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悪魔のオンナ

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 本人には、まったく意識がなかった。急に怒り出したとしても、それは一過性であり、すぐに収まったからだ。その代わりその時のことを覚えているわけではなかった。考えてみれば、無意識の方が怖いというもので、どういう病気が潜んでいるか、最初は分からなかった。診断を受けて、
「鬱病です」
 と言われ、安心もしたのだが、
「鬱病を舐めてはいけませんよ。本人の意識のないところで身体や精神に変調をきたすので、下手をすれば、自殺企図や、実際に自殺を遂げるということにもなりかねません。それを思うと、実に怖いことになってしまいます」
 と先生が続けた。
 その時初めて鬱病の怖さが分かったのであって、友達は、自殺の恐れがあるということで、監視付きの病棟に入れられたのだった。
 最終的には何とか治り、やっと最近社会復帰を遂げることができたのであって、これからの苦労が目に見えているだけに、、手放しによかったと言えないのだろうが、一歩前に進んだということだけは、よかったと言えるだろう。
「ところで、三橋さんは何かの病気を患っておられたんですか?」
 と清水警部補は千恵子に聞いた。
「ええ、鬱病だということを言われていましたが、とりあえずは、それほど重症というわけでもないので、入院せずに、まずは普通の生活をしてみようということになりました。最近では鬱病の症状も少なくなってきていて、安心もしています。医者の方でも、完治までは時間の問題だと言ってくれていたので、私はもう、彼は病気だという意識はありませんでした。もちろん、彼の鬱病を知っていた人も普通に接するようにしていましたから、本人も普通の生活に戻っていたと思っています」
 と千恵子は言った。
「じゃあ、会社で、三橋さんが鬱病を患っていることを知っている人は?」
 と清水警部補が聞くと、
「誰も知らないと思います。知っていたとしても、ほぼ問題のない程度だという認識なんじゃないかと思うんですよ。そうでなければ、会社が何か厳格な裁定を下すことになるでしょうからね」
 と千恵子はいう。
「でも、偽っての勤務というのは、会社に対しての背信行為では?」
 と訊かれて、
「私も医者と話をした時、もう少し症状が重くなったら、会社に報告する義務が生じるので、そのあたりは私に任せてほしいと言われたんです。だから、主治医の先生が申告していないのであれば、それほどの症状ではなかったということになるんだろうと思います」
 と千恵子は言った。
「なるほどよくわかりました。奥さんは主治医が報告していなかったと思っているんですね?」
「ええ、そうです。すべてを主治医に委任していましたので、会社が何かを言ってきても、主治医に話をしてくれということでいいと私は思っています」
 という千恵子は、最初の頃の頼りなさそうな雰囲気ではなく、完全にしっかりとしてきたのは、今まで夫の鬱状態に振り回されてきたことで、強くなってきたからだろうか。それとも、元々性格的に強いものを持っていて、そんな性格があるから、今まで鬱状態の夫を支えてこられたのか。
 千恵子という女性は決して弱い女性ではないということだけは、間違いないことであろう。
「あとでいいですから、主治医の先生を教えてください」
 と清水警部補がいうと、
「ええ」
 と言葉少なく頷いたが、その顔は完全に凛々しいものであった。
「ところで話は変わるんですが、ご主人はこのあたりに馴染みのお店か何かがあるとおっしゃってませんでしたか?」
 と、清水警部補は、本当にまったく話題を変えてきた。
 しかも、この話は捜査本部の中でまったく出てこなかった情報なので、清水警部補の個人的な質問である。
「どういうことですか?」
 と千恵子は訊いてきた。
「いえね、以前、馴染みの店でご主人に似た人を見たことがあって、それも一度ではなく、何度かですね」
 というと、少し戸惑いを見せていた千恵子であったが、観念したかのように話し始めた。
「この少し先に入ったところにある居酒屋「露風」というお店は馴染みだと聞いています」
 それを聞いて、門倉本部長は、ドキッとして清水警部補の顔を覗き込んだ。
 清水警部補は、表情を変えることなく、千恵子を見つめている。何が訊きたいというのだろうか。
「分かりました。ありがとうございました」
 門倉本部長も、千恵子も、
「鬱病のことは結構聴いてきたのに、居酒屋『露風』の件については、事実関係を確認しただけにとどめていたのは、どういうことなのか?」
 と、その真意を測りかねていた。
 だが、事実関係だけを聞かれたことだけだということが余計に気持ち悪さを演出した。時に門倉本部長は、女将のことも知っているだけに、清水警部補がさっきから連れていきたいと言っていたこともあって、気になって仕方がなかった。
――居酒屋「露風」がこの事件に何か関係しているんだろうあ?
 という思いがあったのだ、
 もし、今回の事件に女将が絡んでいるとすれば、ご主人の件といい、ゆくゆく殺人事件に縁がある人なんだろうとしか思えない。
 清水警部補は、この現場でやはり真新しいことを発見できたわけではなかったが、心の中では満足しているようだった。それは奥さんから話を訊けたということが大きな理由ななのだろうが、自分が一番聞きたかったことが聞き取れたことに満足しているのかも知れない。
 それは最後の最後に聴くことができた。
「居酒屋『露風』」
 という名前である。
 清水警部補も、こうも簡単に奥さんの口から聞けるとは思っていなかったのだろう。驚きの中に、あっけにとられた表情が含まれていたからだった。
 清水警部補は、それ以上千恵子に聴くことはないようで、連れてきた山崎刑事に返し、山崎刑事からの質問を少し受けていたようだ。
 その質問はある程度形式的なもので、清水警部補のように、質問の一言一言に重みがあるというほどのものではなかったのだ。
 門倉本部長は、現場を少し見ただけで、これと言って手掛かりがなかったことから、少し拍子抜けした気がした。ただ、奥さんが言っていた、スマホの捜索は、もうしばらく続けてもらうことにした。どこかに転がって落ちている場合や、スマホから何かの手掛かりがっ見つかり、殺害現場が判明するとも限らないからだった。
 とりあえず、今回の収穫はすべて千恵子からのものであり、まったく手掛かりがなかったわけでもなかった。ひょっとするといずれは判明したかも知れない、被害者の「鬱病」の件、早く分かったのは、現場に来たことでもたらされたことになることは否めないであろう。
 捜査本部に戻ってみると、辰巳刑事が帰ってきていた。
「ご苦労様です」
 と言って、清水警部補に挨拶をした辰巳刑事だったが、
「いろいろ調べていると、面白いことが分かりましたよ」
 と言い出した辰巳刑事は、何かを掴んだようだった。
「何が分かったんだい?」
 と訊かれて、
「午前中は、ファイブオクロックについて気になったいたので、会社の同僚にいろいろ聞いてみたんですが、やつがいつも剃る髭は、同じカミソリで剃られるものではない可能性があるということです」
「どういうことなんだい?」
作品名:悪魔のオンナ 作家名:森本晃次