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動機と目的

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「昨日の宿題になっていたことや、昨日は不明だったことで分かったことというのは何かありますか?」
 と言われて、
「まず、凶器として残っていたナイフですが、指紋は被害者のものしかついていませんでした。だけど、一つ不思議なことは、あのナイフは被害者の持ち物だったんです。どうして女性があんなナイフなどを持っていたのかというと、彼女は学生時代から野外活動が好きで、キャンプが趣味だったようです。それでいつも持ち歩いているということだったんですが、銃刀法違反になるまでのものではないということでした」
 と辰巳刑事は答えた。、
「それは誰が言っていたんだい?」
 と聞かれた辰巳刑事は、
「昨日一人一人尋問した中の女性からです。彼女は凶器がナイフだとは知らなかったのと、もし知っていたとしても、まさか自分のナイフで刺されるようなことはないだろうという先入観があったようですね」
 と答えた。
「ということは、犯人は彼女のナイフを使って、自分では指紋を残していないということは、彼女が普段からナイフを持っていることを知っていて、それを凶器に使おうと考えていた人物ということになるわけだ。相当親しくなければできないことではないのかな?」
 と、捜査主任は言った。
「その通りだと思います。そうなってくると気になるのが、行方不明の兄である波多野副所長のことですよね?」
 というと、今度は、副所長の捜索をしていた刑事に聞いてみた。
「高木刑事、そのあたりはどうなんだい?」
 と聞かれ、
「捜索を広げていろいろやってみましたが、まだ見つかりません。家宅捜索をした限りでは、数日帰っていないような感じですし、管理人や近所の人の話を訊く限りでは、三日は見ていないということ。新聞受けの新聞の日付を見ても、大体三日前くらいから帰っていないというのが、共通した意見ですね」
 という話しか聴くことができなかった。
「ということは、三日前、どこでどのように行方が分からなくなったのかを、今後は探ってみてくれたまえ」
 と、捜査主任の話であった。
「ちなみに、あの白い液体は?」
 と聞かれた山崎刑事は、
「あれは、やはり清武所長が、彼がずっと研究している牛乳アレルギーでもおいしく飲める牛乳に似た味の開発に使用されている試作品だそうです。開発の方はある程度まで煮詰まってきてはいたんですが、いくつか問題を残していて、今の最大の問題が、あの時に感じた激臭なんです。ある程度の時間が経過すると、腐ったような臭いを発するようになり、食品の精度を高めようとすると、どうしても、あの激臭がさらに激しくなるという問題が解決しないことでずっと開発が遅れているということでした」
 という報告だった。
「ということは、基本的に臭いの問題や種々の問題が解決できれば、開発は終わるが、この問題だけのために、ずっと完成できないでいるということか?」
「ええ、そうですね。清武所長も、助手を務めていた波多野千晶も、そのことをずっと悩んでいたようです。所長などは、ここまで来たのに完成しないということは、ゴールなど本当はないのではないかと言って苦しんでいるということですし、波多野千晶も、開発が完成できるのであれば、どんな犠牲だって払うとまで言っていたというくらいなので、結構悩みは深かったと思います」
 と山崎刑事がいうと、
「じゃあ、あの場が、一歩間違えば、清武所長と助手の波多野千晶の心中の場だったのかも知れないと言えるのかも知れないというわけだな?」
 と捜査主任に言われ、少しムッとした気持ちにはなったが、事情だけを考慮した気持ちで考えると、
「ええ、その通りです」
 としか言えない山崎刑事は、苦虫を噛み潰したような表情になっていた。
「そんな未完成で、所長や助手の悩みの種である問題の液体を、渦中の助手である波多野千晶が殺された後に浴びているということは、これが見立て殺人のようなものだと考えると、犯行を行ったのは、清武所長ではないかとも考えられるんだが、そのあたりはどうなのかな?」
 と捜査主任に聞かれた山崎刑事は。
「ええ、実際に検視が遅れたこともあってか、彼女の死亡推定時刻と、男性の死亡推定時刻から考えたとしても、清武所長にはアリバイがあります。ただ何分漠然とした犯行時間ですので、鉄壁のアリバイというわけではありません。そういう意味では全員のアリバイはそうなるんですがね」
 と言った。
「確か、君と辰巳刑事は、波多野千晶は、別の場所で殺されて運ばれてきたのではないか? という話だったが、そのあたりはどうなのかな? 訊くところによると、部屋はオートロックのような仕掛けになっているようなので、犯行現場が別だったということになると、必然的に中から扉を開けた共犯者がいるということになるんだが?」
 と捜査主任に言われて、
「ええ、その通りなんです。その共犯なのか、主犯なのかの人物が、あの部屋で阿佐ヶ谷を絞め殺した可能性はありますね」
 と山崎刑事がいうと、
「じゃあ、その殺された二人の関係はどうなっているんだい?」
 と質問を受けた。
「二人はやはり不倫をしていたようです。ただ、二人はすでに別れているという話も聞きました。だから、二人の間で別れ話のようなことがあるということはありえないという話です」
「その話に信憑性はあるのかな?」
 と訊かれて、
「ええ、複数の人の話ですから、信憑性は高いと思っています」
「そうか、あの二人は別れていたということか……」
 と言って、捜査主任は考え込んだ。
「ということは、犯人は、二人がまだ付き合っていて、その二人の死体を並べることに何か意味を見出していたということでしょうか? 別れたことを知らずにですね」
 と山崎刑事がいうと、
「それは逆かも知れないね。すでに別れているということを知っていて、しかもウワサにもなっているので、死体が発見されて捜査が始まると、別れたことなどすぐに分かってしまう。だから犯人は別れたことを知らない人だと捜査陣に思い込ませるというような意味が込められているとすれば、そこに何かが隠されているのかも知れないよな」
 と、捜査主任の話だった。
 山崎はそれを聞いて、
「なるほど」
 と思った。
 今まで、その場に現れた事実だけを、パズルのピースにして組み合わせてきたが、実はそのピースの中にはたくさんの主題とは違ったピースがダミーとしてバラまかれている。それを相手の策略とも知らずに、それが正解だと思って積み重ねていくと、実はそれがダウトだったというお話になりはしないかと考えた。
 つまりは、謎になっている部分を見て、それだけで見えてくる世界にこそ、秘密が隠されているのだろうが、それを組み立てるには、いくつかのピースが足りない。
 だが、実際には、本当に組み立てる方のピースを使用しないといけないわけで、最初から見えている部分と謎の部分という形で分けてしまうと、犯人の術中にはまってしまうのではないかと山崎刑事は感じていた。
 ただ、この考えを最初に抱いたのは、辰巳刑事だった。
 彼は結構早い段階から、その意識を持っていたようだ。
作品名:動機と目的 作家名:森本晃次