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悪魔のオンナ

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 清水警部補の中では、そんな辰巳刑事の性格はよく分かるようで、自分とは違う性格ではあるが、
「もし、自分に弟がいたら、辰巳刑事のような弟なんだろうな?」
 と思っていた。
 清水警部補は一人っ子だったので、弟がほしかったという思いは強く、大学時代には後輩をよく可愛がっていたので、
「優しい先輩」
 として後輩からも人気があった。
 その雰囲気のまま警察に入ったので、後輩から次第に慕われる人となっていて、本人にはそんな意識はないのだが、
「後輩思いという意味では、清水君の右に出る者はいないだろうな」
 と署長などからも言われていたほどであった。
 しかも、そんな清水警部補の弟としての候補は、満場一致で辰巳刑事の名前が挙がってくる。
 そのことは清水警部補も辰巳刑事も分かっているだけに、言われると、苦笑いをしてはいるが、嫌な思いは決してしているわけではなかった。
 どうやら、椎津警部補は馴染みの店があるようで、辰巳刑事が見ていても、
――この人が、誰かに会えると思って楽しみにしている時の顔だ――
 と感じている時に見えた。
 それだけ清水警部補も辰巳刑事が見ていて分かりやすい性格であり、他の人が羨むくらいの仲であることは一目瞭然だったのだ。
「私も最近、足が遠のいていたので、なかなか一人では行きづらくてね。辰巳君が付き合ってくれると嬉しく思えてね」
 と、言いながら、清水警部補は歩を進めるのだった。
 辰巳刑事も今まで清水警部補の誘いでいくつかの店を知っていたが、それはK市中心部の、繁華街であり、人通りも多いところであった。辰巳刑事は清水警部補の性格を知っているので、たぶん、隠れ家のような店を知っているのだろうが、それを人に教えるということはしないだろうと思っていた。
 それなのに、今日自分を連れて行ってくれると言っているのは、自分の鬱になりやすいことを口実に、何か企んでいるのではないかと思えた。
 他の人なら、そんなあざといことをされるとちょっと引いてしまうのだが、相手が清水警部補であれば、逆に微笑ましい気がする。他の人になら絶対に話さないようなことでも自分になら話をしてくれるという感覚に、有頂天になるくらいであった。
 清水警部補は、優しい奥さんも、中学生になる娘さんもいて、家庭円満であった。いつも辰巳刑事に対して、
「家庭っていいものだな」
 と言っているくらいなので、家族に対しての不満はなさそうだ。
 それだけに、不倫などという言葉が一番似合わない人だという認識でいたので、今日連れて行ってくれるという、隠れ家のような店がどういうところなのか、興味半分、少し怖さも半分というところであろうか。
 署からその店までは歩いても十分ほどということだった。例の狭い道をうねるように通っていくので、もし、別の日に一人で店まで来いと言われれば自信がないかも知れない。
――警察官のお膝元なのに、ここまで知らなかったとは、恥ずかしいと言ってもいいかも知れないな――
 と思うくらいだった。
 そういう意味で、清水警部補はよく知っていたものだ。やはり、お膝元なので知らないというのもおかしいと思い、自分なりに探検をしてみたのかも知れない。清水警部補にはそれくらいの茶目っ気もある。茶目っ気と言ってしまうと失礼に当たる。好奇心旺盛と言わなければいけないだろう。
 そろそろ年末も近づき始めた十一月の下旬くらいなので、もう、六時というと結構暗いものであり、点在する街灯日足音から伸びている影が、放射状にいくつか見えているのを感じるのは、実に気持ち悪いものである。
清水警部補は前だけを見ているようだが、こういう時の知らない道で、しかも真っ暗な道というと、足元だけをどうしても見てしまうのが辰巳刑事の癖のようになっていた。
 普段はオニ刑事と言われている辰巳刑事だったが、実は臆病者だった。
 子供の頃からお化けが怖い少年であり、今でも暗闇での張り込みなどは、気持ち悪く感じていることもある。
 さすがに怖いとは言えないで何とかごまかしながら捜査していると、まわりの刑事も気づいてくるというもので、皆が怪しいと思った時、椎津警部補が急に理由もなく辰巳刑事を叱責することがある。それは、辰巳刑事にまわりの目を見るように促している時で、最初そんな警部補の気遣いが分からなかった時は、
――なぜ僕がこんな剣幕で起こられなければならないんだ?
 と感じていて、心細く鳴ったり、しょげかえってしまって、眠れなかったりもしたが、清水警部補の優しそうな眼を見ているうちに、次第に自分への優しさから、まわりの目を気にしなさいと言ってくれていることに気づくようになった。
 次第に刑事らしさを出してきた辰巳刑事を清水刑事も頼もしく思うようになり、今では何も言わなくなった。何も言わなくてもいうことを聞くと思っているからであり、いいコンビの風格が現れてきた頃だった。
 さすがに臆病なところは治っていないが、貫禄が出てきたおかげで、清水警部補が気にしなくてもいいほどになってきたことを辰巳刑事も感じるようになり、
「今度は自分が後輩の面倒を見る立場になってきたんだな」
 と感じるようになっていた。
「辰巳刑事も、いよいよ一人前だな」
 と言って、口でも辰巳刑事に敬意を表するようになると、清水刑事は、ちょうどその頃に警部補に昇進したのだった。
「肩書が変わっただけで、ここまで貫禄が違うとは」
 と、まわりの刑事はそう感じていたようだが、辰巳刑事はまったくそんなことはなかった。
「皆なんで、あんなに清水警部補が違う人間になったような目で見るんだ? 確かに尊敬するのは分かるけど、それだったら、刑事の時からだって同じことではないか」
 と、辰巳刑事は感じていた。
 それは辰巳刑事が、人との距離を感じさせない佇まいだったからだ。辰巳刑事のような近しい人間には、その思いが通じて、素直に近づけるのだが、部下の連中は、どうして自分たちから見れば、いつまで経っても雲の上しか見えず、そこから声がしてきて、姿さえも燃えないのではないかと思うほど遠ざかってしまったかのように見えるのは、自分たちも少しずつ成長しているからで、目指す相手を清水警部補だと決めているからだろう。
 もし、そんな彼らに、
「将来、どんな警察官になりたいか?」
 と聞かれると、清水警部補を頭に描きながら、
「清水警部補のような状況判断に優れた警察官」
 と答えるだろう。
 それは暗に自分も将来捜査の指揮をとってみたいという意識があるからに違いない。
 辰巳刑事もその気持ちと変わりはなかったが、コンビとして接していると、いつの間にか自分も清水警部補に似てきたような気がして、目指す相手を清水警部補だと定めてはいたが、それ以上も目指しているのを感じた。
 それは、冷静沈着な清水警部補には自分のような勧善懲悪の熱血漢がないように感じられたからであった。
 コンビを組んでいる間はそれでもいいのだろうが、清水警部補が完全な指示者となり、捜査本部で捜査員の情報を待っているだけとなった時は、その時こそ、今度は自分が今までの清水警部補と同じ立場になり、後輩を指導してくことになることを覚悟はしていた。
作品名:悪魔のオンナ 作家名:森本晃次