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動機と目的

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 だが、こんな研究はなかなかうまくいくはずもない。他のメーカーでも進められてはいるようだが、なかなか開発されない。モノが命に関わるアレルギーであるため、よほど安全性が確立されていなければ、商品化は難しいと言えるだろう。
 ただ、次第にプロジェクトは下火になってきた。メンバーは縮小されていき、会社の注目度も下がってきたのだ。
「研究所の目玉というよりも、密かに研究を続ける」
 という程度にしかならなあったが、そんな中でも、清武はこのプロジェクトから離れる気はしなかった。
 彼にとって最初に入った時のプロジェクト参加という思い入れもあった。
 さらに、人が減ってくることで、余計に自分が研究に勤しむことの意義を感じるようになった。そもそも天邪鬼なところがあるので、天邪鬼性を刺激したと言ってもいいだろう。
 会社の方でも、彼が残って研究をする分には何んら問題はないと思われた。
 そもそも、研究費用が掛かるからというところに問題があったのであって、彼は他の人の企画とは違い、極端に研究費用を使わない方法を、いつも提案してきた。これが彼の信念というべきか、人との差別化だと思っていることで、会社と彼の利害も一致したのだ。
 清武がそれだけあざとい人間であると言ってしまえばそれまでだが、どっちが利用しているのか分からないところが、清武のうまいとことであった。
 経費をあまり使わなくても、成果はしっかりとあげているそんな清武に、同じ研究員の中には嫉妬心を抱いている人もいないわけではなかった。
「あいつは、最初から洋菓子研究に脅威があったわけではないじゃないか」
 と言って、彼が薬学の研究員であったという過去をほじるし出して、そこを攻撃する人もいたが、しょせんは負け犬の遠吠えでしかなかった。
 清武の洋菓子研究で、実際に商品化したものも少なくはなく、清武はおいしさ重視というわけではなく、健康的で、身体にいいと呼ばれる製品の開発に掛けては、彼の右に出る者はいないと言われるほどだった。
 これは内部競争だけに限ったことではない。発売された製品は、いつもその時代のベストセラーとなり、宣伝効果もあって、別郡の売れ行きを示していた。
 清武の開発製品の特長は、
「全世代で支持される製品」
 ということだった。
 老若男女分け隔てなく上位に位置する製品ということで、総合ランキングはいつも一位だったのだ。
 清武の製品を専門家はどちらかというと支持するわけではなかった。味としては、さほどインパクトが深いわけではないが、どうしても、健康志向を考えると、全世代に支持される製品が売れ筋としては一番になるのは、今の時代いとしては仕方のないことであった。それは他の開発者も否定するわけではないが、こうも毎回、オオワダ社製作のスイーツがナンバーワンになっているというのは、他の専門家には気に食わないという証拠であろう。
 そのうちに、ある時、売れ筋ランキングナンバーツーではあるが、十代、二十代に爆発的な人気のあるスイーツが、食物アレルギーを持った人が摂取したため、救急車で運ばれるという事件が起こった。アナフィラキシーショックを引き起こしたようで、何とか処置が早かったおかげで、一命はとりとめた。
 しかし、そんなことがあったスイーツはすべて自主回収され、終売へと追い込まれる運命だった。それにもまして。アレルギーの恐ろしさを、さらに思い知らされた消費者は、余計に食品のアレルギーに対して、敏感になってきたのだった。
 本当はこれだけの人口がいるのだから、このような事件は起こらなかったとは言えないが、人気絶頂の商品で、しかもアナフィラキシーを引き起こすという、よほどの条件が揃ってしまったことでの不幸な事故だったため、事件として報道されてしまったのだ。そのせいもあってか、またしても、食物の安全性がさらにクローズアップされるようになったというわけで、ひょっとすると、定期的に見直されるべきための事件だったのかも知れない。
 そんなことがあって、世間ではアレルギー関係の事件が頻繁に発生するようになった。軽い事故から、救急車での搬送。実際に人が死亡するなどといった事件が連鎖反応のように起こってくると、さすがに政府も深刻に考えざるおえなくなり、アレルゲンの表記が法律化されるなどの事態になったことは周知のとおりである。
 そんな頃から食品業界は、いろいろな表記が問題になってきた。特に、賞味期限の表記に関しては、これも一つ不正が見つかると、どんどん判明していく。まるで誰かがすべてを知っていてリークしているのか、あるいは、どこか一つをターゲットにしてそこが見せしめのようにリークされ、明るみになると、その会社は世間からの総攻撃を受けることで、廃業の危機に陥ってしまう。そうなると、まわりでも同じようなことをやっている企業が自分たちを陥れようとしていると思い込み、その思い込みが真実かどうかは別にして、今までの暗黙の了解が潰れてしまう。そうなると、まわりの潰しあいになって、連鎖反応のように、
「あの会社も、この会社も」
 ということになるのも、無理のないことだろう。
 何が真実なのかは分からないが、事実として、賞味期限の改ざんが行われていたのであるから、生鮮や日配の食品会社は、会社同士でも疑心暗鬼、いや、それどころか、食品業界全体に対しての、消費者の不信感。これはもう、
「食の安全」
 を完全に脅かすものとして、社会問題になったのだ。
「もう、お肉や魚、生菓子は安心して食べられない。特に子供には与えられない」
 という主婦の声も多く聞かれた。
 生鮮、日配関係の会社では、食品ロスの問題は深刻なものだということは分かり切っていることだ。避けて通ることはできない。それだけにこの問題は真摯に受け止めなければならない。
 中には経営不振から、賞味期限の改ざんなどしたくもないことをしないと、会社存続というところもあっただろう。しかし、結局最後は泥仕合になってしまうのであれば、本末転倒である。そういう意味で、少々、味を落としても、少しでも日持ちのする製品の開発が急がれたのも、無理のないことであった。
 オオワダ総合コーポレーションもその例外ではない。
 それまで順調な成長を続けてきた洋菓子部門であったが、分離独立してから少しして巻き起こった、
「表記改ざん問題」
 に対しては、会社始まって以来の大きな問題として立ちはだかってきたのだった。
 さすがに会社が倒産の危機に陥ることまではなかったが、売り上げが下降していったのは間違いのないことで、そのたびに、トップが責任を取らされるということが多かった。
 責任と言っても、クビになるわけではなく、社長職は解任されても、親会社に戻って、部長クラスに収まるのだから、他の会社ほど切羽詰まったものではなかったに違いない。
 ただ、開発部に対しての期待と責任はかなり大きなものとなっていった。この会社だけの問題ではなく、、業界全体の社会不審を取り除くという意味でも大きな問題だった。
 まずは、
「味覚よりも、安全」
 ということが叫ばれるようになり、
作品名:動機と目的 作家名:森本晃次