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動機と目的

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「確かにそうなんですが、先ほど山崎君から電話で聴いた話を総合すると牛乳だと思えない気がするんです。牛乳は確かに白くてべたべたしていますが、時間が経つと分解して。白い色は抜けていくものだと認識しています。ぶち撒かれてからどれくらいの時間が経っているか分かりませんが、ずっと白い色のままだとすれば、牛乳ではないような気がしますね」
 と清武所長は正直に答えた。
 しかし、その回答をするのに、しばし悩んでいたように感じたのは、山口であった。
――ということは、あれはやっぱり……
 と感じたが、それを口にする勇気は到底なかったのだ。
「そのご意見は参考にさせていただきます」
 と言って、それ以上、このことについて言及することはなかった。
 清武は、
――この成分が何であるかは、警察の鑑識によって分かることであろう。それを会社の秘密として、機密部分は内緒にしてくれるのは大丈夫だと思うが、もし私が危惧しているずっと研究中だった牛乳アレルギーにも大丈夫な製品が試作品状態になってきたことを後悔しなければならないだろう。そんなことは捜査が始まれば分かることなのに、それを今わざわざ聞いたということは、物質そのものというよりも、その物質は会社の、いや、開発部にとってどれほど大切なものかということを知りたくて、私を使ってカマを掛けてきたのではないだろうか?
 と考えていた。
「当たらずとも遠からじであろう」
 と思うのだった。
 さらに警察が一番不思議に感じていることを、清武も同じように感じていた。
「なぜ、そんな臭いのきついものをその場に放置したのだろう?」
という思いであった。
 警察のほうの考えでは、
「臭いをきつくすることで、中に入るのを制限し、少しでも検屍の時間を後ろにずらそうとしているのではないだろうか?」
 という考えである。
 これはアリバイトリックと結びついて考えられるもので、犯行時刻の幅を広げることで、犯人がアリバイを作ろうとしているのではないかという考えである。
 しかし、死亡推定時刻というのには幅があるのは当然のことなので、推定される犯行時刻に、揺るぎないアリバイを作ってさえいれば、それ以上疑われることはない。
 逆に、犯人ではありえない人のアリバイが曖昧になってしまい、深く会社内の事情や、個人の秘密を知らない警察は、きっと犯人に目星をつけると、その人を犯人と決めつけた偏った捜査をするに違いない。
 それを辰巳刑事は考えていた。
 今までの数多い犯罪事件の捜査の中で、
「事実は小説よりも奇なり」
 という事件がいくつもあった。
「そんな、探偵小説じゃあるまいし」
 と言って笑っていたが、最終的には消去法で探るとそれ以外の結論が出てくることもなく、やはり想像通りの結末だったということもあったのだ。
 そんな辰巳刑事でも、今の状態を打開することはできない。
「なぜ臭いを強烈なものにしたのか。何かの薬品を使いたかっただけで臭いはただの副産物でしかないのか、それとも臭いに何か意味があり、検屍を遅らせるなどの思うがあったのか? しかし、それも考えにくい。仮にも彼らと手開発者であり、科学関係への知識は一介の刑事なんかよりもよほど優れている。そんな連中がいまさら、少しだけ検屍の時間をずらしたり、広げたりしただけで、何の効果があるというのか、今は科学捜査も昔に比べて段違いで発達していて、DNA検査で何でも分かってしまう時代ではないだろうか?」
 と、考えたものだ。
 確かに探偵小説の世界のトリックと言われていたもののいくつかは、科学捜査の発展で、ほとんど使えなくなってしまった。
 例えば、
「死体損壊のトリック」、
 いわゆる、
「顔のない死体のトリック」
 と呼ばれるものは、首を切り取って隠したり、指紋のある指を切断したり、顔をめちゃくちゃにして、分からなくしたりとトリックとして十分なものだったが。今ではDNA検査の判明確率もほぼ百パーセントに近く、首や指紋がなくっても、死体が一部でも発見されると、被害者を特定できるくらいの時代になってきた。そういう意味で、トリックとして使えるののは、物理的なものから、心理的なものに変化していっていりのではないかと、考えるようになった。
 ただ、それも、
「事実は小説よりも奇なり」
 という事態があってのことであって、ありきたりの事件では、解決は時間の問題だと言ってもいいだろう。
 だから、死体の発見現場で、不可思議なことが多ければ多いほど、辰巳刑事は燃えるのだった。
 実はもう一つ辰巳刑事が来雄丈所長に、どうしても聞きたいことがあった。
「ところでなんですが、殺された女性、波多野千晶さんのお父さんも、この会社にお勤めということですよね?」
「ええ」
「副所長をされておられるとか伺いましたが、その副社長なんですが、まだお見掛けしておりませんが、どうしたんでしょうか?」
 と、聞かれて愕然とした。
――そうか、そういえばまだ自分も今日は波多野副所長に遭っていないな――
 と思っていたが、まさか先に刑事の方から指摘されるとは、思ってもいなかったことだっただけに、清武は少し狼狽してしまった。

            不倫の末に

 第一報を受け取った時、山口が連絡しようというのを受け取り、自分が関係者に対して連絡をするという役目を自らに課した清武だったが、あの時、まずは副所長に連絡を入れた。
 二度、三度とけいたいを鳴らしたが、一向に出ようという素振りがなかったので、しょうがないので、取締役に連絡を入れた。
 取締役からの指示としては、
「とりあえずは君は出社して、警察が来ているだろうから、警察にできるだけ協力をして、真実が判明するように、現場を回してほしい。そしてその都度何かあわば、我々に報告をしてほしい」
 と言われた。
 そして続いて、
「それ以外の連絡は私の方で行っておくから、君は現場に集中してくれたまえ」
 と言われて、
「副所長の波多野さんに連絡が取れなかったんですが」
 というと、
「いいんだ。そこは我々が連絡を取ってみるから、まずは君は現場の状況を何とかうまく頼むよ」
 と言われた。
 だから、そのうちに副所長にも社長から連絡が行っていると思っていたのでタカをくくっていたが、一体どうしたことだというのだろう?
「副所長には、朝一番で私が連絡を取ってみたんですが、連絡が取れませんでした。それで社長に報告すると、連絡は茶長の方で、皆さんに入れておいてもらえるので、私には現場に行って、社員を取りしきってほしいと言われたんです」
 と、少し警察に安心感を与えるような表現で話したが、概ね間違っているわけではないので、これでよかったはずだ。
「そういうことですと、今のところ副所長は行方不明ということですね?」
 と念を押されて、
「ええ、その通りです」
 としか答えられなかった。
 これは完全に副所長は不利である。
作品名:動機と目的 作家名:森本晃次