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悪魔のオンナ

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 清水警部補が、この店で見ていたという男が、昨夜殺された三橋であるかどうかの確認と、その男がこの店で、どういう話をしたり、どういう交友関係だったのかということを調べるのが目的だったはずだ。
 まったく違った空気が部屋の中で別々に風を起こしていることで、一人どちらにも入り込むことのできない辰巳刑事は、
――これがこの店の特徴なのではないか?
 という漠然とした感覚を持った。
 別々の空気が持つその意味というのは、今までの刑事生活の中で、味わったことがあったことのように思えた。
 この空気を持っているのは女将なのだろうか? それとも死んでしまった旦那さんの思いがまだ残っていて。触れることのない世界を作り出しているのかも知れない。

                 卑怯なコウモリ

 長谷川巡査は、ある日の警備中、K市の中でも、少々大きめの公園を巡回していた。あれはまだ夜でもさほど寒くなく、むしろまだ暑かった頃ではなかったか、時期としては九月の中旬くらいの、月の綺麗な頃だった。
 今年は連年に比べ、梅雨が遅かった。梅雨入りが六月の終わり頃だったので、梅雨明けが七月下旬という、本来なら暑さがピークになりかかる頃にやっと梅雨が明けた。
 そのせいもあってか、夏の厚さはかなりのものだった。短い間に灼熱の太陽が押し寄せ、セミの声も精いっぱいに響いていて、九月に入っても、最高気温がまだ三十三度以上もあるというひどさであった。
 それでも、九月の声とともに、台風が日本列島を、これでもかと襲った。一週間に二つの台風など当たり前で、地図上に三つの台風がひしめくような状態になり、一つは勢力が落ちないまま、九州から中国地方に上陸し、その猛威から、かなりの傷跡を残していった。
 そんな被害に遭った地方の復興に、灼熱の太陽が襲い掛かってくることを想像していたが、なぜかその台風が暑さまで吹き飛ばしてくれたかのように、一気に気温が下がり、細網気温が二十八度くらいの過ごしやすい日々に戻った。
 そもそも、九月の中旬というと、これくらいが例年の気温ではないだろうか。暑さのピークが終わると、完全に秋めいてきた。あれだけうるさかったセミの声は聞こえなくなり、夕方近くになると、スズムシヤコウロギと言った、秋の虫が、静かさを奏でているようで、風が少々強い日でも、心地よかった。
 夕方の風のない時間帯である、
「夕凪の時間」
 その時間には、一年ぶりとは思えない心地よい空気を味わっていたにも関わらず、気だるさが残るようになったのはなぜだろうか?
 最近、これと言った大きな事件も、あまりなかったこともあってか、身体がなまっているのかも知れないと思っていた長谷川巡査は、
「平和が一番なのに、何を不謹慎なことを考えているんだ?」
 と思いながら、一人でほくそ笑んでしまっていたが、その日の夕凪の時間には何もなかったその公園で、夜の十時ごろに巡回すると、一台の自転車が、公園のベンチの近くにひっくり返っているのが見えた。
「うっ、うーん」
 という声と、何やら男たちがヒソヒソ話をしているのが聞こえたが、そのヒソヒソ話は、お互いに何か慌てているようにも聞こえた。
 最初に聞こえたうめき声が女性であるのを感じると、何が起こっているのか、ウスウス気付いた長谷川巡査は、取るものもとりあえず、
「こらっ、そこで何してる」
 と言って、飛び出していくと、チンピラ風の男二人が上半身裸になっていて、そこに脱ぎ捨てたセーターを拾うのも忘れて、急いで逃げ出した。
 二人の男は、その先に止めてあった車に飛び乗り、急いでエンジンをかけて、逃走していった。
 一部だけであるがナンバーを確認できたのがよかったかも知れない。二人が脱ぎ捨てて行ったセーターから、二人の身元が後になって分かったのだから、ある意味長谷川巡査のお手柄ではあった。
 だが、その時は、そのけしからん輩に襲われていた女の子も、上半身のTシャツはめくられていて、急いで身体を隠そうとっして震えている女の子は、恐怖からか、Tシャツを着るということさえ頭が回らないようだった。
 幸い、けがもなく、男たちの行動は未遂に終わったので、事なきを得たというべきなのだろうが、その子はそれからショックが大きくて、しばらく声が出なくなってしまった。
 交番に連れていき、所轄から刑事がやってきた。
 被害届が出されて、捜査が行われ、犯人の二人組は逮捕されたが、裁判になると、お決まりのように、被害者側との間に示談が成立し、裁判までには至らなかった。
「どうしても、襲われた方が、立証しなければいけなかったり、理不尽な尋問であったり、何よりもこのことが世間に晒されることで、彼女の将来を思うと、示談にするよりほかにはないということなんだろうな。未遂ということでもあるので、このまま訴えたとしても、執行猶予がついたりして、被害者側のリスクの方が大きすぎるので、泣き寝入りしかないのかも知れないな」
 と、その時取り調べた刑事は、やり切れない気持ちをどこにぶつけていいのか分からないという表情だった。それは、もちろん長谷川巡査も同じで、いや、長谷川巡査の方が、現場を見ているだけに、許せない気持ちが強かったのだ。
 さらに、長谷川巡査を苛立たせる状況が、その頃から増えてくるようになる。
 例の今回三橋の死体が発見されたあのガード下で、彼女の示談が成立してから少しして、暴行未遂事件のようなものが頻発してくるようになる。
 実際に被害に遭って、訴えるまではないほどの中途半端なものばかりであったが、件数としては、一か月に一件は必ず何かしらが起こっていた。
 抱き着かれて、服を破かれたり、押し倒されて、胸を開けさせられたりであるが、それ以上のことをしようとはせず、急いで走り去っていくのだ。
 さらに、暴行未遂だけではなく、ひったくりも多い。ただ、これも半分未遂と言ってもいいのか、ひったくったとしても、財布の中からお金を抜き取るだけで、カバンやカード、その他には一切手を付けていない。何とも子供だましのような犯行ばかりであるが、許されることではなかった。
 犯人は中途半端な犯行を繰り返すので、証拠を一切残していない。
「まるで犯行を実行するというよりも、証拠を残さない犯行を行うことが目的だとでも言わんばかりの犯行だな」
 と、窃盗や暴行専門の捜査員は、まるで自分たちが犯人から無能呼ばわりされているかのようで、虫の居所が悪かった。
 確かに、これらの犯行は警察を愚弄しているとしか思えない。犯行という意味ではすべてが未遂で、目的を達成しているわけではないのに、なぜこんなにも頻繁に犯行を繰り返すのか?
 これだけのことで彼ら……、すべてが同一犯ではない可能性と、同一犯であっても、証拠を残さない手口といい、複数犯の可能性があるという意味で、彼らの犯行の目的は一体何なのか、まったく見当がつかない。
 本当に警察を愚弄するのが目的で、今頃、無能な警察を嘲笑っているのであろうか。実に不思議だった。
作品名:悪魔のオンナ 作家名:森本晃次