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悪魔のオンナ

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 と答えた。
「ところで、身元の方は分かっているんだろうね?」
 と清水警部補は、今度は山崎刑事に訊ねた。
「ええ、所持品の中に免許証と名刺から、氏名、年齢、職業までは分かっています。被害者は三橋晴信という男で、年齢は三十三歳ということです。会社は、K貿易の営業マンのようですね。名刺にはそう書かれていました」
 と言った。
「連絡はついたかね?」
「ええ、会社の上司という人にちょうど連絡が取れたので、もう少ししてから来られるそうです。家族にはまだ連絡が取れていませんが、会社の方から連絡を取ってもらえるということですので、身元の確認は、すぐにできるのではないかと思っています」
 と山崎刑事は答えた。
「分かった。じゃあ、もう一度、被害者を見せてもらえるかな?」
 と清水警部補は言った。
「何か気になることでもあるんですか?」
 と山崎刑事が聞くと、
「ああ、いや、別に被害状況に疑問があるというわけではないんだけど、どうも、被害者の人に見覚えがあるような気がするんだ」
「えっ、顔見知りなんですか?」
 と山崎刑事に聞かれたが、
「いや、顔見知りというほどではないんだが、見たことがあるという程度なんだけどね」
 と清水警部補は言った。
 一体誰のことを考えているのだろうか?
 清水警部補は、山崎刑事に導かれるまま、
「こちらへどうぞ」
 といって、躯のようなものに包まれている被害者を見た。
 その表情を見ていると、一瞬確かにドキッとしたように見えたが、次の瞬間には、いつもの顔に戻っていて、すぐに被害者から顔をそむけた。
「ああ、ありがとう、どうやら気のせいだったようだ。お手数をおかけして申し訳なかったね」
 と言って、山崎刑事の労をねぎらった。
 それを見て、長谷川巡査や、山崎刑事は、何か釈然としない思いを抱いたが、辰巳刑事だけは、それ以上に、しばらくその時の最初に感じた清水警部補の表情を忘れられないような気がしていた。
――何かを知っているのだろうか?
 とも思ったが、それなら、こんなにも簡単に表情が戻るわけもない。
 しかも、まったく知らない人だというわけでもなさそうだし、そう思うと、最初の驚きがどこから来ているものなのか、想像もつかなかった。
 すぐに気を取り直した清水警部補は、
「捜査本部は明日にでもできるだろうから、それまでにできるだけ集められる情報は集めておいてもらおうか」
 と、山崎刑事に指示をした。
「分かりました。少なくとも今日は被害者の会社の人が来られると思うので、時間が許す限り聞いてみようと思います」
 と、山崎刑事は答えた。
 ただ、やはりこのあたりは想像以上に閉鎖的なところなのか、警察が来ていて、パトランプがクルクル回っている状況なのに、誰一人として表に出て確認しようとする人はいなかった。
 その状況に一番戸惑っていたのは山崎刑事であろう。辰巳刑事も立ち入ったことがないこの場所で、山崎刑事と同じ立場なのだが、辰巳刑事に戸惑いがないのは、この場の責任者としては山崎刑事なので、今の段階では辰巳刑事は他人事であった。
 だが、この時間を辰巳刑事が持つことができたのは、今後の展開上、重要なことであったのだが、それは後述することになるであろう。
 この時の辰巳刑事は、あまりいい表現ではないが、山崎刑事に任せただけの、他人事である。そう思うことで、全体を平均して見ることができているのは、いいことではないだろうか。
 山崎刑事は、本音を言えば、
「貧乏くじを引いた」
 と思っている。
 少しだけ事務処理をして帰るつもりが、刑事課に残っていたのは、自分以外では当直者だけだった。
「よし、じゃあ、俺がいこう」
 と張り切って出てきたことを、山崎刑事は途中から後悔し始めた。
 それは、
「犯行現場が別である」
 ということが分かったことで、単純な通り魔のような事件ではないということが分かったので、今日がすぐに帰ることができないということと、初動捜査の指揮をとらなければいけないということで、まさに貧乏くじだと感じたのだ。
 だが、ちょうど現場に来た時間から、ほとんど間を置くことなく、清水警部補、辰巳刑事のコンビに偶然落ち合ったことが、山崎刑事に安心感を与えた。
 だが、この事件に清水警部補がどこかで絡んでくるのではないかと思うと、捜査本部の責任者には、清水警部補が立つことになるだろうから、そういう意味で、山崎刑事は安心していた。
 だが、貧乏くじという意味では、清水警部補も辰巳刑事にも同じことが言えるのではないか、署を出てから呑みに行った帰りに偶然とはいえ見つけるというのは、ある意味貧乏くじだろう。
 だが、実際には二人とも貧乏くじだとは思わない。下手をすると、呼び出しがかかるかも知れなかったからだ。そう思うと、山崎刑事は余計に自分の貧乏くじを恨めしく感じるのだった。
 辰巳刑事と、清水警部補は、あとを山崎刑事に任せて、その日は帰宅した。長谷川巡査もいつまでも交番を空けておくわけにもいかず、交番勤務に戻っていった。時間としては、十一時前くらいだっただろうか。そのうちにK貿易から総務部長が、奥さんを伴ってやってきて、
「はい、主人に間違いありません」
 と言って泣き崩れる奥さんの肩をしっかりつかみながら、総務部長も頷いていた。
 奥さんの方は、少し取り乱しているようなので、あまり事情は聴けないことを覚悟していた山崎刑事だったが、その分、総務部長から情報を仕入れることにしたのだった。
「ところで、被害者の三橋さんは、誰かに恨まれるようなことがあったりしたんですか?」
 と訊かれて、総務部長は少し考えた末、
「私の方で把握していることとしては、殺されるような事実はありません。彼は営業成績は決していいというほどではなかったですが、問題があるというわけでもありませんでした。いわゆる『可もなく不可もなく』と言った平均的な男だったようです」
 と答えた。
「人間関係の方はどうですか?」
 と聞かれたが、
「プライベートなことは、よくわかりません」
 と、お茶を濁したが、確かに個人情報に関わる話なので、分からないというのが、回答としても正解ではないだろうか。
「奥さんにも聞いてみたいのですが、今の状態では無理のようですね?」
 というと、
「そうですね。あれだけ取り乱されているということは、相当なショックだったんでしょうね。信じられないという気持ちと現実の狭間で、理解できない自分を苛めているのかも知れませんね」
 と、総務部長は答えた。
 奥さんは、いかにも大人しそうな女性であるが、そんな女性が取り乱すと、怖いことになりそうなので、とりあえず落ち着くのを待ってみるしかなかった。総務部長も奥さんも今日は遅いので帰ってもらい、翌日落ち着いたところで、再度、警察にご足労いただくということで、その日は帰ってもらった。
 その日のうちに死体を署の死体安置所に保管し、いよいよ翌日には、捜査本部が出来上がり、K署管内での捜査が本格的に開始されることになった。
 捜査本部の責任者は、県警から一人の警部が派遣されたが、実際の捜査の指揮を執るのは清水警部補ということになった、
作品名:悪魔のオンナ 作家名:森本晃次