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動機と目的

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 と言われて、思わず清武は不謹慎だと思ったが、喉の奥で笑ってしまった。
「いやいや、それは大きな誤解なのかも知れないですね。僕は薬学部に入ったのは、別に薬剤師になりたいからでも、薬学で身を立てたいからなどというものではないんですよ。大学の入試は滑り止めを含めて、いくつか受けました。ただ、これも第一志望があったわけではなく、滑り止め以外が、どれも第一志望であり、第二志望でもあったんですよ。受かったところに行けばいいというくらいにですね、でも、受験ではすべてに受かっちゃって、そこで今度はどこにしようかを初めて考えたんです。どうして薬学にしようと思った科って? いまさら忘れましたね」
 という返答だった。
 まさに相手を小バカにしているような返事、さぞや聞いた方は怒り心頭だったことだろう。
 だが、これが彼の本心であり、彼が訊かれたことをどのように答えたとしても、これが真実である以上、すでに相手を不快にしない回答など、できるはずもないのだった。
 結局相手は何も言えなかった。
 実は同じ話を、オオワダ総合コーポレーションの人事部の人にもした。きっとこの大学院の人のようなリアクションと同じに違いないと思っていた。しかも、相手は初対面の人間である。これ以上の失礼はないはずだ。
 しかし、相手は笑っていた。その笑いは明らかに余裕の笑みであった。その表情を見ている限り、
「そんな回答、最初から分かっていたことさ」
 と言わんばかりであった。
「我々を舐めてもらっては困るよ。私たちは、就活に来た新入社員をふるいにかける仕事をしているわけではないんだ。確実に役立つという人間を選定して、その人たちをスカウトしようというんだ。就活のように、入社させた相手から、何人が残ってくるかなどというそんな甘っちょろい考えではない。すべてが即戦力に近い活躍ができる人を雇うんだ。だから、経験など関係ない。覚えることは普通にできることが前提なんだ。今、七十くらいで、入社すれば、そこから七十五になって、少しずつ上がっていって、出世していく人、七十を切ってしまって、下降線を描くことでやめていく人、それが普通の就活なんだよ。でも私たちは、最初は二十、三十くらいであっても、一部分が九十という力を持っている人を探すんだ。そうすれば、最低ラインであっても、いずれは、限りなく百に近づくというそんな人であると確信する人しか、スカウトはしない」
 と言ったのだ。
「それが、この私だというんでしょうか?」
 と聞くと、
「ええ、そうです。今のあなたと話をしていれば、きっと普通の会社の人事だったら、苛立っていることでしょうね。『何様のつもりだ』ってですね。でも私は違います。その『何様』という姿勢に、将来性を感じるんです。将来なんて、本当は分からないんですが、普通の会社は、そう思いながら、少しでも光るものがあれば、それを見つけようとします。だが、我々は、その人を百として判断します。すると、少しずつ落ちていく部分もあるでしょう。放っておけば、七十くらいになるかも知れない。だけど、少しでも我々が最初に感じた意識を、一言でも口にしてくれると、その人への評価は、七十から一気に上昇して、百二十になるんですよ。つまり、百が一番だなんて誰が決めたかということなんですよね。最初から百だと思うのは、相手に限界ありきだと思うのであって、そんな人間をわざわざこっちもスカウトなんかしませんよ。そんな人はいくら今はまったくの素人であっても、他の会社で、研修をしている間くらいには、すでに知識は備わっているはずですからね。それくらいの度量を我々は求めているんですよ」
 というではないか。
 喉の奥で笑ったが、これは清武という男のくせなのかも知れない。この笑いは決して相手を見下す時の笑いではなく、やっと自分が目指しているものを見つけることができたという喜びの笑いだったのだ。
 まったく正反対の感情を、一つの行動でしか表すことができないというのは、一種のマイナス要因になるのだろうが、そんなことを気にするようでは、彼を扱うことはできない。そういう意味では、彼らスカウト連中に引き抜かれてやってきた人たちは、ある意味一癖も二癖もある連中ばかりだと言ってもいいだろう。
 清武は、スカウト委員を気に入った。
「こんな連中がスカウトでいるんだから、この会社が伸びてきたわけが分かったような気がするな」
 という感覚であった。
 ただ、断っておくが、彼らスカウトが入社させた連中は、別に聖人君子というわけではない。
 倫理的に問題がないというわけではなく、今までの素行からでは、そこまで見抜くことはできないのだ。スカウトはあくまでも、
「会社の成長のための頭脳」
 として、突出した能力を有している人材をスカウトしているにすぎないのだ。
 社会人としてのモラルや、会社への忠誠心、あるいは、コンプライアンスなどの、道徳的なところはほとんどが度返しであった。
 そもそも、清武という男に、モラル、忠誠心、コンプライアンスなどという概念はない。もし少しでもモラルなどというものがあり、相手に気を遣っているというのであれば、大学院からの誘いにあのような失礼な言い方はしなかっただろう。
 まあもっとも、大学院の方からの誘いも決してモラルがあったとは言えないだろうが、挑戦的な口調は、一般的には失礼だと言ってもいいものだったに違いない。
「そもそも、コンプライアンスだとか、働き改革などというのは、会社員や仕事に携わる人たちのために言われるようになったわけではなく、社会問題を解決することと、会社員に休みを与えて、そこでお金を使わせて、経済を活性化させようという、一種の、
「二兎を追う者」
 という作戦にすぎない。
「一兎も得ず」
 という言葉に落ち着くのが関の山であるということを、政府の偉いさん(と言われている連中)に分かるはずもない。
「あれで、官僚だとか、政治家だとか言っているんだから、政府なんてたかが知れている。しょせんは柵の中でしか生きることのできない連中の集まりなんだ」
 と思えてならない。
 そんなことを感じている自分たちも、下々の連中から見れば、政府や官僚の連中と、対して変わらないと思われているとはまったく思っていないことだろう。
「人のことがよく分かる人は、意外と自分のことに関してはまったく分かっていない人が多い」
 ということであろう。
 ただ、理解しているかどうかは別の問題で、
「理解はしているが、分かっていない」
  という一種の矛盾した表現になるのではないだろうか。

                牛乳アレルギー

 清武は、研究所に入所後、一つの課題に取り組むことになった。それは、
「牛乳アレルギーでも、食べれる乳製品の開発」
 というものであった。
 もちろん、本当の乳製品を与えることはできないが、いかに乳製品と同じような味であったり、同じ効果をもたらす洋菓子を作れるかという課題だった。
 この研究は、この会社がパン会社から独立してしばらくしてから始められた一大プロジェクトでもあった。
作品名:動機と目的 作家名:森本晃次