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短編集120(過去作品)

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 東京の人間も分かっているようだ。だから、たまに神宮球場や、横浜まで行くこともある。だが、それも彼らはジャイアンツを追いかけて見に行くのであって、さすがに田坂はそこまでのバイタリティはない。
 野球のことを思い出しながら新幹線に乗っていると、ナゴヤ球場の横を通り過ぎていった。今は照明もついていないが、さぞや昔は賑やかだっただろうと、懐かしさを肌で感じていた。もう名古屋駅は近い。
 名古屋駅には大学時代の友達三人が集まっていた。
 本当はもう一人来てくれるはずだったのだが、急遽仕事が入ってしまったという。
「せっかくだったのにな。でも、また機会はあるさ」
 そう言って、四人で名古屋駅近くの居酒屋へ入った。
 友達の内訳は、男性一人に女性二人。田坂を加えると二対二でちょうどいいバランスである。
 そのうちの一人は連絡をくれた宮本だった。
「まさか、柏田が先に死んでしまうとは思ってもみなかったよ」
 柏田はどちらかというと、いつも一人でいるタイプだった。人との交流をあまり気にする方ではなく、
「俺は一人の方が集中できるんだ」
 サークル内の旅行でも、いつも一人でいた。サークルの旅行の目的は、学園祭で発表する機関誌のための取材旅行も兼ねていた。もちろん、呑んで騒いでを目的にしている連中がほとんどで、田坂もその一人だった。
「皆でわいわいできる機会も、そうないだろう。たまには羽目を外すのもいいぞ」
 世話焼きなところがあって、よせばいいのに、柏田にアドバイスのつもりで話しかけると、思い切り睨まれたのを覚えている。
――あの時の柏田の表情が忘れられないな――
 別に睨み返すことなどないだろうと思うのは自分だけではないだろう。それを思うと、他の連中にも柏田に関わろうとする人が気になってしまう。
 それでも彼の作品は、遜色なしに素晴らしいものだった。それは誰もが認めるもので、ポエムやファンタジーが多かった。
 一見、まったく違うもののように思えるが、メルヘンチックなものを追い求めるという点では発想が似通っているのかも知れない。
――俺もファンタジーが書ければな――
 と田坂も思ったことがあったが、どうも、イメージが違う。
 田坂は、実際に経験したことや、イメージがハッキリ浮かんでくるものでなければ作品にすることができない。
 奇妙な話を書いているのだが、同じ奇妙な話でもどこかが違うのだ。
 ハッキリ言うと、
「夢に見ることができるかできないかの違いだな」
 と人に話したことがあったが、まさしくその通りである。
 夢に見ることというのは、実際にありえること以外では考えられない。奇妙な話でも、時間の歪みや、超常現象などの類は、どこか信じられるところがあるのか、夢に見ることはある。
 しかし、ファンタジーのように宇宙の話や、妖精のような話は、自分の中で信じられないところがあるのだ。
「どこか子供っぽい」
 とそう考えているからかも知れない。田坂の目指す小説は「大人の小説」で、それは娯楽の中でも子供が理解できないようなスマートな小説。大人でも一度読んだだけでは理解できず、
「もう一度読んでみよう」
 と思い何度も読み直すことで、読めば読むほど印象が変わっていき、イメージの精度があがってくるような話を書けたらいいと思っている。
「最後の数行で、『こんな結末だったんだ』と思えるような小説を常々書きたいと思っている」
 と言い続けてきた。
 最後の数行に集約された内容は、もう一度読み直さないと分からない。最後まで読み終えて、
「えっ、こんなところで終わってしまうの?」
 という疑問を感じて、その後に読み直してくれることを作者としては願っている。
 しかし、普通の人であれば、
「なんだ、面白くないや」
 と思ってしまうかも知れない。田坂は、それでもいいと思っている。
「そう思うやつには思わせておけばいいんだ。自分の作品を分かってくれる人は玄人で、大衆うけする必要はない」
 とまで考えた時期があった。
 それも学生時代の意固地な自分の証拠だっただろう。
 だから、柏田の気持ちも分からなくはない。ただ、彼の場合は、作品にではなく、性格にそれが現れている。田坂とは正反対だ。
 田坂の場合は、作品には意固地で頑固なところがあるが、友達づきあいには実に柔軟で、誰とでも友達になれる素質のようなものを持っていた。
 人と話をする時は、いつも一生懸命である。時々、
「おい、そんなにムキになって怒ることないじゃないか」
 といわれることもあった。自分の話しに酔ってしまうのである。
 自分に酔うことが悪いことだとは思っていない。そうでないと、意固地な作品を書くことはできないからだ。好きになった作家の作品を読んでいるうちにそんな考えになったのであって、作品の中では意固地な自己表現をたくみに使い、作者を引き付ける。
 だが、作風が玄人うけしてしまうため、どうしても誰もから受け入れられるものではない。
 それでも本は売れた。ちょうど、作風がブームに乗ったのかも知れないが、考えてみれば、彼の作品は他の追随を許すものではなく、ある意味独占企業的なところがあるので、完全な先駆者である。ある意味、田坂が彼を尊敬するのは、「先駆者」というイメージをずっと持っているからかも知れない。
「俺も『先駆者』と言われたい」
 と言っていた。
 文芸作品を作る人はすべてがクリエーターである。何もないところから新しいものを作り上げていくもので、田坂もその気概を持って文芸サークルに入ったのだ。
 それは皆同じだろうと思う。それぞれに個性ある連中が集まってきている。どうしても考えを押し通そうとする人もいるだろうが、それでも柏田のように性格的に意固地を張り通す人はあまりいなかった。
「彼は特別だったからな」
「でも、嫌いじゃなかったわ。どこか羨ましく思えるところがあったもの」
 と呑みながら懐かしい話の合間に、ポツリポツリ柏田の話が入ってきた。
 柏田の話もさることながら、さすがに学生時代の話になった時、一番最高潮になった。
柏田はあまり女性にもてるタイプでも、自分から女性を口説くタイプでもなかったので、彼の話をしている間は、浮いた話が出てくることもなかった。
 もちろん、文芸サークルに入っていた頃、付き合っていた女性がいたことを、彼らが知らないわけもない。あまり触れようとしないのは、その時に別れた別れ方に問題があったからかも知れない。
 最初に告白したのは、田坂の方だった。
 最初は普通にデートの誘いをする程度だった。それも、まわりから促されるという晩生な部分を曝け出したことで、本当なら情けなく思うことなのだろうが、田坂の性格であろうか、情けなく感じていると、まわりから純情に思われたようで、ある意味、「役得」な性格であると感じていた。
「二人で行っておいで」
 と、先輩から遊園地のチケットを二枚貰った。彼女に渡すと、
「嬉しいわ。はい、ご一緒いたしますわ」
作品名:短編集120(過去作品) 作家名:森本晃次