動機と目的
「それは違うと思う。苦労して殺害現場を隠蔽するのであれば、たぶん、二人が同じ場所で殺されたということを表したいんだろうね。そうなると、わざわざ他で殺しておいて、この場所に運ぶというのは不自然だ、でも、同じ場所で殺されたということにどうしてしなければいけないのかが分からない。もし、同じ場所に死体があって自然だというのであれば、心中なのか、あるいは、相手を殺して自殺するという、必ずどちらか一人でも自殺でないと考えられないことに思えるんだ、そうやって考えると、女迄運んできてしまっては、死体を動かしたという痕跡を余計に残すことになる、ひょっとすると、あの牛乳のような白い液体であったり、大根おろしによる何かのカモフラージュがあるのだとすれば、それは死体を動かしたということへの隠蔽なのかも知れないな」
と、辰巳刑事は言った。
そんなことを話していると、また監察官が二人の会話の間に入ってきた。
「お話し中申し訳ございません」
というと、
「あ、いやいや、何か見つかりましたか?」
と辰巳刑事に聞かれた監察官は、
「一つ気になることがあるんですが、二人の死亡推定時刻なんですが、やはりどちらが先に殺されたのかということまでは分かりませんね」
と言われた。
「やはり、この六時間は大きかったということですか?」
「そういうことだと思います。今は前後三時間から四時間くらいの幅があるんですが、六時間前だったら、一時間も差がないくらいに判定できたと思います。これは鑑定の技術が上がったとしても、時間が経てば、曖昧になるという当然の真理は変わりようがありませんからね。ここまで幅が広いとどちらが先に死んだのかは判定が難しいでしょう」
「ということは、それが犯人の狙いなのかも知れないということでしょうね」
「そうかも知れません」
という情報を得たうえで、監察官が、踵を返して、再度現場に戻っていくのを見届けて、再度山崎刑事との話の続きになった。
「やはり、二人とも他殺だということだね。もし、女が殺されて、男がその後を引き継いだのだということが分かると、犯人とすれば、大きなリスクを負うことになる。なぜなら、本当は一人しか殺していないのに、二人を殺したという嫌疑が掛かるわけじゃないか。それは絶対に避けたいはずだ、懲役五年くらいで済むものを、死刑になんかなりたいと思う犯人がいるはずはないからね。特にカモフラージュを考えるくらいの頭のいい犯人だ。考えればすぐに分かるというもの。ということは、どうしてもカモフラージュする必要があるのだとすれば、最初に死んだのはオンナの方だということなんだろうね。男は本当に殺すつもりだったかどうか、そこも難しいところではあると思うんだけどね」
と、辰巳刑事は言った。
「さっきの、一人を共犯に使ったという説は、考えにくくなってきましたね。でも、そうなると、この部屋は密室ということになってしまうんですね。本当にオンナはこの部屋で殺されたんじゃないんでしょうかね?」
と、山崎刑事は言った。
山崎刑事は思い出したように、
「そうだ、この部屋には監視カメラが設置されているようなんですが、それが昨日には壊されたようです」
と聞いて
「なるほど、そうなると、やはり犯行は他であり、この場所に運ばれたということを証明してくれているようなものじゃないか」
と辰巳刑事は言った。
「どうしてですか?」
と山崎刑事がいうと、
「犯人が防犯カメラの存在を知っているのだとすれば、別に壊すことはないんだよね。覆面をしたり、して、自分を分からないようにすればいいわけだから。もっとも、相手に抵抗されて覆面が取れてしまう可能性はないわけではないけど、叩き壊すということは、防犯カメラの存在を知っている裏付けなわけだからね。壊してしまうと、壊したこと自体に何か理由があると勘ぐられる可能性がある。今回のように、最初から死体を動かしたのかも知れないと思っていたとすれば、その意見を確実なものにすることになるだろう? さらにはここに液体をまき散らしたり、大根おろしをまき散らしたりするところも映ってしまう。そっちの方がよほど見せたくないと思ったことなのかも知れないな」
と辰巳刑事は話した。
辰巳刑事は一貫して、この事件を何かのカモフラージュが絡んでいるものだと考えているようだ。
それは形となって表れている白い液体の存在や大根おろし、さらに、あの激臭などというものから考えているものではなく、別の方向から見えてくるカモフラージュに注目していた。
「ブービートラップのようなものだよ」
これはゲリラ戦法などに使われる言葉で、仕掛けの爆弾を警戒線に張っておく罠のことであるが、辰巳刑事が、
「ブービートラップ」
と表現したのは、
「あまりにも印象が強烈なものを見せておいて、相手も目を引き付けることで真相を煙に巻いてしまおう」
という意味で表現されたもののようだったが、あまりにも裏の裏を呼んでしまったことで、他の人には意味が分かっていなかったようだ。
探偵小説などには確かに、いろいろなトリックを駆使して犯行を行ったが、どんどんその謎が解かれていくうちに、却って袋小路に嵌り込んでしまうことだってあるだろう。
それが故意における作戦であるかどうかは難しいところで、これが故意に行われていたとすれば、それは完全犯罪に近づくものだろう。
だが、人間は策を弄することで、策に溺れるということもあり、完全犯罪は計画が緻密であればあるほど、一点のミスも許されなくなり、アリの穴ほどの小さな見えないと思われた節穴から、崩れてしまうことだってあるだろう。
「完全犯罪というものは、計画してできるものではない。偶然の産物などが重なることで人間が普通なら発想することができない現実を作り出し、それが犯罪を形成でもしない限り、完全犯罪などありえないのだ」
という探偵小説作家がいたような気がした。
探偵小説のトリックにしてもそうである。
密室トリックなどは、本来であれば、小説世界くらいでしかありえない。犯罪を犯す方から見れば、密室殺人など、
「百害あって一利なし」
と思うことだろう。
なぜなら、オーソドックスな犯罪のように、自分を犯人にしたくないのであれば、他に犯人がいることになり、その人に犯罪を擦り付ければいいわけである。密室殺人を考える暇があれば、犯人に仕立てたい相手の殺害の証拠をいかにでっちあげるかということを考えた方が早いに決まっている。
そういう意味で密室殺人など、
「物理的に勝手にできてしまった場合」
でもない限り、自分から作るものではない。
例えば、足跡を残しておいたのに、そこに雪が降ってしまって、足跡を消してしまい、本当は自分を殺した相手が侵入してきた経路を作り上げることで、犯人に仕立てるつもりだったのに、雪が足跡を消してしまうなど、何とも愚の骨頂というか、滑稽な犯罪になってしまうだろう。しかし、そのおかげで密室ができあがったとすれば、その密室の謎が分からないようなトリックを考える、自然が作り上げた事実で歪んでしまった犯行計画を、人間が辻褄を合わせようとすると、無理がいってしまうものである。