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悪魔のオンナ

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 わざと話さなかったのは、捜査上の秘密という意味であろうが、やはり二人の行動範囲を考えるのと、本当の殺害現場を探すという意味では、奥さんに隠すまでもないと考えたのが、清水警部補であった。
 山崎刑事もきっとここに連れてきたということは、その時に話そうと思ったのだとうと、清水警部補は思った。
 そこで、山崎刑事には悪いと思ったが、
「実はですね。現場検証から、ご主人は他の場所で殺害されて、この場所に運ばれたのだということが判明しているんですよ」
 というと、
「まぁ、そうなんですの? それは意外ですわ。でも言われてみると、私も主人もこことは何のかかわりもないと思っておりますので、他で殺害されたと伺っても、一瞬、変に感じましたが、すぐにそれもそうかと感じました。ただ、その分、どうしてここに死体が放置されてしまったのかという疑問は残るんですけどね」
 と、最初の驚きから、言葉を止めずに、よくここまで冷静にいえるようになったものだと清水警部補は少しビックリしていた。
「そうですか、やっぱり、ここに来ても何も感じるものはありませんか?」
 と言われて、奥さんはふと思い出したように、
「そういえば」
 と考えながら口ずさんだのだが、
「先ほど警察の方で見せていただいた遺留品というんでしょうか? 主人の亡くなっていた場所の近くにあったというものですね。その中に一つスマホがあったはずなんですが、それがなかったのが気にはなっていたんです」
 と思い出しながら言った。
「どうしてそれを、さっき警察で言わなかったんですか?」
 と訊かれて、
「主人はよくモノを忘れることが多くて、スマホを忘れたまま出勤しようとしたことも何度もありました。あれだけ忘れていれば、普通であれば気になってしまってもう忘れなくなるんでしょうけど、ここまで忘れても気にならないということは、きっと忘れることが癖のようになってしまったんだと、私の方も諦めてしまったような次第なんです。だからあの人の健忘症は、病気なのか、それとも癖がついてしまったことなのか分からないんですよ」
 と奥さんは言った。
「病院で診てもらおうとは思わなかったんですか?」
「主人がまったく病気という意識がないんです。病院で診てもらうにしても、本人が少しは意識していないと、意味がないことだということを聞いたことがありました。だから、医者を勧めることはありませんでした。もし医者の話を出していたとすれば、彼はきっと逆上していたんじゃないかと思うんです。あの人は急に訳もなく怒り出すことがあるので、それも私には悩みの種でもありました」
 と千恵子は言った。
「急に怒り出すというのは、自分が何かの糾弾を受けたり、問い詰められたりした時に、自分で言い訳ができない時など、苦し紛れで逆上するということがよくあります。そういう時は得てして、弱い人間のすることであって、それだけ、苦し紛れを相手に悟られないようにしようと思いながらも、自らで公表しているものだということに気づいていないものなのです。私は結構そういう人を見てきたつもりだったんですが、ご主人もそういう性格だったのかも知れませんね」
 と清水警部補がいうと、
「それは分かる気がします、弱いイヌがよく吠えると聞きますが、そんな感じなんじゃないかって思うんですよ」
 と千恵子は言った。

                   鬱病

 健忘症というのは、誰にでも起こることなのかも知れないと、清水警部補は思っていた。しかも、一過性のものであったり、一度起こってしまうと、そこから慢性化してしまうなどのいろいろなパターンがあるような気がする、
 特に集中して何かをする仕事などがある時、その時は集中して自分の世界に入ることで、時間の感覚すらマヒしてくるのだが、一度感覚が切れると、そこから先は、忘却へと流れていくのではないだろうか。
 そういう意味では、
「刑事でよかった」
 と思っている。
 事務職や専門職などは、一つのことに集中して、意識を高めなければいけないので、きっと集中が切れると、たった今のことであっても、覚えていなかったりするだろう。
「覚えていないことと、忘れてしまうことでは、何が違うんだろう?」
 と考えたことがあったが、一度覚えようとして覚えられなかったこと、つまり、記憶にまで到達していない場合を覚えていないという表現でいい、忘れてしまったというのは、一度は記憶にまで到達しているのに、それがどこに格納したのかという基本的なことすら覚えていないことで、最初から覚えられなかったのかどうかすら、分からなくなってしまうのだろう。
 ただ、基本は同じことではないかと思っている。それを変に分けて考えようとするからややこしくなるのであって、考えてみれば理屈的に分かっているのに、記憶がないだけということになるのがその根幹なのではないだろうか。
 だが、本当に病的な健忘症というのは、仕事もまともにできないほどになり、まわりが説得して強引にでも、病院に罹らせることが必要なのであろう。
 実際に、
「若年性健忘症」
 という言葉があるくらいなので、れっきとした病気である。
 物忘れがひどいと言われるくらいであれば、笑って済ませられることであるが、生活や仕事に支障をきたしてくると、笑って済ませられるものではなくなってくる。
 会社では必死に隠そうとすればするほど、ボロが出るもので、わざとでもないのに、
「わざと困らせようとしているんだ」
 として、こちらの悪意を罵られてしまう。
 相手が本当に悪意のある人間で、
「まわりを蹴落としてでも、自分が出世したい」
 などと思っている相手には、実に好都合である。
 自分が蹴落とされるだけで済めばまだいいのかも知れないが、人を巻き込む形で蹴落とされてしまうと、すべての責任を押し付けられることになってしまう。そうなったら、終わりではないだろうか。
 世の中には、本当に悪いやつというのはいるもので、情け容赦なく蹴落とされてしまうと、もう蹴落とした方の意識の中から、その人はすでに過去の人になってしまい、見えていても、その存在価値が皆無になってしまうだろう。
 殺された三橋という男がどこまでの健忘症だったのか分からないが、殺される理由の中に健忘症というのが絡んでいるとすれば、それを捜査しないわけにはいかないだろう。
 もう一つ気になったのは、
「あの人は急に怒り出すことがある」
 と、奥さんが言っていたことだ。
 これは精神的に不安定な時に多いことであり、
――ひょっとすると、鬱病なのかも知れない――
 とも感じた。
 物忘れの激しい場合の病気として考えられる中に、
「鬱病」
 というものがあるが、鬱病においては、結構罹っている人も多く、症状も様々だ。健忘症と同じく。許せるものと、加療が必要なもの、いろいろあるのではないだろうか。
 学生時代の友達の中にもいきなり怒り出すやつがいて、鬱病の気があると言われ、病院で診察してもらうと、そのまま入院することになったやつもいた。
作品名:悪魔のオンナ 作家名:森本晃次