小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

短編集120(過去作品)

INDEX|6ページ/18ページ|

次のページ前のページ
 

 そういえば、ナース仲間で誰が一番先に結婚するか、そして誰が行きそびれるかという話で盛り上がったことがあった。その時に一番話題に上ったのが彼女だった。
「私は、一番最初か、最後かのどちらかという話が一番多かったわね」
 一番目立つタイプだったので、やはり平凡ではないだろうと思っていたが、それでも一番最初だったのは、香織には意外だった。
「あなたも、本当は早いと思っていたのよ」
 香織は自分では、一番早くも一番遅くもないと思っていた。その理由は、あまり目立たないからである。
 香織は仲間内でもあまり目立たない性格だった。いつも端の方にいて、日田をすれば友達の引き立て役だったりする。そんな自分が嫌でたまらない時もあったが、子供の頃からの自分を思い越せばそれも仕方がないことであった。
 看護学校では少し明るくなれるような気がしたが、どうしてもまわりが同じ道を志す人たちばかりということもあって、皆ライバルにしか見えなかった。人懐っこい人も、ひょっとして人を蹴落とすことだけしか見ていないように思えていた。そんな自分もまた嫌だったのだ。
 だが、働きはじめると、そんな自分が少しずつ好きになってきた。ナースになって最初に落ち込む人は、目立っている人で、見ていて惨めさしか見えてこなかった。だが、それでもまわりは目立つ人に対しては気になるようで、励ましの声を掛けているのを見る。欠けられている人がまたそこで元気になると、一連の流れが羨ましく感じられるようになった。結果として、香織は嫉妬深いということを自らが悟るしかなくなってしまっていたのである。
 仕事をやめたいと思った次の日、出勤してみると、前日に救急患者が急遽入ったとの知らせ、申し送りの際に、主任ナースより、担当が香織であることを告げられた。何となく変な胸騒ぎがあったのは、夢のせいだろうか。
 実際に部屋に赴くと、なんとそこに横たわっているのは、前に別れた彼ではないか。
「勇次さん」
 彼女は声に出して叫んでしまった。だが、頭に包帯を巻かれて痛々しい勇次は、香織の叫びにキョトンとしている。
「知ってるの?」
 と横から引継ぎのために夜勤からのナースが声を掛けた。
――しまった――
 香織が今まで誰かと付き合っていたことは病院には内緒にしていた。別に内緒にする必要はなかったのだが、別れた相手の担当になってしまうとは何とも皮肉なものである。その皮肉もどこか情が入り込まないとも限らない。それを香織は予感していた。
 大きな交通事故だったらしいのだが、身体は奇跡的にかすり傷ほどで済んだらしい。しかしそのための代償は大きかった。どうやら記憶を失っているようである。とはいっても、脳波に致命的な異常はなく、いずれ記憶も戻るだろうということだ。ショックによるものと、何かトラウマがあるのでないかという神経科の先生の話であるが、トラウマについては香織にも分からない。
――トラウマの原因はまさか私ではないだろうか――
 香織は直感した。そういう意味でも彼と知り合いだったことはあまりまわりに知られたくはなかった。思わず声に出してしまうという失態を演じてしまったのは、彼の顔を見た瞬間に一瞬にして、そこまで考えていたからだ。それも、彼の視線がそこまで考えさせたのかも知れない。
 献身的に看護し、ある程度彼の記憶が元に戻りつつあった時、彼が話したことがあった。
「以前私が付き合っていた女性のことなんだけど」
 ちょうど散歩に出かけた時で、病院の庭を一周するのに、車椅子の彼を後ろから押してあげるのが香織の仕事だった。だが、仕事とはいえ、元彼である。次第に去っていってしまった彼の記憶に対してどこか嫉妬のようなものと、自分のことを本当に思い出してくれるのかどうか、不安でもあった。そんな不思議な心境だったのだ。
 彼は続ける。
「その女性がちょうど自殺しようとしたことがあって、部屋の中に押し入ったことがあったんだ。彼女は浴槽で裸になって手首を切っていた。急いで救急車を呼んだので何とか一命を取り留めたんだけど、記憶喪失になってね」
 まるで今の彼のようだ。
 さらに続ける。
「何とか、必死で記憶を取り戻させようとしたんだけど、ある程度までは記憶が戻ったので安心していたんだけど、その後、まさかの展開が待っていたんだ」
 ここまで来ると、香織の手は震えていた。
「どんな?」
「その後、自殺したんだ。それからの私は自責の念を追い続けたね」
 香織は、自分の立場を考えるとゾッとしてきた。それは今の自分の立場に酷似しているではないか。このまま彼の記憶をよみがえらせていいものか……。
 彼の話を鵜呑みにはできないにしても、記憶を失っている時に、香織が誰かも分からずに話しているのかも分からない。
 香織は車椅子の彼がまったく後ろを振り向かないことに疑問を感じていた。
――彼は本当に私の知っている彼なのだろうか? まるで悪い夢を見ているようだ――
 考えてみれば、悪い夢を見る時は、
「夢を見ている」
 といつもは気付く。その日は夢でないことは分かっている。
 おもむろに自分の手首を見た香織は、そこに痛々しい傷が残っていることに気がついた。
「夢だと思っていたのに……」
 次の日、香織は夕陽を見ることができるだろうか。自分で自分に自信が持てなくなっていた……

                (  完  )

作品名:短編集120(過去作品) 作家名:森本晃次