悪魔のオンナ
その日は長谷川巡査の意外な面を見ることになり、想像もつかない一日になってしまったが、見たくない部分ではなかった。これが事件の糸口になればという気持ちもないではなかったが、結び付くわけもないというのが、本音であった。
翌日、さっそく朝から捜査j会議が開始された。
辰巳刑事の方からは、これと言った報告はなかったが、山崎刑事の方からの報告があるということだったので、まずは山崎刑事の方から状況を訊くことになった。
「まずは、被害者である三橋晴信が浮気をしていたという相手が判明しました。経理部の女性で、松岡結子という女性だそうです。年齢は三十歳で、経理部に所属しているということです。ただ、この女性、実は殺された三橋以外にも男がいるらしく、どうやらとんでもない女性のようです」
という報告をした。
「じゃあ、被害者の三橋は裏切られていた可能性があるというわけかな?」
と辰巳刑事が聞くと、
「裏切られていたというよりも、どっちもどっちですね。松岡結子は結婚をしていないですからね。ただ、今のところ松岡結子が付き合っている男性と言われているのは、被害者の三橋を含めると三人だそうです。彼女は、これまでにもとっかえひっかえだったようで、絶えず三人を相手にしていたという話ですね。つまり、一人と別れると、別の男性を物色し、仲良くなるというわけですね」
「そんなに男好きのするタイプなのか?」
と清水警部補が聞くと、
「いえ、美人は美人のようですが、彼女は容姿に惹かれるというよりも、甘え上手なところがあって、最初はそんなに気にしていなかった男も、飲み会などで彼女から甘えられてしまうと、コロッと引っかかってしまうそうです。女性が母性本能を擽られる感覚に似ているんでしょうかね」
と、山崎刑事は答えた。
「他の二人というのは分かっているのかい?」
と清水警部補が聞くと、山崎刑事は手元の手帳を見ながら答えた。
「ええ、一人は彼女と同じ経理部の課長で、小田切おさむという男です。どうやら、奥さんが恐妻家のようで、癒しを求めていたところ、うまい具合に結子に引っかかったというわけですね。結子という女は決して、相手の家庭に入り込むことはしません、彼女は相手の男性を愛しているというよりも、自分の寂しさを紛らわすために、男と付き合っているような女性です。ある意味男性側としても、詮索もしてこないし、愛情の押し売りもしてこないので、これほどありがたい女性はないのでしょうね。だから、奥さんに対しても、自分の存在が分からないようにしているし、それが彼女も浮気を楽しむことに繋がるのだから、割り切っていると言ってもいいでしょうね」
と山崎刑事がいうと、
「それじゃあ、愛憎の縺れからこの女が三橋を殺したということはないだろうね」
と清水警部補が聞くと、
「ええ、それはないと思います。だけど、三橋との間に何か予想もしていなかったトラブル。例えば結子がいきなり別れ話を持ち出したか何かで、逆上した三橋が結子に詰め寄ったり、凶器を持ち出して脅したりなんかしたとすれば、話がこじれて、揉みあうか何かしている間に、間違って刺し殺してしまったというようなことはないとも言えません」
と山崎刑事がいうと、
「サバイバルナイフのようなもので刺しているんでしょう? だったら、衝動的な殺人というよりも、計画的と言ってもいいんじゃないですか? しかも死体を動かした後もあるわけなので、衝動的な犯罪なら、そこまで一人の頭では考えつかないでしょうね。そういう意味では、共犯がいたのではないかとも思うんですが、ちょっと危険な考えでしょうかね?」
と、辰巳刑事が言った。
「共犯がいたというのは、面白い考えだね。それだと衝動的な殺人という理屈の、一つ理由になるぁも知れないな」
と清水警部補は付け加えた。
「彼女が浮気をしていたと言われるもう一人ですが、今度は打って変わって営業部の新人なんです。それも、殺された三橋の直属の部下に当たる人であって、よくも、浮気相手の後輩にこんなにも簡単に手を出せるなと思うほどですね」
「それはありなんじゃないかな? 却って近い人間の方が目につきにくいということもあるからね。だけど、一歩間違えれば修羅場になりかねない。そんな関係かも知れないね」
と辰巳刑事が言ったが、
「いや、逆にオトコ同士でけん制し合うということもあるんじゃないかな? 男性二人とも、彼女の浮気癖を知っているとして、お互いに自分のものにしたいという意識を持っていれば、自分に対してかかってくる重圧を、男性二人が微妙な距離を保ってくれることで自分は安全圏にいることができる。そんな風に考えているとすれば、相当頭のいい計算高い女ということになるね」
と、清水警部補は言った。
「本当にオンナというのは恐ろしいな。どこの会社にもそんな魔性の女がいるんじゃないかと思うと、女は信用できなくなっちまう」
と、辰巳刑事は、本当に嫌気がさしているかのように言った。
「その新人の男性の名前は?」
「斉藤祐也というそうです。年齢は二十三歳だそうなので、大学を卒業してすぐですね。きっと女の方から、甘えるような言葉を言ったんでしょうね」
と言って、斎藤の写真を見せた、
すると、それを見て、
「あれ?」
と反応したのは、辰巳刑事だった。
「この男、どこかで見たことがあるような気がするんだけどね」
と言って、スーツを着てパリッとした姿は、さすがに新入社員の新鮮さを浮かび上がらせていた。
「うーん」
しばらく辰巳刑事は悩んでいたが、ふと何に気付いたのか、
「この男……」
「そうしたんだい? 辰巳君」
と、門倉本部長がたまりかねて声を掛けた。
「いえ、この男、若くてサッパリしている写真なので想像もつきませんでしたが、確かにそうです。この間居酒屋「露風」で端の方の席に座っていたあの男ですよ」
と言って清水警部補に見せたが、
「そうだな、あの時は相当老けて見えた感じがしたが、記憶と写真を組み合わせれば確かにそうだよ。しかも、女将の話では、この男は、殺された男の部下だと言っていたというじゃないか。会社の立場としては間違ってはいないよな」
確かに、この男は、三橋の直属の部下なので、店で話したことに間違いはないのであった。
「ということは、店の人の話にあったように、あの席に座っていた人は、いかがわしい風俗の回し者で、カモになりそうな客に因縁を吹っ掛けて、悪い気分にさせ、言葉巧みに、他の人が言い寄って安心させ、自分たちの根城へ誘い込んでしまおうという悪特亜やり方の鉄砲玉のようなやつだということになるな」
「ええ、そういうことでしょう」
と山崎刑事がいうと、
「なるほど、ここで、もしあの女が元締めか何かであれば、犯罪に絡んだことで、三橋が巻き込まれたか何かかも知れないな」
と清水警部補がいうと、
「三橋も同罪じゃないんですか?」
と辰巳刑事が聞くと、