのであった。
 そんな倉庫を通り過ぎて、真っ暗な事務所、まったく活気がなくて、広い倉庫を見てきただけに、まるで小さな檻にでも入れられたハツカネズミにでもなったかのような気分だった。
 だからと言って、朝一番で憂鬱になる必要などまったくない。それこそナンセンスというものだ。
 開発部の事務所の元気は、まず最初にセキュリティシステムを解除して、カギで扉を開けると、その左側にある、全体のスイッチを入れると、部署すべてのライトがつく仕掛けになっている。一度つけておいてから、そのさらに隣にある、部署ごとのスイッチ分電盤で必要以外のスイッチを消すという仕掛けになっていた。
「どうして、こんな面倒な仕掛けにしたんですか?」
 と訊いてみたところ、
「メインスイッチと、その横の部署ごとのサブスイッチとは別々の管理になっていて、連動はしているが、もし、どちらかが壊れても、片方は稼働できるように、非常用として考えられたようだ」
 ということだった。
 この照明に限らず、大切な情報を持ったサーバー(ただし、ここはバックアップ)や、電灯関係は、無停電装置が噛んでいる。
「なるほど、よく考えられているな」
 と感じた。
 その日もいつものようにメインスイッチをつけて、サブスイッチで不要な電気を消そうかと思って移動すると、ふと事務所の机の配置が普段と違っているような気がした。開発部にはいくつかの課に分かれていて、机の配置も、部署ごとの島に分かれているのは、どこの事務所も同じで、その島もほぼ、等間隔になっていた。
 しかし、その日は、中央部だけが、やたらと広い感覚を保っていて。端に行くほど窮屈さを感じさせた。まるで中心部に、ステージでもあるかにょうだった。
 気になって、山口は中心部に歩いて行ってみると、部屋に入った時から感じていたのだが、無性に甘く、そして何の匂いかすぐには判断できないような、腐りかけたような臭いまでしていた。
 しかも、これは最初から分かっていたが、入った瞬間にムッとした暑さが感じられた、幾分かは寒さが感じられるようになったとはいえ、暖房などまだいらない時期である。それなのに、誰もいない事務所に暖房がついていて、甘く何かが腐ったような臭いは、異臭以外の何ものでもなかった。
 まず、急いで暖房を消した。そしてハンカチを取り出し、鼻を摘まむようにして、恐る恐る中央部への向かっていった。
「うわっ、何だこれ」
 と思わず叫んだのだが、まず目の前に飛び込んできたのは、白衣を着た女性が横向きに垂れ込んでいて、胸からは血が噴き出していた。
 最初は白衣ですぐには分からなかったが、彼女の顔や、床のカーペットに沁みこんでいる白い液体、ほとんどはカーペットが吸い込んでいたのだが、何しろ量が結構多かったので、白い部分が固まるようにして、残っていた。
「これだけ熱いと、沁み込むよりも先にカーペットの上で固まってしまうのかな?」
 と考えた。
 この白い液体、臭いなどから考えると、牛乳であることは一目瞭然であった。目の前に、一人の女が胸を刺されて死んでいて、その身体には牛乳がまき散らされていたのだった。
「これは一体、どういう状況なんだ」
 と思って、彼女に近づいてみると、その横にまた何かが倒れているのが見えた。
 今度は男で、この男には別に何も掛けられている様子はなかった、首筋を見ると、紫色に変色していた。
「絞め殺されたんだ」
 と思って、反射的にまわりを見たが、凶器と思しきひもはどこからも発見されなかった。
 まずは男の方をよく見ると、そこに倒れているのは、直属の上司である。阿佐ヶ谷直之だった。
 阿佐ヶ谷の表情はいかにも苦しんだかのように断末魔の表情がくっきりと残っていたが、最初に発見した女の顔に苦痛の表情が現れてい赤ったことで、
「即死だったのかな?」
 ということが言えそうで、声を立てる暇もないくらいだったのかも知れない。
 この女の胸にはナイフが残っていて、それが止血になっているのか、白い液体にほとんど血の色である赤い色が混じってはいなかった。
「死体から流れた真っ赤な血と牛乳を混ぜ合わせて数時間経てば、どうなるんだろう?」
 と不謹慎な発想をした。
 だが、彼も研究者の端くれ、気が動転しながらも、そんな発想を浮かべたとしても、それは無理のないことだっただろう。
「急いで警察に知らせないと」
作品名:動機と目的 作家名:森本晃次