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悪魔のオンナ

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「そういえば、今まで捜査員として事件に向き合っていて、この「暗黒星」のような邪悪な犯人が何人もいたではないか。まさしく邪悪な星であり、そんな連中を今まで何人も逮捕してきた。しかし、まったく減る気配もないではないか。一体自分たちは何をやっているのだろう?」
 という、まるでいたちごっこのような毎日に、嫌気がさしてこないというわけでもない。
 門倉本部長であっても、別に聖人君子でもなければ、仙人でもないのだ、悩みだってあれば、やり切れない憤りに襲われることもある。鬱病寸前までいったことも何度もあったので、被害者が、鬱病だったと聞かされた時は、無表情ではあったが、心の底ではやり切れない気持ちが噴出していたのである。
 門倉本部長も、一人でよくいく「隠れ家」のような店を県警本部の近くに持っている。清水警部補はここがそれに該当するお店なのだが、辰巳刑事や山崎刑事であっても、それぞれにその役割を担ってくれる店を持っているものであった。
 そんな店を持っていないと、警察官という仕事はやっていけないとも思っている。毎回事件が終わった時、やり切れない気持ちになるのは、皆同じで、事件を解決に導いたとして、真相を解明したとしても、その真相がすべての人を救うわけではない、
「暴かなけばよかった」
 と思うような真相だって今までにいっぱいあった。
 むしろ、その方が圧倒的に多かったような気がする。
 しかし、新装を暴かなければ、先に進めない人がたくさんいる、やり切れない気持ちを抱くことになったとしても、先に進むため、真相と正面から向き合うことで、
「先に進むということが正義になるのだ」
 ということを、関係者それぞれが感じるしかないのだった。
 捜査員だって人間である。そんな数々の事件の中には、どうしても気になってしまう人もいて、思い入れを激しく持つ人も現れるだろう。
 中には仲を深めて、そのまま結婚する人だっている。それは悪いことではない。当然の感情に正直になっただけのことなのだ。祝福されて当然の関係だと言ってもいいだろう。
 だが、その思いを断ち切らなければいけないと自らに課してしまう人もいる。門倉本部長もその一人だったのだ。その時女将がどのように感じていたのかは分からないが、門倉本部長は、見事に自分の気持ちにケリをつけ、今の立場に上り詰めていたのだった。
――お節さんは、自分をどんな顔で出迎えてくれるだろう?
 と思った門倉本部長は、懐かしさで満面の笑みを浮かべるお節さんを想像していた。
 しかし、想像だけでよかったのだ、あのお節さんが、門倉本部長を見て、懐かしさで満面の笑みを浮かべるはずはないと思えたからだ。
 それは恨みなどではなく、自分の気持ちを無理に抑えているわけでもない。気持ちが揺れ動く感情にはならないということで、懐かしいとは思ってくれても、それは、特別な感情ではないと思っている。
 その感覚は門倉本部長にしか分からないことだろう。それはお節さんとの間のことに限ってのことではあるが、門倉本部長も自分の感覚を特別だとは思っていない。だから、懐かしくても、その養生は優しい表情以外の何者も出てこない気がした。それはお節さんが感じていることと同じで、きっと、一瞬だけ、特別な気持ちで懐かしい気分になると、後は、特別がなくなり、普通の懐かしさだけがこみあげてくることだろう。
「これが自然な形なんだ」
 と、門倉本部長は感じると、それ以上、先に想像することは何もないと思った。
 門倉本部長のそんな気持ちを知ってか知らずか、清水警部補は、少しお節さんに気があるのだった。ここで門倉本部長を連れていこうとするのは、今までの中途半端に感じられた門倉本部長との関係を、二人の間で清算してほしいという思いがあるからだった。
 清水警部補とすれば、本当は門倉本部長をあの店に連れていくことは避けたかった。今は二人を吹っ切らせてあげたいという思いがあるのだが、それも時間が経ったからこそ感じることだった。
 二人の間に昔、感情が大きくなるようなものがあったのは否めない。自分も部下として走り回っていた経験あるからだ。
 そして、門倉刑事がその思いを断ち切った時、清水刑事の中にも、女将さんに対しての気持ちがくすぶっていたことを、いまさら隠そうとは思わない。
 女将さんは、門倉刑事には特別な思いを抱いていたのだが、清水刑事に対しては。弟のような親しみを感じていたのだ、弟でありながら、どこか頼れるところがあり、そこが彼女の女心を擽ったのだ。
 門倉刑事に対しての思いと違う思いが女将の中にあり、新鮮な思いが強くなってくるにしたがって、門倉刑事に対して抱いた特別な思いとは別の、新鮮さを帯びた特別がこみあげてきたことで、今の清水警部補との関係になっていた。
 清水警部補は、癒しを求めにやってきている。特別という意味でどちらの方が強い感情を持っているかというと、それは女将の方だった。
 まるで、恋愛経験のなかったことの生娘のような思いで、清水警部補には接することができる。すでに、女将にとって清水警部補は、
「自分にはなくてはならない存在の人」
 と思うようになっていたのだ。
 そんな思いを清水警部補のウスウス感じていた。その思いが自分に侵入してくることも分かっていた。
 もちろん、受け入れる気持ちはある、そして、逃がさないという思いがあるのも事実だった。
 だが、気持ちはそこまでだった。
 清水警部補は、刑事の時代に一度結婚していて、今は離婚している。一人暮らしのチョンガーなので、未亡人の女将さんと結婚しても、誰からも何も言われない。
 だが、清水警部補には、どこかひっかかるものがあった。
 もちろん、別れた奥さんにまだ思いが残っているわけでもない。どうして最後の一歩が踏み出せないのか自分でも分からない。
――門倉本部長に思いを断ち切ってほしいなんて、今のこの自分に何が言えるというのか、おこがましいにもほどがある――
 とまで考えていた。
 奥さんとどうして別れてしまったのかというと、今でもハッキリとした理由は分からない。
 もちろん、奥さんなりに思いがあったことだろう。
「別れたくない」
 という清水の気持ちを押し切るように、家を出ていったのだ。
 しばらく行方不明になっていたが、それは気持ちの整理をつけるためだったのか、帰ってきてからというのは、もう修復がつくところにはいなかった。
 清水警部補の方も、奥さんが出ていって一人になったことで、ようやく吹っ切ることができたようだ。
「分かった。お前の言うとおりにしよう」
 というと、
「ごめんなさい、そしてありがとう。でもね、決して嫌いになったとかいうわけではないのよ」
 と奥さんがいうので、
「分かっているさ」
 と清水は答えた。
 これは強がりでも何でもない。言葉にできるわけではないが、その理屈は頭の中で理解できているつもりであった。相手が嫌いで別れる夫婦というのは、捜査官をしていると、よく見るものなので、そのどれとも妻は違っていた。だから、憎しみ合ってのものではなかったのだ。
 憎しみ合っていれば、もっと悲惨なことになっていることだろう。それを思うと、
作品名:悪魔のオンナ 作家名:森本晃次