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短編集120(過去作品)

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 と、考えさせられることもあるが、最後は充実感が救ってくれる。充実感なくしては、自分を表現できないくらいに、自分の中で大きくなっている。恋愛や遊びの代償としては、十分すぎるくらいだと思っている。
 それでもどうしても理不尽な壁にぶつかることもある。年功序列の壁、患者さんのわがまま、何と言っても、救いきれなかった命、そのどれもがストレスとなって襲い掛かる。忙しいと思っている時に感じなかった疲れを一気に感じるのである。
 初めて死んだ人の顔、その人は不治の病で、いつ亡くなるか分からない状態の人だったので、それなりに覚悟はできていたつもりだったが、それでも人の死に関わるのは辛いことだった。
 何が辛かったといって、死に顔が安らかだったことである。必死に延命処置を施して、くたくたになっている医師やナースのやるせなさに比べて、あまりにも安らかな死に顔は、救われた気分になる反面、辛さが滲み出てくる。
 その日には、やはり想像していた通り、夢を見た。
 亡くなった方が夢の中で楽しそうに絵を描いている。その人が絵を描く人だったかどうかはハッキリとは知らないが、
「絵を描くような人だったらいいのにな」
 と感じたのも事実だった。
 上手にキャンバスにはすでに絵が埋まっていた。後少し手を加えれば完成するというところで、香織は複雑な心境になっていた。
「絵が完成すれば、もう、この人は……」
 という思いが強くなった。
 完成した絵を見ると、そこにはカラフルな絵が描かれている。
「綺麗ですね」
 後ろから話しかけると。もう返事などできない状態だった。完全に事切れていた。
 香織は慌てたりしなかった。すでに亡くなることは分かっていたからだ。さぞや安らかな死に顔であってほしいと思うだけだった。
 正面から見ると本当に安らかな死に顔である。
「まるで生きているみたい」
 すると、横に鏡が現れて、自分が写っている。
「何て、優しい顔をしているのかしら」
 自分に見とれてしまっていた。だが、鏡に写っている自分の背景を見ると、そこには亡くなった人の顔が写っている。安らかな表情がそのまま写っているのだ。
 本当なら気持ち悪かったり、怖かったりするものだろうが、その時はそんな心境ではなかった。夢だと分かっているからで、夢なら何でもありだとも思っている。
 話しかけたい心境だったが、何を言っても返事をしてくれるはずもなかった。
 描きあがった絵を見ながら、じっと絵を見ていると、夢から覚めていくのを感じた。
「覚めないでほしいな」
 今までに見た夢の中で記憶が残っていて、
「覚めないでほしい」
 と思う夢はあまりなかった。ほとんどが、
「早く覚めてほしい」
 と思う夢で、きっと、目が覚めてからも記憶に残る夢が、怖い夢ばかりなのだということが分かっているからに違いない。
「夢とは目が覚める寸前に、一瞬だけ見るものである」
 と聞いたことがある。夢に意志が反映されるなら、なるほど、香織の性格が反映されていても不思議でもなんでもない。その方が納得できるというものだ。
 その後、香織には彼氏がいた。彼氏は香織には優しかったが、どこか一緒にいて、楽しめない時があった。
――なぜなんだろう?
 と思うようになる。
「そうだ、どこか覚めているところがあるんだ」
 彼と最初に知り合った時、積極的に声を掛けてきたのは相手だった。友達と一緒に来ていて、知り合ったのがスナックということもあって、お互いにアルコールが入っていた。香織にしても、厳しい勤務のストレス発散の唯一の手段だと思っていた。もう一人の自分をここで出すんだと考えていたのだ。
 相手も少しハイになっていた。どうやら、彼女と別れてすぐらしく、少しやけになっているところもあったようだ。まだショックも癒えない状態だったのを、一緒に来ていた友達は、止めることもできなかったのが現状だった。
 すぐに二人は意気投合、最初は四人でドライブなどを楽しんでいたが、彼と二人だけで会うようになるまでに時間は掛からなかった。
 二人で会うようになってからの彼は少しイメージが変わった。賑やかなところは本当は苦手で、静かな時間を過ごすことを好む人だった。
 香織には優しくしてくれる。香織も元々あまり賑やかなことは苦手だったので、静かに付き合うようになることは願ったり叶ったりだった。身体の関係になるまでも自然だった。ドライブに誘われたその日、最初から、
「今日あたり、誘われるかも知れない」
 と予感はしていた。
 その通りになったのだから、
「やっぱり彼とは運命なのかしら」
 と思うのも無理のないことで、彼の優しさがすべての気持ちを表しているかのようだった。かといって激しさがないわけではない。香織の中では彼が女性の扱いに慣れていることに少し嫉妬を感じるのだった。
 そういえば、彼女と別れてすぐだと言っていたが、まだショックが残る中で、自分を選んでくれたことが香織には嬉しかった。彼の性格からすると、完全に前付き合っていた女性の影が抜けるまでは次の人と付き合うなど考えられないと思ったからである。
「私が彼の心を動かしたんだわ」
 当たらずとも遠からじ、香織はある意味有頂天だった。
 彼が癒しを求めるならば、誠心誠意尽くしてあげたいと思うのは母性本能のようなものかも知れない。それはナースの仕事にも直結している。仕事で人に尽くしているので、プライベートでは人に尽くすなど真っ平だと思っていたはずなのに、彼に対してだけは違う。それこそ、誠心誠意の気持ちが強い。やはり、運命のようなものを感じたからだろうか。
 彼にとって香織は、香織にとって彼がどんな存在なのか、深く考えたことはなかった。あくまでも運命を信じていたといってもいい。だが、彼にはそんな気持ちはなかったのかも知れない。一緒にいてもどこか上の空のところがあり、
「どうしたんだろう?」
 と感じさせることが何度もあった。
 どうやら、彼にはいまだに分かれた彼女の面影が残っているようだ。
「俺、夢をよく見るんだ。それも楽しかった時の夢」
 香織は怖い夢が多いことを話した。
「嬉しかった時の夢って、その時はいいんだけど、目が覚める瞬間がとてつもなくやるせない。しかも目が覚める瞬間って分かるんだ」
 と言っている。香織も目が覚める瞬間は分かる。しかし、それは彼と違って、
「早く目が覚めて」
 という思いだった。
 彼がいう楽しい夢というのは、言わずと知れた前の彼女との思い出の夢である。男性は、昔の思い出を大切にするものだということを、その時の香織は知らなかったので、どうしてなのか分からなかった。きっと彼の性格が起きている時に、冷静だから、夢になると、今度は願望を見るのかも知れないと思った。
 次第に、彼の気持ちも分かってくるようになったが、別れを真剣に考えるようになったのは、仕事で初めて患者の死に立ち会った時のことだった。
 一人でいるのが寂しくて、かといって、あまり気持ちを触られたくない。ただ、本能の元に彼に抱かれたい、包まれたいと思った時、彼に電話で話した。
作品名:短編集120(過去作品) 作家名:森本晃次