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短編集121(過去作品)

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 学生時代の夢を見たということは、未練や後悔を払拭しなければならないだろう。そこで考えたのが、
「田坂に連絡を取ってみよう」
 ということだった。やはり、あのまま二人にもう会うことがなければ、たくさんの疑問と、後悔を残したままになりそうで、わだかまりにしたくはなかった。
 田坂の住まいは、マンションだった。三LDKで、子供ができてもいいようにということで、用意周到な彼らしいところがあった。近くの駅までは田坂が迎えに来てくれて、マンションまで十五分ほど徒歩で掛かるということだったが、適当につまみを買って行こうということになりスーパーに寄ると、徒歩の時間が短く感じられるから不思議だった。
「ただいま」
 跳ねるような声が響いて、田坂がマンションの扉を開けた。部屋の中からは暖かい匂いが漂っていて、カレー風味の香りは暖かな家庭を印象付け、
――幸せとはこういうことなんだ――
 と思い知らされた。自分が結婚したら、こんな生活をしてみたいという理想の家庭を見ている気がした。
「おかえり」
 明るい声が中からも響き、佳代子が飛び出してくる。
「いらっしゃい」
 以前と違って表情はにこやかだ。明らかに学生時代の顔である。思わず利久も微笑み返す。だが、どうしても心底楽しい笑顔にはなれない。そのことを佳代子は分かっているのだろうか。
 部屋の中は想像通り暖かかった。蒸し暑さもあるくらいで、少し風邪気味なのも手伝ってか、最初から眩暈のようなものがしていた。
 カレーの香りはボーとしている頭の回転を何とか正常に保とうとしてくれる。にこやかな時間が過ぎていくが、会話の中心は主催者とでも言っていい田坂だった。大学時代から話題性には困らないほどの雑学の知識は健在で、楽しい会話であったことに違いない。
 それでも時々佳代子の視線を感じる。佳代子の視線はいつも気付かないうちに始まっている。
 ドキッとしてしまうことはいつものことだったが、風邪気味なのでそこまでの興奮はなかった。
「大丈夫?」
 途中でトイレに立った利久の後ろから佳代子が追いかけてきて、声を掛けてくれる。
「少し顔色が悪いみたいだけど?」
「ああ、大丈夫だよ。ちょっと風邪気味なだけだからね」
 本当のことだったが、人に分かるくらい顔色が悪かったのだろうか。洗面所の鏡を見るくらいでは分からなかった。
「今度、二人だけで食事でも行きましょうね」
 悪びれる様子もなく、佳代子は囁きかける。百貨店で見かけた時の戸惑いの表情はすでにそこにはなかった。
 その日はあまり遅くならないようにしようと思っていたが、終電前までに帰ればよかったのに、
「もうそろそろお開きでもいいか」
 と田坂の声が響くと、思わず佳代子の顔を見た。
 視線が合い、その表情には寂しさが感じられたのを見ると、視線が合ったことが偶然のようには思えない。
 駅までは一人で帰ったが、マンションを出て何となく後ろめたさを感じながら振り返ると、部屋の明かりが時々明るくなったり暗くなったりしている。暗いといっても消えるほどの暗さではなく、電球が切れるか切れないかという明るさか、電圧が掛かりすぎていて、供給が追いつかない時に似ている。そこが気持ち悪さに拍車を掛けた。
 中が暖かかったせいもあって、表は少し風が吹いただけでもかなり寒く感じる。マンションを離れるにしたがって、風の勢いが増してくるように思えてならなかった。
――一体、どんな話をしたのだろう――
 時間的には三時間近くいたことになる。三時間という時間は、学生時代だったら、あっという間だったに違いないが、懐かしさを感じる間は、思ったよりも時間が過ぎてはくれなかった。
 しかし、過ぎてしまうと、今度はどんな内容の話だったか覚えていない。おぼろげには
覚えているのだろうが、ハッキリとしないのだ。
 夢のような内容だったのか、それとも現に切り替わる瞬間に見たものだったのか、夢について考えることがあるが、まさにそんな感じだった。
 話の内容はさておき、次の日になると、佳代子から会社に電話が掛かってきた。
「一度ゆっくりお会いしたいんですが」
「それはいいんだけど、田坂に悪くないかい?」
「ええ、いいんですの。あの人のことで相談したいこともありますから」
「そうですか?」
 ここまでは普通の会話だったが、
「利久さんは私と会いたくないの?」
 電話口から聞こえただけの声だったが、その表情が想像できた。しかし、学生時代の佳代子からは、そんな切羽詰ったような雰囲気は感じられなかった。いつも気持ちに余裕があって、人を自分のペースに巻き込むことがうまく、自分のペースは人に合わせたペースなので、実にうまく事が運んだのだ。
「いや、そんなことはないが」
 焦りまくっているのが分かる。女性からそんな言葉を言われれば男冥利に尽きるというもので、
「一度でいいから言われてみたい」
 と思う言葉の一つだった。
「じゃあ、今度の土曜日などいかがかしら? 田坂はちょうど出張でいないのよ」
 旦那が出張でいない間に、いくら学生時代の友達とはいえ、人妻に会うのだ。情事の匂いが漂わないわけはない。
 理性や自尊心が、ドキドキした気持ちに立ち向かう。今までなら断っていたかも知れないが、それだけ意志が弱いということか。
「いいよ。じゃあ、君の指定するところに行ってあげよう」
「ありがとう。私、楽しみにしているわ」
 三日後に佳代子から連絡があり、
「お待ちしています」
 念の入れようは尋常ではない。今すぐに遭いたいとでも言わんばかりである。
 彼女が指定したのは、学生時代に一度一緒に出かけた公園だった。
 都心部には大きな池を中心に、公園が広がっている。外周は三キロほどあって、マラソンやジョギングにはちょうどよかった。ベンチも適度な距離に置かれていて、デートには一番いい環境だ。池の上では貸しボートもあり、そういえば学生時代には一緒に乗った記憶があった。
 池の上から丘を見ていると、不思議な気分になった。それまで自分たちがいた世界なのに、まったく違う世界が開けたような雰囲気だ。
「このままずっとここにいたいわね」
 誘われている気がするくらいだったが、学生時代ウブだった利久には、その言葉に答えるだけの勇気はとてもなかった。
 いよいよ待ち合わせの日、前日まで降っていた雨も止んで、日が差し込んでくる。
 風も適度にあるので、蒸し暑いかと思ったが、それほどでもない。雲ひとつな天気に湿気も吹き飛ばされたようだった。
 軽く食事を取り、ボートに乗って楽しんでいたが、次第に佳代子がソワソワし始めた。
 性格的にウソがつけない方で、気持ちがすぐに表にあわられるのは、佳代子のいいところでもあった。だが、得てしてそういう性格の人は我を通そうとしているように見えて、頑固さが滲み出ているようだった。
「今日は、二人きりになれる場所に行きたいわ」
 ソワソワが妖艶な雰囲気に変わっていく。彼女もできずに、女性とこういう関係になることなどなかっただけに、逆らうことはできなかった。強引に手を引っ張ってホテル街へとつれてこられた。まだ明るいというのに、この堂々とした態度は男では想像がつかないことだ。
作品名:短編集121(過去作品) 作家名:森本晃次