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悪魔のオンナ

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 現場に到着すると、立入禁止の規制札が貼ってあるが、元々人通りも少ないので、余計に仰々しく感じられる。それでも、近所の人が備えてくれたのか、いくつかの花やお菓子が備えてあり、昔からの住宅街ではありながら、近所づきあいなど一切なさそうに見えていたのに、意外と律義なのかと感じた清水警部補だった。
「このあたりの人がお供えしたんだろうね?」
 という清水警部補の質問に、長谷川巡査は、
「そうだと思います。後、考えられるとすれば、被害者の奥さんではないかと思いますが?」
 という話をしているところへ、一台の車が、二人の乗ってきた車の近くに停まると、仲から出てきたのは、山崎刑事と一人の女性だった。
 その女性は髪の毛が腰くらいまであって、ワンピースの上から、コートを羽織ったような服で、見ていて地味ではあるが、前を通り過ぎると思わず振り返ってしまいそうな、イメージとしては妖艶な雰囲気を感じさせる女性だった。年齢的には三十前後というところであろうか、女性としては少し大柄に見えて、隣にいるがたいの大きな山崎刑事と一緒に歩いていても、遜色を感じさせないほどだった。
 そんな女性がかしこまって緊張している姿に見えるから、余計に妖艶さを感じさせるのだろう、清水警部補はそう感じた。
 その人が被害者の奥さんであることは、何となく分かった。ただ、昨日ここで倒れていた男性は決して大きな人ではなかったので、一緒に歩いていると、違和感を感じさせることは一目瞭然だった。その人が誰かということは分かっているつもりでありながら、一応清水警部補は聴いてみた。
「山崎刑事、そちらの女性は?」
 と聞かれた山崎刑事から、
「被害者の奥さんです」
 というそれ以外ないと思える答えがそのまま返ってきた。
「ああ、それはご苦労様です」
 と清水警部補は、二人のどちらともになく言った。
 きっとどちらも、自分が言われたと思ったことだろう。
「私の夫は、ここで発見されたんでしょうか?」
 と言って、奥さんはガード下の立入禁止の札の近くまで寄ってみた。
「ええ、そうです。そこで刺されて亡くなっていました」
「そうなんですね……」
 と言って、さすがにそこが自分の夫の最後の場所になったのだと思うと、感極まったのか、嗚咽をしていた。いくらそこにもう死体がないとはいえ、先ほど警察に出頭し、旦那の亡骸と対面しているはずなので、さらに最後の場所を見ることで、余計に辛く感じたのであろう。
 そんな奥さんを横から清水警部補は落ち着いた目で見ていた。
――被害者は、こんなに綺麗な奥さんがいながら、不倫をしていたということか?
 と少し不思議に感じていた。
 この奥さんは、可愛いというよりも、綺麗、美人というタイプだった。こんなに綺麗な奥さんを貰っていると、まわりに見せびらかしたいという気持ちがあるのは当たり前のことである、
 ただ、これは可愛い系の奥さんを貰っていたとしても、同じことだろう。ただそれは奥さんを見せびらかしたいというよりも、
「仲の良さを見せつけたい」
 という気持ちになるのではないかと思うのだった。
 しかし、美人系の奥さんであえば、自分と一緒にいるところというよりも、一人でいて、その人が自分の奥さんだということをまわりに知らしめることで嫉妬心を煽りたいというそんな気持ちにさせるのかも知れない。
 要するに、
「夫の自分ですら、近づきがたいと思っているほどの、綺麗な女を俺は貰ったんだ」
 という思いである。
 ひな壇にでも飾っておいて、観賞用にでもしたいという気持ちを持つ人が実際にはいることを、今までの数多い犯罪事件を見てきたことで、些細なことが動機になることを知っている清水警部補は、こと動機に関して考えた時、
「普通であれば、こんなことで人を殺そうなんて思わないだろう」
 と思うようなことでも、考えてしまうようになっていた。
 それだけ、犯行動機はどんなところに潜んでいるか分からない。これだけたくさんの人がいるのだから、それぞれ感じ方もものの見方も一人一人違うのだから、何を考えているか分からないと真剣に思える人もたくさんいることだろう。
 そう思うと、それだけで、犯罪の幅は広がってしまう。
「こんなことで、人を殺すなんて」
 と思うような殺人は、なるべく少ないに越したことはない。
 動機に触れた時、まわりの誰もが顔をしかめるような表情をしたり、普段はポーカーフェイスなのに、嫌悪や憎悪を表にあからさまに出すという人を見た時、やるせない気持ちにさせられる。意外と普段表情を変えない人が顔をゆがめると、理性に抑えが利かないような表情になるものなのかも知れないと感じた。
 奥さんは、その時まさにそんな表情になった。憎悪や嫌悪を隠そうとすることもない、いかにもあからさまな何とも言えない表情をした。
 それを見て、長谷川巡査は意外な顔をしていたが、山崎刑事、清水警部補、門倉本部長の表情には何ら変化は訪れていなかった。
 長谷川巡査もまわりの表情に変化がないことにも、不思議な感覚を持っていた。
――刑事さんクラスになると、いちいち人の表情の変化に驚いたりすることはないんだ――
 という心境だったのではないだろうか。
「どうですか? 何か気になることでもありますか?」
 と長谷川巡査の質問に、すでに嫌悪の表情は消えていて、また綺麗な女性の少し憂いた表情に戻った奥さんにそう聞いてみた。
「いいえ、別に」
 と言った、消え入りそうなその声を、
――奥さんとしては、憔悴に押しつぶされそうになっているんだろうな――
 という普通の思いを抱きながら聞いていた。
 今の少し憔悴し、愁いを帯びた表情をされてしまうと、相手に疑念を抱かせる雰囲気がなくなってくるように思えるような効果があるのではないかと、清水警部補は感じたのだった。
「ところで、奥さん。少しよろしいですか?」
 と訊いたのは、清水警部補だった。
「あ、はい」
 と、少々驚いて、清水警部補を見たが、すぐに元の顔に戻った。
「先ほど、署の方でもたぶん、事情をお聴かれになったと思うので、ひょっとすると同じ質問を繰り返すかも知れませんが、そこはご容赦ください」
 と言って、清水刑事は前置きをしておいて、
「奥さんはお名前は?」
「私は、三橋の妻の千恵子と言います。夫とは五つ年下で、三十歳になります。普段は近所のブティックで、アルバイトをしています」
 と言って、またしても受ける取り調べに恐縮していた。
「奥さんか旦那さんが、この道を普段から通っているということはあるんですか?」
 と聞くと、
「いいえ、私は初めてきました。夫も会社の通勤路とはまったく違いますので、なぜこんなところでというのが、正直なところなんですよ」
 と言った。
 どうやら奥さんの千恵子は、旦那が他の場所で殺されて、ここに運ばれてきたということを知らないようだ。山崎刑事がわざと話さなかったのか、それとも現場を見てもらったその時に話そうと思ったのかのどちらかのような気がした。
作品名:悪魔のオンナ 作家名:森本晃次