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短編集121(過去作品)

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悪夢のトンネル



               悪夢のトンネル

「浦島太郎」の話を思い出すことが、人生の中で何度あるだろう?
 海岸を歩いていた一人の青年、浦島太郎。彼は自分の運命を知りながら、海岸を歩いていたのか不思議だが、少なくとも、何かの兆しがあったのではないかと思う。人それぞれで感じ方は違うが、そこから始まっている話なので、信憑性は少なくはない。
 それまで、太郎がどんな人生を送ってきたのか、そして彼がどんな人物で、家族は誰がいるのかなど、詳しく知らなければ通り過ぎてしまう話である。
 元々おとぎ話の類は、中途半端で終わっていることが多い。どうしても、子供相手の話なので、あまり露骨な話はできないであろう。ハッピーエンドを迎えなければ教育上よろしくはない。
 しかし、おとぎ話というのは、学問や倫理の世界に綿密に結びついているとも言えるだろう。
 月に返っていく「竹取物語」にしても、月というものに対しての人間の感覚が生み出したものであろうし、金太郎の話にしても、
「最後は武士になった」
 という結末を知らせてしまえば、夢も何もないことになるだろう。金太郎は、武士になって、源頼光に使えた「坂田金時」だと言われる。源頼光といえば、大江山の鬼退治で有名であり、どこか金太郎と他のおとぎ話とが重なってしまってややこしくなってしまう。
 一寸法師のように最初から武士になったという話とも混同してしまうし、また桃太郎のような鬼退治の話にも類似している。
 一つの逸話から、たくさんの物語が生まれるのであれば判らなくもないが、いくつもの逸話が重なって一つのおとぎ話が生まれるというのも面白いものだ。おとぎ話を見ていると実に興味深いではないだろうか。
 浦島太郎は、亀を助けて竜宮城へいき、そこで楽しいひと時を過ごして丘に帰ってみれば、時代は相当進んでいて、自分を知る人もいなくなっている。しかも自分の墓を見つけるというおまけつきではないか。
 しかも過ぎ去った年月は、七百年が経っているというではないか。実に壮大なものである。
 この話は実に科学的にも裏付けられている話であったりもする。
 光の速度を超えるものがあるとすれば、時間はほとんど経っていないというアインシュタインの「相対性理論」に基づくものでもある。
 浦島太郎の話が相対性理論の発見される何百年前に書かれたとすればすごいことだ。ひょっとして、浦島太郎は七百年後の世界で、相対性理論に遭遇することになったと考えるのは、飛躍のしすぎであろうか。
 とにかく浦島太郎の話にはあまりにも諸説が多すぎる。いろいろな学説もあるし、実在したかどうかもハッキリとしない。あくまでもおとぎ話なのであろう。
 それでも浦島太郎を研究するグループがないとは言えない。
「火のないところに煙は立たない」
 と言われるが、何か根拠がなければ書けるものでもないだろう。どんなに想像力が発達していても、今の世の中のように、「相対性理論」や「タイムマシン」の研究が理論上で研究されているならば分からなくもないが、まったく何もないところからの発想だとすれば、予知能力と言っても過言ではない。
 ここに一人大学の研究室で、浦島太郎の研究をしている人が一人いるが、彼はまだ若く、大学教授の助手でしかない。だが、それでも教授を信じて研究を進めているが、次第に自分が何者なのか分からなくなってくる錯覚に陥っていた。
 彼の名前は、黒田利久という。
 大学を卒業して、一般の会社に就職していたが、会社が倒産してしまって、時間を持て余している時に、教授から話があった。
「君の大学時代の論文を見せてもらったが、実に興味深い。一緒に研究してくれればいいんだが」
 会社で仕事をしていた時に一度声が掛かったことがあった。会社では営業をしていて、大学時代の研究とはまったく畑の違うことだったので、
「今は仕事を一生懸命にやることしか考えられないんですよ。せっかくのお話で恐縮ですが、今の仕事に集中させてください」
 と丁重にお断りした。
「そうか、それは仕方がないな。だが、その気になったら、声を掛けてくれよな」
 といわれ、
「ありがとうございます」
 と返事をしておいたが、まさか、本当にこんな機会が訪れるなど思いもしなかった。
 しかし、この話の発端になったのは、彼が教授から誘いを受ける三年前、つまり、まだサラリーマンだった頃だ。利久は百貨店に勤めていた。仕事は販売だったが、店内での仕事は人に対しての接客ばかりではなく、どちらかというと売り場作りの方に興味があった。
 接客は女の子に任せ、ほとんど売り場をどうするかという発想ばかりに頭を巡らせていた。
 売り場の移動は何度もあり、食品売り場から婦人服、紳士服売り場と、まったく畑の違うものも経験した。
 同じ百貨店が県内に三軒あった。すべてに勤務経験があり、ほとんどの売り場も経験していた。短い期間で売り場を転々とさせるのは、有望な社員に対して行う会社の常套手段である。利久もそのことを肝に銘じて、意気に感じながら仕事をこなしていた。
 利久は職場の女性から人気があった。彼女がいるわけでもなく、利久としては、
――彼女よりもまずは仕事だ――
 と思っていた。仕事をこなすことの楽しさが一番分かっていた時期でもあって、現場での仕事が自由の利く仕事として自分に合っていることを感じていた。
 本部の部長が時々見回りに来ていた。いつも抜き打ちで来ていたが、他の売り場の責任者が説教されているにも関わらず、利久が責められることはなかった。
「あいつ、コネでもあるんじゃないか?」
 と囁いているやつもいると聞かされたが、そんな連中に限って、こちらが見ていても、実に要領が悪い。
 要領が悪いのは、自分のせいだと思っていないところが厄介なところである。だから、妬みのような言葉が出てくるに違いない。
 そんな時に、利久の売り場に一組のアベックが来店した。利久はいつものように奥で売り場の設営を考えていたが、ふと表を見ると、女性店員が相手をしている女性に見覚えがあった。
 大学時代に好きだった柴田佳代子であった。彼女に告白などしたこともなく、三年間ほどずっと片想いであった。
 かといって、その間に彼女がいなかったわけではない。数人の女の子と付き合ったが、なぜか長続きしなかった。ほとんどが、相手にフラれるパターンだが、それほど悲しいというわけでもなかった。むしろ、安心感があったと言ってもいいだろう。
 だが、それが佳代子への思いの強さだと思い切るまでに、しばらく時間が掛かった。
 佳代子は知り合ってから卒業まで、ほとんど雰囲気が変わらなかった。その雰囲気のまま、利久の勤めている売り場に来ている。
 大学時代の思い出が頭をよぎったが、それ以上に、懐かしさからドキドキした気持ちになったことなど久しぶりだったことを感じていた。
 卒業してから数ヶ月は、学生時代の思い出が頭に残っているものである。その時が一番佳代子を思い出していた。
作品名:短編集121(過去作品) 作家名:森本晃次