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悪魔のオンナ

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 今すぐということはないだろうが、近い将来に訪れるのは間違いのないことだろう。
 二人は署を出てから、ほとんど無口になり、店に着くまでの約十分間、ほとんど会話がなかったような気がする。清水警部補が後ろの辰巳刑事を振り返ることは一度もなく、気が付けば店についていた。
 居酒屋「露風」と書かれた看板が目についた、横扉になっていて、なるほど純日本風の居酒屋を絵に描いているようだった。
「こんばんは」
 と言って先に暖簾をくぐって清水警部補が入っていく。
 頭を下げながら窮屈そうに入っていく清水警部補を見ていると、かなり入りにくい小さな構造になっているかのようだった。
 店に入ってみると、目の前にはカウンターがあり、十人ほどが座れるようだった。奥にはテーブル席が三つほどあり、客はというと、カウンターの奥に一人目の前に一升瓶とコップが置かれていて、すでに手酌でゆっくりとやっているようだった。
――こんなあまり人もこないような辺鄙な場所の、こんなこじんまりとした店に来るのは、そのほとんどは常連でしかないだろう――
 と、辰巳刑事は感じた。
「女将さん、今日は部下を連れてきましたよ」
 というと、ニッコリと笑って、
「あら、そうなの? 珍しいわね。清水さんが誰か連れてこられるのは。そういうことでしたら、今日はゆっくりされるんですね。お話ができる時間も十分に持てそうで嬉しいですわ」
 と言って喜んでいる。
 カウンターの男は清水警部補の名前を聞いて、一瞬ビクッとしたようだが、こちらを振り向くこともなく、コップ一杯あったお酒を、一気に飲み干し、乱暴に一升瓶を開けると、コップに注いだ。
 何かただならぬ心境になっているのか、その仕草は乱暴で、カウンターに日本酒がほとばしっているかのようにこぼれていた。どうやら、この男は、清水警部補の正体を知っているようだ。
 清水警部補は、カウンターの中央近くの席に腰を下ろし、その横一つ空ける形で、辰巳刑事も腰を下ろした
 初めてきた辰巳刑事は物珍しそうに店内を見渡す。
――清水警部補は、こういうお店が好きなんだ――
 そういえば、今までに事件解決の儀祝儀でもあるかのように、清水刑事が二人きりの慰労会の席を設けてくれていた。
 そのほとんどが、この店に似ているような純日本風のお店で、居酒屋好きは今に始まったことではなかった。
「居酒屋が一番料理がおいしいのさ」
 と、いつも飲む日本酒に遭うお店が、清水警部補にお似合いだったのだ。
 お店の方もきっと清水警部補のような客の出入りを感謝しているかも知れない、それだけ店に貫禄があり、清水刑事の性格を表しているかのように見える店もあった。
 そういう意にでは、この居酒屋「露風」というお店は、今まで連れていってもらった店とは少し趣が違っている。やはりまわりの環境が若干違っていたからであろうか。
「辰巳君、どうだい、このお店は。今まで私と一緒に行ったことがあるお店とは佇まいが違うだろう? それもそのはず、都心部で今まで一緒に行った居酒屋は、どちらかというと、普通の居酒屋というよりも、他のお店、例えばバーの雰囲気などが少しだけ入ったそんな店が多かったんだ。。特に市の中心部のような繁華街では、他のお店との差別化をつけるつもりで店を作っていると、悲しいかな皆考えることは同じようで、ちょっと変わった似たような居酒屋がたくさんできたという笑い話のような話なんだよ。そこへいくと、このあたりには、商売敵になるような店が幸か不幸か存在しない。だから、これほど純日本風なお店はないというわけさ。だから、隠れ家にするにはもってこいのお店だろう?」
 と言った。
「ええ、まさしくその通りですね。私もまさか、署の近くにこんな佇まいのお店があるなんて知りもしませんでしたよ」
 というと、
「無理もない。事件というと、どうしても死の注視部になるか、山間が近くにある麓にあたるあたりにできている住宅街やマンション地帯ばかりにしか行くことはないからな。このあたりは別格なんだよ」
 と清水警部補は言った、
「あっ、でもこのあたりって、実はK市だったりしないんじゃないですか? 確かH電車の駅を囲むようにして、K市が突出してきているように思えたんですが」
「まさしくその通りだ。だから最初の頃は何か気まずい雰囲気があって、このあたりにこなかったが、今では落ち着きたい時には寄るようにしている。まさかプライベートにまで管轄があるわけではあるまい」
 と言って笑っていた。
 なるほど、今まで清水警部補が敢えてこのお店に連れてこなかったのか分かった気がした。これがもっと若い連中なら遠慮したかも知れないという微妙なところに店があるからだ。
 もっとも清水警部補の性格からいけば、最初にここがK市の管轄ではないことを口にしただろう。それでもいいと一緒についてきてくれる人以外を連れてくる気にはならなかった。
 そのおかげで、隠れ家としてずっと成立してきたのかも知れない。
 だが、今回のこの心境の変化はどこから来るのだろうか?
 奥の方にいて、意識しないように正面を見ながら呑んでいる客も、妙な雰囲気を醸し出している。
――あの男も只者ではないかも知れないな――
 と辰巳刑事は考えた。
――清水警部補はあの男のことを知っているのだろうか? 知っているとすれば、どこまで知っているというのか?
 そのあたりが大いに興味をそそった。
 清水警部補は、その男のことを意識はしていなかったが、その男は清水警部補を、露骨にも見えるほど意識していた。
「清水さん、いつものを行かれますか?」
 と女将に言われ、
「ああ、そうだね。二人で一緒に飲むことにしよう」
 というと、
「あいよ」
 という切符のいい返事が返ってきた。
 このあたりが清水警部補の気に入ったところなのかも知れない。相手が女性であっても、こういう感じの明るい人が警部補は好きだった。
 だが、黙って黙々と仕事をしている様子を垣間見ると、彼女は元気がいいというよりも、しっとり系に見えてくるから不思議だった。後ろから見た時の和服から垣間見えるうなじが、純日本風を醸し出しているようで、何とも、妖艶な雰囲気を醸し出していた。
「今日のおすすめの刺しものは何かあるかね?」
 と聞くと、
「サーモンのいいのがありますよ」
 と言われ、清水警部補がサーモンには目がないことを知っているだけに、今日、清水警部補がくると分かっていて、サーモンを仕入れたのだと思うのは邪推であろうか。
 よく見ると、先に来ていた客のテーブルにもサーモンが置かれていて、実においしそうに見えるのは、気のせいであろうか。
 辰巳刑事と清水警部補がその場で感じたサーモンについてのイメージが、少し違っているかのように感じた辰巳だった。
 やってきたサーモンを口にしながらの日本酒は、また格別だった。
 サーモンのとろけるような冷たい舌触りと、熱燗の暖かさが喉に入るたび、最近寒さが徐々に増してきていることで冷え切っていた喉の奥を潤してくれるようだった。
「これはおいしいですね」
作品名:悪魔のオンナ 作家名:森本晃次