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悪魔のオンナ

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「それはきっと、時代の流れに自分の成長がピッタリと嵌っているからではないかな? その思いは私もこの署にいる頃に感じたことがあった。新人の頃は、そんなことを考える暇もないくらいに、覚える子田がたくさんあった。そして出生して本部に行くことになると、今度は自分だけの時間ではなく、部下を含めた時間になったので、個人として時間を見ることがなくなったので、その感覚を味わうことはなかったんだよ」
「何となく分かる気がします。今の私はきっと本来の時間の流れに沿っているので、一番脂がのっていると言われるような年代なのかも知れませんね」
 というと、
「その通りだよ。やっぱり清水君は私が歩んできた道を後から追っかけてきているような気持ちになることがあるけど、錯覚ではないようだ」
「後ろを振り向いたりしますか?」
「いや、そんなことはしない。絶えず前だけを見ている感覚かな?」
「だから、後ろから追いかけていると、前を歩いている人の存在は感じるんだけど、誰なのか決して見えるわけではないんですよ。その感覚をどう表現すればいいのか分からなかったし、後輩にも味わってほしいと思いながら、どのように伝えればいいのかと思っていたんですけど、本部長と話をしていると、細かいことにこだわる必要はないような気がしてきました」
 と清水警部補は言った。
「清水君も私も、下積みが長く、叩き上げだから、お互いに気持ちもよく分かるというものだが、キャリア組にはないものを持っているという自負があるんだ、それが一つは、『自分が育てた後輩』じゃないかと思うんだ。キャリア組の人はどうしても、下っ端の経験が少ないので、現場でしか培うことのできない『刑事の勘』が分からないと思うんだよ。君の場合はそれを持っているので、きっといい後輩をたくさん育てて行ってくれると思っているんだ」
「ありがとうございます。本部長からそう言われると、その気になっちゃいますよ」
 と言って、清水警部補は笑ったが、
「その気になってもらわないと困るんだよ。今はこの署と県警本部との間で諍いのようなものはないのでいいが、わだかまりができてしまうと、捜査もなかなかうまくいかず、また別の事件で一緒になることがあれば、その時のわだかまりのせいで、最初からぎこちなくなってしまって、捜査もうまくいかないだろうね」
 と本部長は言った。
「ところで本部長は、居酒屋『露風』の女将をご存じですか?」
 と清水警部補は話題を変えた。
 居酒屋「露風」というと、昨日辰巳刑事を連れて行った店ではないか、帰りにひょんなことから事件を知ってしまうことになったが、本部長は、その店の女将を知っているというのだろうか?
「お節さんのことかな?」
「ええ、そうです。今は例の死体発見現場になったガード下を通っていける場所に店を構えているんですよ」
 と清水警部補がいうと、
「そうか、お元気そうかな?」
「ええ、本部長にお会いしたいと言っていましたよ。お節さんがあそこに店を出したのは、本部長が、県警本部に行かれてから半年ほどしてからのことでした。女将さんは歩部長に遭いたいといつも言ってますよ」
「そうなんだ、お節さんは元気でやっているんだね? 安心したよ」
 お節さんというのは、門倉本部長がまだ刑事の立場で、現場を走り回っていた時のことだったのだが、お節さんの亭主が殺されるという事件があった。
 旦那というのは、小料理屋の板前から独立する形で、お節さんと結婚するのを機に、小さな店を構えたのだ。
 その時の借金の問題がこじれてしまったことで、旦那は借金取りの連中に刺されて死んでしまうという事件が起こった。その時の捜査に立ち会ったのが、門倉本部長だったのだ。
 門倉本部長は、ことのほか、お節さんが気になっていたようだ。せっかく結婚もして、これからだという時に、大切な旦那を借金のせいで殺されてしまったのだから、やり切れない気持ちになったのも当然というものだ。
 旦那を刺した犯人はすぐに捕まえたが、その時のショックが大きかったせいか、しばらくお節さんは、入院を余儀なくされた。当時の門倉刑事は、お節さんへの切ない思いを抱いていたこともあって、
「公私の区別もつかなくなるのではないか?」
 と心配されるほどに、お節さんにのめり込んでいたが、それは、まわりからそう見えただけで、普段から事件関係者とあまり関わることのない門倉刑事だっただけに、まわりが余計な心配をしただけのことだった。
 本人には、そんなつもりはなかったのだが、その思いをまわりに見せてしまったと感じた清水刑事は、それ以降、お節さんに関わることをやめてしまった。お節さんはしっかりと立ち直り、新しく店を持つ計画をしているという話を訊いて、門倉刑事も安心したのであったが、それまでは、自分がどうすればいいのか分からずに、頭の中が混乱しているようだった。
「あの頃のお節さんには、まるで置き去りにしてしまったかのような後悔がずっとあったんだけど、彼女は気にしているのだろうか?」
 と考えなかったことはなかった。
「本当にあの人はいい人なんだ」
 と、今でも門倉本部長はよく思い出していた。
「じゃあ、まずは、死体発見現場にご案内いたしますので、夜は、お節さんに逢っていただくというのはいかがでしょう?」
「うん、分かった」
 ということになり、まずは、死体が発見された場所へと、門倉本部長を案内することになった。
「第一発見者というのは、どういう人だったんだい?」
 と訊かれて、
「近所に住んでいる男性でした。仕事の帰りに問題のガード下を徒歩で通りかかったんですが、いつもに比べて、何となくガード下が暗く感じられたんだそうです。あの場所は本当に暗い場所なので、暗いと感じることはあるんですが、いつもとは、残像が残る暮らさったということだったんです。その違和感がどこから来るのかと思ったら、影の濃さにあると思い、初めて壁を見ると、濃い部分が一か所あったので、そこが原因であることに気言づいた。視線を合わせた時と、前を向きながら、横を意識する時とで、後者の方が違和感が強かったというんです。それでおかしいと思って見に行ってみると、そこに男性が倒れていたということだったという話でした。その人は毎日その道を通勤に使っていて、通りかかる時間もいつも似たような時間なので、余計に分かったというんですね。たぶん、よく気になる人でなければ、気付かずにいってしまうのではないかとその人は話していたようです」
 と清水警部補は、そう説明した。
「かなり詳細に分かっているみたいだね」
「ええ、通報があって最初に駆け付けた長谷川巡査が訊きこんだことだったんですが、長谷川巡査は結構、一般市民と話すのがうまく、話しを聴くのも的確で、分かりやすい話を引き出してくれるんです。我々はそれでだいぶ助けられました」
 署から現場までは歩いてもいける距離であるが、その後の行動を考えて、とりあえず車での移動にした。交番からはあらかじめ長谷川巡査を呼んでおいたので、死体発見当時の様子なども聞けるということで、門倉本部長の要請でもあったのだ。
作品名:悪魔のオンナ 作家名:森本晃次