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悪魔のオンナ

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「長谷川巡査とお美紀ちゃんという組み合わせはさすがにビックリしたけど、今日はどうしたんだい? お美紀ちゃんが何か今回の事件で、何かを証言してくれるというのかな?」
 と、清水警部補が聞くと、その答えを長谷川巡査が口にした。
「実は、本日、K警察署に二人で寄らせていただいたのは、ここにおりますお美紀ちゃんの被害届を提出するためにやってきました」
 と、これも意外な話をいうではないか。
「被害届?」
 と辰巳刑事が聞いたので、ここから先を当の本人であるお美紀が長谷川巡査から引き取る形で話し始めた。
「ええ、実は私、昨年暴行されそうになったんです。時期としては、今から一年くらい前だったかも知れません。場所はこの事件のあった例のガード下でした。実はあそこはよくひったくりや暴行事件が起こるということで有名な場所で、私も危なかったんですが、ちょうど通りかかった長谷川さんに助けていただきました。本当はその時に、警察に届けなければいけなかったんでしょうが、未遂だったし、私が家族や学校に知られたくないという理由から、長谷川さんにこのことは他言しないように私から頼みました」
「じゃあ、知っているのは長谷川君だけなのかな?」
 と清水警部補が聞くと、
「いいえ、露風の女将さんも知っています。知っていて、私の意見に従ってくれたんです。当時私はまだ女子大生でもありましたし、本当をいえば、もし警察に届けて、その人が逮捕されて、私が法廷に立たなければならなかったり、証言を強要されるようになるのが急に怖くなったんです。裁判になって、その人が有罪になったとしても、暴行だったら、すぐに出てくるとでしょう? もっともあそこは犯罪が多発していたので、被害者は私だけではないと思っていたのですが、他の人も同じ理由で被害届を出していなければ、私が告訴の首謀者のようになって、犯人がもし逆恨みをするとすれば私に向いてしまいます。そうなると。誰が私を助けてくれるというのでしょう? そう思うと怖くて怖くて、とても被害届など出すことはできませんでした」
 と言って、涙を浮かべていた。
 横で聞いていた長谷川巡査は、肩を抱くようにして、お美紀ちゃんを支えていたが、
「私はこんなちょっと触っただけでも折れてしまいそうな彼女を見て、とても、被害届を出してほしいなんて言えませんでした。警察官がいくら逆恨みがあるかも知れないと分かっていても、四六時中彼女を守り続けるのは不可能なんです。それは巡査である自分が一番分かっています。だから、いけないことだと思っていたんですが、お美紀ちゃんの意志を尊重し、私が守ってあげようと決めたんです」
 と長谷川巡査はハッキリとした口調で語った。
「じゃあ、今日はどうして意を決したかのように、被害届を提出に来たんだい?」
 と清水警部補に訊かれて、
「ええ、お美紀ちゃんが、被害届を出したいと言い出したんです。お美紀ちゃんがいうには、今回の殺人は、自分が黙っていたことから起こったことではないかというんです。私や女将が、それは違うと言っても、お美紀ちゃんは聴きませんでした」
 と長谷川巡査がいうと、
「私は、これまで弱虫だったんです。長谷川さんや女将さんに私の気持ちを尊重させていたのに、当の私は、黙っていることが次第に苦痛になってきている感じがしてきました。それは罪悪感なのか、二人に甘えている自分を責めている自分がいるのも感じていたんです。そんな時、あの場所で人の死体が発見された。しかも、話を訊いていると、他で殺されてあの場所に運ばれたというではないですか。ただあの場所で殺されたということよりも、他で殺されてあの場所に運ばれたという方が、私にとっては、数倍気持ち悪く感じられたんです。以前の事件を私は自ら隠してしまって、未解決のままにしてしまったことで、ひょっとすると、今回の事件が起こったのではないか、なんて思うと、いてもたってもいられなくなったんです」
 と、お美紀ちゃんが言った。
 すでにお美紀ちゃんは震えていない。
 昨日迄は目立たない地味な女の子だと思っていた。そしてこの部屋に入ってきた時、誰なのかすぐに分からなかったくらいの印象の薄さに、どうリアクションしていいのか迷っていた捜査員たちだったが。今は明らかに自分の決意を漲らせたお美紀ちゃんを見ていると、次第に自分たちの警察官魂が擽られてくるのを感じた。
「よし、この娘のためにも、事件を解決に結び付けないといけない。お美紀ちゃんはそれだけの覚悟を私たち捜査員に示して、事件の解決を懇願しているに違いない」
 と感じたのだ。
「じゃあ、被害届を提出に行ってきたんだね?」
「ええ、提出の時効までにはまだ時間がありましたのでね。それに今提出に行ってくると、同じ時期にやはり数人から被害届が提出されていたようで、捜査の方も進んでいるということでした。そういう意味で、彼女の未遂事件での被害届がどれほどの効力を持つかは分かりませんが、これで少なくとも、お美紀ちゃんと女将さんが救われた気がするんですよ」
 と長谷川巡査がいうと。
「君もだね」
 と言って、辰巳刑事はニッコリと笑って、長谷川巡査の労をねぎらった。
「大変だったね。ご苦労様」
 という門倉本部長の言葉を聞いて、さすがの長谷川巡査も目に涙を浮かべているようだった。
 だが、実は話はこれだけではなかった。
「ありがとうございます。これで私の肩の荷も下ろせる気がしてきました。ただ、本日この捜査本部にお邪魔しましたのは、実は、この事件の被害者の本当の殺害現場となる場所が分かるかも知れないという思いでやってきました」
 と長谷川巡査は、改めてキリっとした表情を浮かべ、真面目にそういった。
「おい、それは本当か?」
 と辰巳刑事が叫んだ。
 その叫びは、驚きと歓喜の声であったのは言うまでもない。
 犯行現場の特定は、明らかに事件の真相に近づく一番の近道だということは、皆の意見の一致でもあった。
 だから、ここにいる全員が色めき立ったのは、いうまでもなく、一番興奮したのは、最初に、
「ファイブオクロック」
 を口にした辰巳刑事だったのだ。

                 大団円

 この時、捜査本部には、二つの大きな事件のカギとなる話が、二人の人物によってもたらされた。
 あの場所で、大きな事件にはなっていないが、暴行事件やひったくりなどの事件が多発しているとは言われてきたが、その被害に遭ったのが、まさかこんなに身近にいよとは思いお寄らなかったことで、ある意味警察官としての限界を思い知りもしたが、長谷川巡査がついていてくれたことで、一人の女の子が救われたということに、自分たちも救われた気がしたからだった。
 しかも、その二人から、今回の事件の重大な情報まで貰えるなどと、何と長谷川巡査に礼を言えばいいのか分からない。
 捜査本部にいる人たちは、長谷川巡査と、お美紀ちゃんの勇気とその観察力に敬意を表し、その発言を二人に委ねることにした。
 話し始めのタイミングを任せることにしたのだ。
 もちろん、話の中で興奮してくれば、こちらからもいくらでも質問が飛び出すことになるだろうが、どこまで話が発展するかは、この時点では分からなかった。
作品名:悪魔のオンナ 作家名:森本晃次