動機と目的
「こんなに謎が多いと、いかにも発想を分けて考えてしまいがちだが、すべてを割り切ってしまわないようにしないと、こういう事件は解決することはできないんだ」
と言っていた。
最初は何のことを言っているのか、さっぱりわからなかったが、後になって、捜査主任の考えを聞いていたりすると、その時の辰巳刑事の言葉が思い出されて何とも言えない気分になっていた。
「辰巳刑事はそれだけ現場の経験があって。その都度吸収できているということなんだろうな」
と、山崎刑事はいつも辰巳刑事に敬意を表していた。
「山崎刑事は、この事件に共犯、あるいは主犯二人という考えもあるが、を、どのような人物だと思うかね?」
と捜査主任からいきなり聞かれて、一瞬ドギマギしてまわりを見た。
誰が助けてくれるわけでもないのに、ついまわりを見てしまうという人間の習性に驚いていた。
――そうか、そういうこともありえるな――
と思い、答えていた。
「少し漠然とした考えではありますが、自分が困った時、まわりをじっと見つめてみて、目が遭った人が、共犯者のような感じなんじゃないかと思いました」
と山崎刑事がいうと、ニコニコしながら、
「なるほど、君はまず困った時や答えを見つけなければいけない時には、冷静になってまわりを見るというんだね? そしてそんな自分に共鳴してくれるような相手が、同じ考えを持っていたり、共通の利害関係にあったりするものではないかと思っているということだね?」
と捜査主任に言われ、
「ええ、そうです」
と、自分が頭で考えているだけだったはずのことを、捜査主任は勝ち誇ったように見透かして話をした。
――なるほど、これが捜査主任の捜査主任たるゆえんなんだ――
と感じた。
冷静に判断できるだけではなく、部下が何を言いたいかを考え、その代弁ができるだけの技量を持っていなければ、とても捜査主任など務まらないということなのではないだろう。
山崎刑事はそう考えると、自分も捜査主任に負けないように、想像力を豊かにしないといけないと感じていた。
「もし、逆転の発想が許されるのであれば、さっきまで考えていた思いを逆から考えてみることもできるのではないかと思えてきました」
と山崎刑事がいうと、
「ん? どういうことかな?」
と、捜査主人が訊きなおした。
「私は、この事件で、この部屋がオートロックになっているということと、密室にこだわってしまったという考えから、波多野千晶は他で殺されて、あの現場に運ばれたと思っていました。根拠としては、胸に刺さったナイフです。凶器を抜き取らずにそのままにしておいたのは、血が噴き出して、その地の量が少ないことで、犯行現場が違っていたと分かってしまうことを懸念したという思い、そしてあそこにばらまかれた激臭を放つ液体は、死体を動かした形跡を消す効果があるのだという先入観がありました。そして。死体を動かしたことで生じるアリバイがどこかにあると思ったからなんです。でもアリバイという意味でいけば、あの液体のせいで、犯行時間が曖昧になり、アリバイが鉄壁ではなくなってしまいました。これって本当に犯人が意図したことなのかと思うと、何とも言えなくなってきたんですよ」
というと、
「じゃあ、君はあの場所で本当は彼女は殺されたのではないかと思うのかい?」
「ええ、そんな気がしてきたというところでしょうか?」
と山崎は、再度頭をリセットしなければならなくなったと自覚していたのだ。
「なるほど、では刑事の勘を一度信じ込ませておいて、再度リセットさせるには、それなりの何かがあるはずだ。今は見えていないかも知れないが、それが何なのかをしっかり見極める必要がある。それがこれからの捜査の進む道だと私は思っているがどうかな?」
と捜査主任に言われて、
「ええ、そうだと思います。考え直さなければいけない部分もたくさんあると思いますし、実際にまだ分かっていないこともたくさんあると思っています。でも、これは私の勝手な思い込みではありますが。初日である程度の情報が出てきたと思うんです。問題は先ほどの話ではないですが。いかに間違って、ダウトの方のピースを組み立てないようにしないといけないかということだと思っています」
というと、
「そういうことだ。皆も聞いてほしいんだが。捜査において、必要なものも、紛らわしい者もあるだろうが、その見極めは、それ一つだけを見ていてもダメなんだ。必ず全体を見る目を養う必要がある。だから、推理をする必要はあるが。先入観だけで先にいってしまうようなことだけはないようにしないといけないと思うんだ」
と、捜査主任は言った。
捜査本部では、このような話が煮詰まってきていた時、一人の刑事が飛び込んできた。辰巳刑事である。
「ただいま戻りました」
というと、
「お疲れ様です」
と皆が声をかけ、辰巳刑事に視線を集中させた。
「何か収穫はあったかね?」
という捜査主任に対して、
「何もないことが収穫とでもいいましょうか」
と言って、ニンマリとしている辰巳刑事に対して、彼の気持ちを察したのだろうか、捜査主任も含み笑いを浮かべて。
「どうやら、何か掴んだようだね?」
というので、
「ええ、まだ私の推理の段階にすぎませんが」
と言った。
辰巳刑事は、先ほどのピースの話に掛けては、誰よりもその話を理解している人だったので、彼が、推理という言葉を口にするという時は、ある程度の信憑性がなければ決して口にしない人なので、ほぼ信用できる話だということを分かっていた。捜査主任だけではなく、その場にいた捜査員もほとんど知っているので、辰巳刑事が帰ってきた時の報告を、皆は全集中で待っていたのだった。
「では聞かせてもらおうかな?」
と、捜査主任は言った。
「あくまでも状況から考えてというのが最初のきっかけであって、まだ犯人を特定できるまでにも言っていないこともあって、だから、推理の段階だと言っているのですが、理屈を考えると、今まで不思議に思えていた部分が不思議と繋がってくる感じがするんです。そのつもりでお聞きください」
という前置きをして、まわりが静寂に包まれているのを確認すると、辰巳刑事は話始めた。