動機と目的
と、鑑識官は答えた。
「それはどういうことですか?」
と辰巳刑事が聞くと。
「大根おろしというのは、シミ抜くに使用されたりするんです。血液であったり、牛乳などのですね。少なくともこの現場で刺殺されている人に牛乳のような白い液体がばらまかれていて、その上に大根おろしというシミ抜きが残っていたのだとすると、そこには、何らかの犯人の思惑が潜んでいると考えるのが自然なんじゃないかと思うんですよ」
という鑑識官に、
「なるほど」
と辰巳刑事は納得した。
「だけど、シミ抜きというのはどういうことなんだろうね? 白い液体をばらまくというのも分からないのに、その上にシミ抜き作用のある大根おろしって何の意味があるんだろう? 白い液体の渇き具合で、何かが分かってしまうからシミ抜きとして大根おろしを使ったのだとすれば、最初から白い液体を使う必要なんかないよね、牛乳でないことも鑑識が調べればすぐに分かることだし、何よりも、それなら、牛乳にしておけばよかったはずなのだよな」
と山崎刑事が言った。
「なろほど、だけどそれは常人が考えた場合のことでしょう? ここは開発研究室なんだから、何か含みがあったと見るのが普通じゃないんだろうか?」
と辰巳刑事は答えた。
「ところでなんだけど、辰巳刑事は、あの二人は他の場所で殺されて、あの場所に運ばれたと思っているのかい?」
と、山崎刑事が聞くと、ニコッと笑って。
「どうしてそう思うんだい?」
と辰巳刑事が答えた。
「だって、君がオートロックに関してこだわっていたじゃないか。俺も途中から、よく意味は分からなかったけど、君と意見が一緒だということを、証言してくれた連中に悟らせるようにしたけど、本当のところはどうなんだい?」
という山崎刑事に対して。
「ああ、その通りさ。まず最初に考えたのは、いくら凶器が胸に刺さったままとはいえ、あまりにも血液の量が少ないじゃないか。だから、犯行は別で行われたと思ったんだ。ただ、あの白い液体の激臭の意味が分からなかった。臭いを強烈にしたことで、毒性を疑わせ、捜査時間を後ろにずらすことで、犯行時間をごまかそうとでもしたのかと思ったけど、この科学捜査が発達した時代に、そんなことはまったくの無意味、ということは、それを分かっていて、わざとやったのではないかと考えると、本当に犯行が別で行われたのではないかと思ったんだ。ただ、そうなると、オートロック形式の部屋に、共犯の誰かが最初にいなければ、成立しない。ただ、そう思うと、死体が二体あったのが気になったのさ。一体であれば、共通の殺意を持った人はいるかも知れないが、二人を殺したいほど憎んでいる人が複数いるという可能性はグンと下がってくる。と考えた時、殺された二人のうちのどちらかが、共犯であり、共犯として利用されてから、邪魔になった相手を殺してしまうということになるのだろうが、それにしては、意味不明なことが多すぎる。山崎君は共犯がいたとすればどっちらと思うかね?」
と辰巳刑事に訊かれて、
「やはり、阿佐ヶ谷じゃないですかね? 不倫の清算をしたがっていたとして、あのオンナであれば、男と女お関係で、恨んでいる男も結構いるだろうと思って、共犯になる人を探した」
「じゃあ、君は、阿佐ヶ谷が主犯だったというのかい?」
「そうじゃないかな?」
「だったら、どうして阿佐ヶ谷は殺されたんだい?」
「阿佐ヶ谷に死んでもらえば、彼には動機もあれば、主犯を彼にしてしまえばいいわけだよな? でも、それだと自殺に偽装しないと難しいことになる。そう思うと、本当は自殺に偽装する手立てができていたんだけど、そこで何か不都合が起こって。阿佐ヶ谷を殺してしまった……」
という山崎刑事に対して。
「ということは、阿佐ヶ谷の殺人は、予期せぬことだったというのかい?」
「うん」
というと、辰巳刑事は、少し考えてから、
「私が一つ気になっているのは、女性は刺殺なのに、どうして男性は絞殺なのかということなんだ。ナイフを持っているのであれば、ナイフを使えばいいじゃないか。それを使わずにわざわざ労力を使って絞め殺した。そこには何か意味があるんじゃないかって考えたんだ。それで思ったのが、犯人がもしナイフを持っていたとしても、それは波多野千晶を殺したナイフとは違うものだったんじゃないかってね。それで刺し殺したら、二人は違うナイフで殺されたということになり、事件があらぬ方向に向いてしまう。犯人がシナリオを考えているのだとすれば、それが何かの目的でもない限り、別の凶器を使うことを避けるはずだ。だから、余計に私は、女が殺されたのは別の場所ではないかと思ったんだ。それをカモフラージュするために、大根おろしが使われたんじゃないかな?」
と説明した。
「なるほど、辻褄は合っている気がしますね。でも、犯人の細かい演出で何がしたいのかよく分かっていないので、あくまでも想像でしかないですよね、そうなると、すべてが机上の空論でしかないことになるんですよ」
と山崎刑事は言った。
すると、
「それともう一つなんだけど、これは、何を今さらと思われるかも知れないけど、私はこの事件は、『他人に殺された事件』だということを言いたいんだよ、一見すれば、どちらかが自殺であることは考えられないと思うだろう? 要するに相手を殺しておいて、自分も自殺するという考えだね。もしそれが許されるのであれば、男を殺しておいて、自分も自殺をするということですよ。だって、自分で自分の首を絞めることはできないからね。首を吊るなら分かるけど。しかも、現場検証をしてみたところで、凶器はどこからも見つからない。女を殺した凶器は胸に刺さってはいるけれど、男を殺した紐のようなものはどこからも見つかっていない。ということは、男は少なくとも誰かに殺されたということだね? 男を殺しておいて、女に見つかったから殺すというのも、おかしな気がする。なぜなら男はナイフを持っていたということだからね、だったら、男もナイフで一突きすればいいだろう? あの断末魔の表情を見れば、かなり苦労して殺しているわけだろう? 一思いに殺してしまった方が、楽だろうからね。そうやっていろいろ考えて、矛盾を潰していくと、やはり二人とも他殺であり、それも、何か偽装工作をしないといけない事情があったと考えると、その偽装工作の理由として考えられるのが、他の場所で女は殺されたということになるんじゃないだろうか? ちょっと強引ではあるけど、自分の中では辻褄が合っているだけに、合理的な感じがするんだ」
と、辰巳刑事は言った。
「女は、他で殺されて運ばれてきたんじゃないんですか?」
と山崎刑事が言ったが、