十死零生の空へ
第二〇一海軍航空隊は、帝国海軍に属する戦闘機部隊である。その本部は、マバラカット飛行場のそばにある古い洋館を接収したものだった。
数台の電信機がならぶ通信室を過ぎると、司令室へつづく両びらきのドアがある。
一歩なかへ入り、直立不動の姿勢をとった。
「三〇一飛、関、参りましたっ」
室内には四人の幕僚たちが顔をそろえていた。関は、中央にいる玉井浅一中佐のまえに進み出て、敬礼をした。
「お呼びでしょうか?」
「ああ、休憩中のところ済まないね」
玉井がゆっくりと書類から顔をあげた。
その目が少し泳いだのを、関は見逃さなかった。
嫌な予感がした。
「じつは頼みたいことがあるのだ。君も承知のとおり、戦局は日々悪化の一途をたどっている。この状況を打開するために、捷一号作戦が発令されたことは知っているだろう。そこで我が二〇一空としては、連合艦隊を支援するために特別攻撃隊を編成することとなった」
ひと呼吸おいてから玉井は、関の表情をうかがうようにして言った。
「ついては君に、その指揮を執ってもらいたいのだが」
関は心のなかであっと叫んだ。
それで俺を呼んだのか――。
特攻隊の噂は彼も耳にしていた。二百五十キロ爆弾をくくりつけた零戦で、敵に体当たりするのだ。米軍の大艦隊がレイテ島へ迫っている今、そんな作戦もありえるだろうとは考えていた。しかしまさか自分に白羽の矢が立つなんて……。
少し考える時間をいただけませんか。
そう言おうとしたが、それを察したかのように玉井がたたみかけた。
「君が行ってくれると非常に助かるのだ。じつは猪口参謀とも話し合ったのだが、最初はやはり海軍兵学校の出身者を行かせるのが筋だろうということになってな」
隣にすわる先任参謀の猪口力平大佐がうなずく。彼は先ほどから、射るような目で関の顔を凝視していた。玉井がつづける。
「これは今後の戦局を左右する重大な決断なのだ。すでに甲種飛行十期生のなかから志願者を募ってある。時局は切迫している。我々は明日にも飛び立たねばならんのだ」
すがるような目で関を見た。
「頼む、日本の命運が我々の双肩に掛かっている。関よ、必死必中、カミカゼの魁となってくれっ」
もはや返答を先延ばしにすることは許されない雰囲気だった。
関は静かに応えた。
「わかりました。やらせていただきます」