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悪魔のオンナ

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 とはまさにこのような表情んpことなのかも知れない。
「それに、コウモリを題材にした類似のお話がオーストラリアに残っているというのを訊いたことがあったんだけど、残念ながら忘れちゃったんだよね。調べてみるといいかも知れない。確か太陽が関係していたような気がするんだ。これも興味深い話だったような気がする」
 と長谷川巡査は言った。
 長谷川巡査としても、このオーストラリアの話をまったく忘れてしまったわけではないが、中途半端に話して勘違いさせるよりも、最初から自分で調べるという気持ちになってもらった方が、変な先入観を持たずにいいのではないかと思ったのだ。お美紀ちゃんも長谷川巡査のハッキリとした話でなければ、聞きたくないように思っていたし、長谷川巡査であれば、ハッキリとしない内容を話すこともないことが分かっているだけに、きっと近いうちにこの話を調べるに違いなかった。
 他の四人の中で一番この話に興味を示していたのは、辰巳刑事であった。
 辰巳刑事は今までに何度も示しているように、
「勧善懲悪の熱血漢」
 を絵に描いたような警察官であった。
 そんな人に、「卑怯なコウモリ」の話は、心を大きく打つものであった。
 逆に、「コウモリとイタチ」の話の方は、どちらかというと、上司がバカを見る時、悪い部分ばかりを見るわけではなく、いい部分を見出して、そこを伸ばしてあげるという上司のあり方を示したような話であることから、門倉本部長と、清水警部補は、こちらの話に夢中になり、感心したかも知れない。
 しかも。長谷川巡査のうまいところは、先に「卑怯なコウモリ」の話をすることで、余計にその後にした「コウモリとイタチ」という話が大きくクローズアップされ、上司には強く心に響くことになったのだ。
 もっとも、この話は上司に対してのものではなく、あくまでもお美紀ちゃんに対しての話であるので、この順番が最適であった。そういう意味でいって、この順番以外には考えられないとも言えるかも知れない。
 そんな中、女将さんだけは違う思いで聴いていたようだ。他の警察官たちは、自分の仕事と立場に置き換えて聴いていた。もちろん、その聞き方が一般的なのだろうが。女将さんとすれば、
「どうして、今この話をここでするの?」
 と言わんばかりの様子に見えたのを感じたのは、話をしている当の本人である長谷川巡査だけだった。
 お美紀ちゃんを含めた他の人たちは、この時話に夢中で、自分以外の人を意識できていなかったのかも知れない。だが、話をしている長谷川巡査は、聞いてくれている人たちの反応を見ていたのは確かで、話をしていて絶頂な気分になっていたのは事実だが、冷静な気持ちも忘れていなかった。
 これが、長谷川巡査の最大の魅力であった。
 彼は、本当なら刑事課に呼ばれてもまったく不思議のないくらいの優秀な人材だった。実際に刑事課に推挙もしてもらっていたし、その機会も今までにはあっただろう。だが、水面下で進められた話としては、
「長谷川君は、もう少し現場の最前線で」
 という話が刑事課の方から出ていた。
 ただ、それは決して受け入れられないという意味ではなく、むしろ彼のような男が入ってくれればありがたいのだが、そうなると、交番勤務の巡査に大きな穴が開いてしまう。つまり長谷川巡査が刑事課に引っ張られてしまうと、困るのは、現場だったのだ。
 現場でも人が育ってきて、刑事課の方でも、辰巳刑事や山崎刑事のような人たちが、立派な先輩として警部補などに昇進してくれれば、いずれはというのもあるだろう。
 だが、刑事課の方では、後一年を基本に考えていたようだ。
 あと一年すれば、長谷川巡査を刑事課に誘うというのが、水面下で決定していて、もちろん、その話は一部の人だけの極秘事項であったのだ。
 もちろん、長谷川巡査がそんなことで腐ることがない人間だということが分かっているので、安心している人事の人たちだったが、やはり長谷川巡査には、悪いという気持ちがあるのか、巡査としては、最高級の給料や、待遇に恵まれていたのだった。
 刑事課の人たちからも、長谷川巡査に対しては、大いに敬意を表していて、
「早く一緒に捜査をしたい」
 と言ってくれている刑事も結構いると聞いている。
 K署にはいろいろな部署があるので、刑事課だけではなく、刑事課であったり、生活安全課などでも、長谷川巡査のような人がほしいという話も出ている。今、K警察署では、長谷川巡査というと、
「時の人」
 ということになっているようだった。
 長谷川巡査も、K警察署内では、結構知ってくれている人が多いとは思っていたが、そこまで絶賛されているとは思っていなかった。
 そういえば、長谷川巡査がニコニコしている時の顔以外を知っている人はほとんどおらず、少なくとも、
「公私混同はありえない人だ」
 と思われていたのだ。
 だから、K警察署でも、市民の間からも信頼される人間として、君臨しているといえば大げさであるが、慕われていることに違いはない。
 それを思うと、最初にこの店に辰巳刑事たち一行が来た時に垣間見えたあの時の長谷川巡査の表情は実にレアなものだった。
――あんな長谷川巡査、誰も見たことがないんじゃないか?
 と思っているに違いないが、果たしてそうなのだろうか?
 長谷川巡査は、お美紀ちゃんの様子から見る限り、このお店では常連のようである。
 それなのに、最初自分たちが来るまでは、この店には女将と長谷川巡査二人きりだったはずなのに、誰も見たことのない表情の先ほどの長谷川巡査とでは、女将も息が詰まりそうだったのではないかと思えたが、実際にはそうではなかった。
 女将と二人だけの時、長谷川巡査は、いつもあんな表情をしているのでなければ、もし、刑事である自分でも、普段の天真爛漫さを知っている相手に対し、あのような態度であれば、息が詰まりそうになるのはわかりきっていることだった。
 それであれば、あのような長谷川巡査の表情を見慣れていなければ、いくらお店を切り盛りしているとはいえ、息苦しさから逃れることはできないのではないかと辰巳刑事は感じていた。
 それに辰巳刑事が感じた違和感は、
――さっきのコウモリ関係の話を訊いている時、女将さんだけは、他の誰とも違った顔をしていた――
 と感じた。
 きっと、客に正対した時であれば、してはいけないような表情をしていたに違いない。そこには苦悩の色があり、何か迷いのようなものも生じていたような気がする。事情が分からないだけによく分からないが、長谷川巡査が今この場で話すような話ではないという思いを抱いていたのだろう。
 それを思うと、辰巳刑事は、長谷川巡査と、女将の顔を交互に見直すくらいの意識を持っていて、それを後ろで見ていた清水刑事にその異様な行動が分からないわけもない。
 ただ、長谷川巡査の話を我がことのように聞いていたため、集中力はすべて話にいっていた。そのことで、辰巳刑事が気にしていることに対して、一歩も二歩も後手に回ってしまっていた。
作品名:悪魔のオンナ 作家名:森本晃次