小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

悪魔のオンナ

INDEX|22ページ/28ページ|

次のページ前のページ
 

「こんなことを言ってはいけないのかも知れないですが。このあたりのお客というのは、正直、程度はよくない人が多いと思っています。普段はブスッとしていて、愛想もくそもないんですが、酒が入ると、愚痴ばかりこぼしている人が多いような気がします。私も何度か、女将さんから電話を受けて、喧嘩の仲裁に来たこともありましたよ。その時はたいてい、今私が座っている席の客は絡んでいるんです。最初に絡んだのは相手からがほとんどなんだそうですが、それだけ他の客を怒らせるような態度を取るということでしょうから、罪としては重いと思っています」
 と長谷川巡査がいうと、
「じゃあ、その中に、今回の被害者である三橋氏も含まれていたのかな?」
 と清水警部補が聞くと、
「ええ、名前に憶えがありますし、この男の顔も覚えています。しかも一度だけではなく何度かあった気がするんですよ」
 と言った。
「しかし、何のためにそんなに絡むんだろうな?」
 と辰巳刑事が聞くと、
「どうやら、これはウワサでしかないんですが、このあたりに一人の酔っ払いをターゲットにした裏風俗のようなものがあるらしいです。店の中でわざと喧嘩を吹っ掛けて、相手がむしゃくしゃしているところに、言葉巧みにオンナを紹介するなどと言って、優しい言葉を掛けるんですよ。それも、ある程度男の方も留飲が下がってきていて、寂しさがこみあげてくるんでしょうね。だから、男の方もついつい甘い言葉に乗ってしまう。お金が少々かかったとしても、こんなむしゃくしゃした思いを抱えて帰るなんて嫌だということなんでしょうね。そんな男たちをカモにしている集団があるようなんですよ。この店にもいるようです」
 と長谷川巡査がいうと、
「君はそれを署に報告はしたかね?」
「ええ、しましたけど、信じられないということで、証拠もないので、話は却下されました。そんなもんですよ」
 と投げやりになったのか、そう長谷川巡査は言った。
――これがあの長谷川巡査なのか?
 と感じたが、それも警察組織の悪いところを証明しているようなものだ。
 それを考えると、三人の上司は、やるせない気持ちにさせられたのだ。
「長谷川巡査を叱責することは我々にはできない」
 と、皆が感じたことだろう。
 いくら警察組織が縦社会であるとはいえ、確かに長谷川巡査が嫌気がさすのも分からなくもない。きっと自分たちが長谷川巡査の立場であれば、同じことを感じであろう、
 だが、門倉本部長は違った。
 もちろん、他の二人も違うのだが、気持ちとして一番強く持っているのは門倉本部長だった。
 門倉本部長は、清水警部補も同じではあったが、叩き上げということで、あまり出世には興味もなく、二人とも、ごく最近まではまだ刑事だったという意識があるくらいだ。
 元々二人とも、もっと早く警部補鳴り、警部に昇格していてもよかったのだが、二人が望まないというのもあった。
「現場でしっかりと仕事をさせてもらう」
 というのが、刑事時代の自分たちのモットーだったのだ。
 しかし、ある事件で、明らかに犯人が分かっているにも関わらず、上から圧力がかかって、せっかくの犯人を逃してしまったことがあった。理不尽な和解が成立し、明らかに悪質な犯罪であり、証拠もあったことから、裁判になれば、実刑は免れないというはずだったのに、寸前になって、捜査終了のお達しがあったのだ。
 犯人と目されていたのは、大臣候補の息子で、警察関係者にお強いパイプを持っているという財界のドンだったのだ。
 その息子を検挙したにも関わらず、無罪放免にしなければいけないうやるせなさ、その時に門倉刑事は感じた。
「警察では上に行かなければ、やりたいことはできないんだ」
 という結論である。
 その結論は頭の中では分かっているつもりだったが、どこか我々の世界とは関係ないという意識があった。しかし、こうなってしまうと、もう甘いことはいってられない。犯人を逮捕するだけでも、権力がいるということになるのを理解したことで、それからの門倉刑事は変わった。
「何が何でも上に行ってやる」
 という意識から、元々はその器だったのだから、正しい器に収まったというだけのことなのに、門倉刑事は何とか自分の本質を失わないようにすることが一番難しいと思っていたので、そればかり気を付けていた。
 今では警部に昇進し、そのうちに、警視も視野に入ってくるだろう。
 そうなると、警察署長も夢ではなくなり。管理官などもありである。
 可能性を考えると今まで見えてこなかったことが見えてくるようになる。門倉警部は、今は本部長としてそのキャリアを重ねていくことが大切であった。
 清水警部補もそんな門倉本部長の背中を絶えず見ていた。
 最初は、
「出世などほとんど考えていなかった門倉刑事が、どうして急に」
 とは思ったが。気持ちは同じだった清水刑事にも同じ思いがこみ上げてきていた。
「自分は門倉刑事ほどは優秀ではないので、門倉さんの背中が見えなくならないように、必死に追いかけて行こう」
 という思いを強く持っていた。
 そのおかげで、警部補に昇進し、現場の指揮を自分が取ることができるようになった。何と言っても、自分の後ろについていてくれるのが門倉本部長なので、これほどここ六酔いものはないわけである。
 辰巳刑事は、まだそこまで考えてはいなかった。自分のことで精いっぱいで、現場にて自分で最高の力を出す。どれだけだった。
 清水警部補はそんな辰巳刑事を頼もしく思っていた。
 自分にもつい最近まで同じような感覚があったのだと思うと、自分が辰巳刑事を支えてあげなければいけないと思う。
「辰巳君は、自分で感じたことを私にちゃんと報告し、それを私が承認してから、しっかりと行動するんだよ」
 といつも言っているが。これは暴走を止めるためであった。
 得てして、自分の若い頃もそうであったが、矛盾や理不尽なことに対して、必要以上に怒りがこみあげてくる。そうなると、見えてくるはずおものが見えてこなくなり、せっかくの捜査が、水泡に帰してしまうことになりかねない。それをどうしても防ぐ必要がある。いつも清水警部補が考えていることだった。
 その日は、そのまま事件のことを話題にすることはなく、適当な時間で引き揚げた。
 長谷川巡査は、朝が早いということで、午後九時前に帰ったが、後の三人は十時くらいまでいて、事件の話題に触れることはなかった。
 ちなみに長谷川巡査が来た時は、いつも今日くらいの時間に帰るということであり、別に三人に気を遣ったわけではなかった。
 長谷川巡査は、結構上司に気を遣っているように思われがちだが、冷静に考えてみると、そこまで気を遣っているわけではない。さりげない気の遣い方をする人で、それが相手を気持ちよくさせるのだろう。
「長谷川巡査のような人が、巡査にもっとたくさんいれば、本当に治安のいい街が作れるんだろうけどな」
 と、門倉本部長がしみじみ言ったが、それは他の二人も反対意見があるわけでもなく、全面的に納得だった。
作品名:悪魔のオンナ 作家名:森本晃次