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短編集120(過去作品)

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 渡す瞬間から、この声を聞いてからしばらくは指が痺れていた。柄にもなく緊張してしまって、声が裏返っていたのではないかと思うほどで、それでも落ち着くと、待ち合わせの時間や場所をテキパキと決めている自分に男らしさを感じていた。
 それにしても、この緊張感は何であろうか。
 高校時代に、学校内であった弁論大会に担ぎ出されて、ステージに上がった時も緊張したが、またあの時とはイメージが違った。
 まず、あの時は自分から率先して立候補したわけではなく、誰もやりたがらない中、誰かが出なければいけないという雰囲気の中、まわりの視線が自然と田坂に集まった。
 それは暗黙の了解だったのか、それともその場の雰囲気だったのか分からない。ひょっとして、弁論大会で、まともにクラスの名誉が守られていれば、その後も、何かあれば田坂に白羽の矢が立ったことだろう。
 しかし、弁論大会は散々。何とかこなしたつもりだったが、なぜか観客席からはヤジが飛んでいた。
 ステージに上がると、ステージを明るくするために、ステージにばかり照明が集中する。観客席からは中央に光が当たって綺麗に写っているのだが、ステージからは、光しか見えない。初めて壇上に上がると、これほど何が起こっているか分からないことはなかった。
 これは経験した者でなければ分からない。観客席の表情はまったく分からず、どよめきだけが聞こえてくる。ざわめきだけであれば、さほどではないのかも知れないが、罵声だったこともあって、頭の中はパニックになっていた。
 結果は散々、二十人中十九番目であった。
 放送部にいる友達に後でその時の音声を聞かせてもらったが、なるほどひどいものである。声は裏返っているし、訛りまである。それも自分で感じたこともないような訛りである。
「この訛りはいったい何なんだ?」
 と聞くと、
「それは俺が聞きたいよ。でも、田坂は時々この訛りがあるみたいなんだよ。名古屋の訛りも結構きついらしいけど、この訛りもまたきついね。ここが名古屋でなければ、ここまでひどい罵声を浴びることもなかっただろうな」
「そうか。これじゃあ、確かに野次られもするわな」
「そうかも知れないが、落ち込むことはないさ。初めてステージに上がる時は誰だって緊張するものさ。結果は最悪かも知れないが、これがこれからのお前の人生にとって、一つの分岐点になると俺は思うぞ」
「ありがとう」
 ただの慰めに過ぎないと思っていたが、それからしばらくすると、彼の話もまんざらではないように思えてきた。
 元々ステージに上がるどころか、授業中に先生に指されて、教科書を朗読するだけでも極度の緊張に額から汗が滲むほどだった田坂である。
 思わず笑い出したくなってしまうのはなぜだったのだろう? 教科書を朗読するだけだと、基本的には皆教科書に集中しているので、視線を浴びることはない。そこまで緊張することはないはずなのだが、田坂はその先を感じるのだった。
 教科書に視線が集中している分だけ、聴覚は田坂の声に集中する。まわりからは音はなく、田坂の発する声だけが、音の世界では主役なのだ。
 それを思うと緊張してくる。熱くなった空気に、咽てしまいそうになる。思わず笑いがこみ上げてくるのはおかしいからではない。空気に逆らおうとすると、呼吸困難に陥り、その辛さが、笑いが止まらない時の辛さに似ているからだと思う。
 田坂は自己分析には長けていた。まわりから置かれた自分の立場を瞬時にして理解することは苦手だったが、自分から自分を見つめることに関して長けていたのだ。
 田坂にとって自己分析は、次第に自信につながっていった。
 弁論大会が終わって話してくれた放送部の友達の話を思い出した。
 あれは、落ち込んでいる田坂を慰めようとして言っただけの無責任な言葉だったのかも知れない。だが、ちょっとしたきっかけで田坂は、それを自分のものにしたのだ。
「俺って意外と人の話を真に受けた方が実力が発揮できるのかも知れないな」
 と感じた。
 以前、中学時代の担任の先生が話しているのを思い出した。
「本当は人の話でおだてに乗って結果を出しても、それはその人の本当の力ではないと思うんだ」
 と言っていた。何となく納得行かない気持ちで聞いていたが、確かにそれも一つの意見である。だが、そうでない人もいるということを、田坂は自覚した。
 最初は納得の行かないと思っていたことも、漠然としてしか考えていなかった。
「分からないから、考えるのはよそう」
 と思ったのだ。要するに考えることから逃げたのだ。
 だが、それは自分の中にそのことについて考える材料がなかっただけだ。弁論大会を曲がりなりにも経験し、自己分析に長けているのではないかと気付いた時、
「何が悪くて、何がいいのか分かった」
 と人にも話ができるようにまでなっていた。
 と言っても、そんな話ができるのは親友と呼べる人くらいであろう。高校時代もそろそろ卒業を間近に控えた頃にやっと親友と呼べるような友達ができた。
――どんな話でもまずは、自分のことから広げていって話ができる相手――
 それが親友というものではないだろうか。
 田坂には、友達を大切にすることが、自分にとってどれだけ大切なことかを教えてくれる相手が親友だと思っている。
 いくら親友と言っても、まずは自分である。お互いに相手を尊重しながら自分を顧みることができる関係、それを望んでいるだろう。
「お互いに成長していけばいいのさ」
 これが合言葉であった。
 その通りになってくると、それが自分への自信になってくる。自然と友達が増えていき、高校時代末期には、高校入学当時夢見ていた状況になっていたのだ。
 大学進学が決まっても、高校時代の友達とは、ずっと仲良くできると思っていた。だが、高校が進学校ではなかったこともあってか、半分は就職組みであった。大学に進学した者にとって、就職組みの人と連絡を取るのは、難しいところがある。
 どうしても、後ろめたさがある。相手は給料を貰いながら、社会人として頑張っている。それに引き換え、学生は気楽なものだ。いつでも時間はあるし。連絡も取り合える。社会人になればそうも行かないだろう。
 それが分からないだけに、なかなか連絡も取りにくい。相手も同じように思っているのではないだろうか。本当は皆と会いたいのかも知れないが、研修や勉強がのしかかっていて、しかも学生時代の気分を払拭させようと企業が考えているかも知れない。溜まっていくストレスをいかに解消できるかは彼らが考えることで、連絡があれば、会えばいいのである。
 大学時代の友達は、結構同じ考えの連中が集まってくる。
 これは不思議な現象だったが、何か謂れがあるのだろうか。
 自分のことを強調したい連中が結構田坂のまわりには集まっていた。自己顕示欲の強い連中で、しかも、結構自信家が多い。
 授業を受ける時も、いつも一番前でノートを取っている。ほとんどの学生が後ろの方で席を取っているのに引き換え、最前列には十人ほどが陣取っているが、そのほとんどが田坂の友達であった。
作品名:短編集120(過去作品) 作家名:森本晃次